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Ⅳ 魔王の娘
4節 錯綜する想い ③
しおりを挟む「う……ん? うぐっ!」
目覚めてすぐ起きあがろうとすると、体に激痛が走る。それで気がついたように、全身が痛み出す。
「まだ起きあがっちゃダメだよ~」
「レイエルピナ! 目が覚めたか!」
彼女には見覚えのある光景。怪我人用の病室だ。当然一般用ではなく、重篤患者の特別製だが。ここにくるのは三度目。拾われた直後、一度力が暴走した時、そして今回だ。周りには心配そうに見つめる父。その周りで、二人の幹部が忙しなく魔術を展開したりと動いている。
「力使っちゃダメだって言ったよ? せっかく最近は安定してたのに、何でこんなことしちゃったんだい」
「わたしは、アイツに負けたくなかったんです。それだけ……」
指先を動かすことすらままならない彼女は、今までの苛烈さがウソのようにしおらしい。信用できる幹部たち、その前なら、彼女は素直になれるのだ。
「うーん、魔王様の娘だっていうプライドが高過ぎるのと、超攻撃的っていうのは玉に瑕だね」
周囲に魔道具が設置されて、ブォンという重低音を発しつつ作動すると、少し身体が楽になる。
「気分、どうかな?」
「サイアク」
「だよね~」
不快感から意識を沿らそうと、さっきの戦いを思い出す。
「アイツ、強かった……」
「そうだな。それに、アイツはあれでまだまだ全力じゃない」
「えっ⁉︎ ッ…つぅ……」
「魔王様~、驚かしちゃダメですって!」
「あっ、ああ、そうだったな、悪かった」
驚きに体を軽く跳ねさせただけで、気が飛びそうになるほどの痛みが走る。それでも、疑問が勝る。
「全力じゃないって、どういうことですか?」
「恐らく、あの時のアイツは、四割程の力しか出してないだろう」
「四割ですって⁉︎ ッあああ!」
「魔王様……!」
ノクトの珍しい責めるような視線が痛い。
「……この話題は良くないな」
「わたしはいいですから、教えて……」
「ダメだ。もう少し落ち着いてから、な」
「……はい」
魔道具が発動して暫く経つ。頃合いを見計らったノクトが、掛け布団を剥がし、レイエルピナの胸元に手を置く。そのまま何事かを唱えつつ、左手をフォラスに差し出しては触媒を受け取り、使って、また受け取り使う。その顔は、珍しく真剣であった。
手をついたところから魔術陣が広がり、レイエルピナの体全体を覆うほどになったところで収束。彼女の体内に溶けるように消えていった。
「……ふぅ……よーし。取り敢えず応急処置だけど、神性封印完了っと」
魔術の腕において、幹部の中でも最上級に位置するノクト。そんな彼が額から汗を流すほどの、繊細かつ高位の封印魔術。それほどでなければ、彼女の体を蝕む神の力は抑えられない。
「苦労をかける、ノクト」
「いえいえ~、これでもやりがい感じてますから。いや~、でも、この魔術はちょっと苦手なんだよね~。エイジくんの封印能力が羨ましい!」
「封印、能力?」
何とか状態を起こせるほどになったレイエルピナが問う。
「ふむ、ちょうどいい。さっきの話の続きだ。アイツは、その身に強大な潜在能力を秘めている。全て解き放てば、私の本気にも匹敵しうるかもしれん。だが……その力を、アイツは扱いきれていない。扱い切れる最大が、恐らく先ほどの戦闘で見せたものだろう」
「それと、どう関係が?」
真面目な話をする魔王親子の傍で、ノクトは特殊な形状の杖を振りつつ、ヘンテコに聞こえる呪文を唱えている。その可笑しさが、つい吹き出しそうにさせてくる。けれど真面目な話の途中だし、もし笑えばまた痛みでそれどころではなくなってしまうだろう。
