魔王国の宰相

佐伯アルト

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Ⅳ 魔王の娘

10節 魔晶石採掘 ⑤

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「ふう。これであらかた内陸側、魔王城から比較的近い洞窟の調査は終わりだな」

 なるべく平坦な道を通っての、魔王城からの最短距離地点。その周辺500m、標高1000m以下(目安)をかなり調べまくったエイジであった。

 その後二人は、エイジがある程度満足したこともあり、麓まで下りてきていた。

「お疲れ様。二、三時間くらい走り回ってたけど、疲れてない?」
「労ってくれるのか? ふふっ、大丈夫だ。この程度、なんてことはない。寧ろ、飛翔の方がよっぽど疲れる。まだ魔力効率が悪いんだよ」

 談笑しながら帰路に着こうとしたところで、前方に奇妙なものを見つけた。

「ん? なんだあれ? あの、半透明のゲル状のやつ。なんか動いてない?」

 地面で、アメーバのようなゲルが、モゾモゾ動いている。かなり気持ち悪い。

「え、まさか知らないの? あれはスライムよ。やっぱりアンタ、異世界人なのね」
「ああいや、オレの知ってるスライムっていうのは、もっと可愛らしいやつか、有機化合物でできた玩具みたいなやつだったから、つい。説明頼めるか?」
「近づいたほうが分かりやすいわ。これには危険性はなさそうだし、寄ってみましょう」

 近寄って見ると、確かに蠢いているスライムだ。

「スライムっていうのは魔導生命体ね。まあ、魔導と言っても人工的に作り出すことができる、というかそれが簡単なだけで、自然にも存在するわ。ゲルの中に、核が見えるでしょ?」
「ああ、見えるな。形も大きさもまちまちだ」

 小さいビー玉のようなものから、掌サイズ金平糖やら四面体やらのようなものまである。

「その核がスライムの本体。核が水と魔力を原料にして、周りのゲルを作り出して制御するの。核が大きければ大きいほどスライムも大きくなるわ」

 これほど単純な魔術生命体というのは珍しい。何かに利用できないものかと気になる。

「倒す方法と利用価値は?」

「倒すのはめちゃくちゃ簡単よ。ゲルを切り落としてしまえば、制御範囲を超えるからちっちゃくなるし、衝撃を与えて吹っ飛ばしてもいいわ。そして、そのコアを破壊すれば絶命する。魔族達と似たように、ゲルの色で何属性の魔力を使うかわかるから、弱点属性の魔術で攻撃すればすぐ溶けちゃうわ。利用価値は……わからないわね。放っておくとゲルはすぐに揮発しちゃうし、到底食べられるものなんかじゃないでしょ?」

「……脅威はあるのか?」
「そこら辺の魔力を食い尽くしちゃうのと、抵抗できないと溶かされて吸収されちゃうわ。だから大体死骸を溶かして食べてるらしいの」

 自然界における微生物などと同じ、いわゆる分解者に相当する性質を持つようだ。

「なるほど。ゲルは確か魔力を含んでいるんだったな。……コアを回収して持って帰るか。実験する」
「いえ、核は衝撃や圧力にものすっごく弱いから、摘んだら砕けちゃうわ。これがスライムの最弱たる所以ね」

「うーん、無機で言えば水、有機で言えばエーテルのように、魔術溶媒になるかなとか思ったんだけど……」
「また訳の分からないこと言ってる……試してみれば? アンタなら何かに使えるかもしれないわ」
「よし、やってみよう!」

 バケツにゲルを掬って溜める。使うのは色がついていない、無属性のゲル。

「塩酸を加えると……溶けた。炭酸を加えると……溶けたな。水酸化ナトリウム……溶ける。アンモニア水溶液……溶けやがった……弱っ! 水……溶けた……油……溶けた。多すぎたか? 少しだけなら、吸われたな。………魔晶石………っ! 魔晶石が溶け込んだ!」

 弱酸弱塩基に溶け、水にも浸透圧でやられていたが、魔晶石にだけ特異な反応を示す。

「えっ⁉︎ 見せて見せて!」
「ほら……魔晶石が溶けた。……何か変質したかな? よし、試そう」

 次は、魔晶石をどれほど加えるかで、性質がどんな風に変わるか調査する。

「魔晶石を小粒溶かしたくらいじゃ、何も変わらないな。少し大きめの結晶を与えるか」

 片手サイズの結晶を加えると、明らかに見た目が変わった。さっきまではただの透明だったが、今はシャボン玉のように光が干渉して、魔晶石と同じように虹色っぽくなった。

「さっきのを加えると……水が吸われ、油も吸われ、弱酸効かず、弱塩基効かず。流石に強酸強塩基には弱いか。でも、見えたぞ、利用方法が」
「ふーん、どうするの?」

 あのレイエルピナも目をキラキラさせて、興味津々なご様子。

「さっきも言った通り魔術溶媒だ。沸点、昇華点に気をつける必要はあるが、魔力を魔晶石のような結晶ではなく、流体として保存することができる。かもしれない。色々溶かせるみたいだしな」
「なるほどね。良かったじゃない、今日はあなたにとって大収穫でしょ」

「そうだな。よし、今度こそ帰るか!」
「ええ。でも、なーんか忘れてる気がするのよねぇ………」

 気にかかることでもあるのか、あまり帰りたがらない彼女が動くのを待っていると、彼のケモミミがある音を捉えた。

「………ーー……ーー……!」
「あれは……えっとー……あっ!」
「なに?」

「ここに来たのはオレらだけじゃなかった、ってことだ」
「あっ! 調査隊!」
「そうだ。かんっぜんに忘れてた! よし、早く合流するぞ!」

 そう言うとエイジはレイエルピナの手を引き、彼らと合流しに走りだしたのだった。

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