「エイジは、扱いきれない分の力を封印しているのだ、ヤツだけが持つ特殊能力でな。剣を召喚したり飛ばしたり、金属を変形させたりなどしていただろう? あの手のものに、自身の力を制御する能力なんてものがあるらしい。その能力がお前にも使えれば、こんな風に苦労して制御したり、暴走を恐れる必要もないのだが……」
アイツは、一体何者なのか。それは、この二人に訊けばすぐに分かるのだろう。しかし、意地が邪魔をする。
「はい、処置終わりましたよ。暫くは、無理な動きはしないでください」
「ごめんなさい、フォラスさん、ノクト」
「いやいや、キミが無事なら何よりさ。今日は、この部屋でおとなしくしててね~」
「……はい」
治療を施した二人は、器材の確認をしつつ、片付けに入る。雰囲気から、ベリアルが二人きりになりたそうにしているのを感じ取り、撤収を急ぐ。
だが、ふと目に止まる。レイエルピナが何かを掻いているのが。
「あ、服、ボロボロになっちゃったね……フォラス~、直せそう?」
戦闘の影響で、服が解(ほつ)れたり毛羽立ったりしている。それが気になっているようだった。
「あの、私は服飾の専門家ではないのですが」
「あ、そうだったねえ。君は服作りじゃなくて、その素材の方が専門だった」
「……ふむ。メイド長! メイド長マモン、おるか⁉︎」
「はっ、ここにおります」
病室の奥、カーテンの裏から人影が現れる。そこに立っていたのは、モノトーンのお堅そうなメイド服に似た洋服を着た、恵まれた体格の、いかにも教養があり優秀そうな女性だった。赤黒くややカールした長髪で、側頭部には羊のような角があり、腰からは僅かに蝙蝠のような翼が見える。上級の悪魔の特徴だ。
「直せそうか?」
「失礼」
さっと近寄ると、レイエルピナの服の状態を確認する。
「こちらであれば、三日もあれば直せます」
「そうか、頼む。それと、この娘の介助も」
「かしこまりました。仰せのままに」
メイド長はそのまま病室のカーテンを閉めると、レイエルピナを患者衣に着替えさせ、傷んだ衣類を回収する。
「それでは、僕たちはここらで。おだいじに~」
「くれぐれも安静にするように」
「それではこちら、修繕に回して参ります。それから、お食事の用意も」
用事を終えた各々は退室する。そして__
「レイエルピナ」
父娘二人きりになる。この空気から、叱られるのではないか、と思うレイエルピナの表情は暗い。
「無事でよかった……本当に、よかった」
しかし、まず掛けられたのは心の底から心配しているような声。思わず彼女も顔を上げる。
「二度と、このような無茶はしないでくれ」
「……ごめんなさい」
不安にさせてしまった。その後悔から、しょげこむ。そんな娘の手に、ベリアルは手を重ねる。
「レイエルピナ。何故お前は、エイジをあんなにも敵視するのだ」
「…………わからない」
予想外の答えに、ベリアルは当惑する。
「なんでか、わからないんです。けど、アイツを見てると……なんだか、胸が苦しくなって……」
彼への感情を処理しきれていないのだろう。しかし、理解していないながら辿々しく言葉を紡ぐ。
「わたしの中の何かが、反応している気がするんです。何か嫌な感じがするけど、懐かしい感じもして……モヤモヤして、気持ち悪くて。だから、イライラしちゃったのかもしれない。でも、それはわたしのじゃないようにも思えてて……」
その感情の源は、果たして何処からか。その答えを知る者は、現時点ではどこにもいない。
「……レイエルピナ。私は、……いや、我らは、お前を愛している。そう、この愛は、そう簡単には揺らがぬ。だが……同時に、我らはエイジをも愛しているのだ。友として、頼れる臣下、同胞として。何より、我らにはアイツの力が必要なのだ。そこは、分かってくれ」
毛布をギュッと握り締める。そして、力無く頷く。
「何か思うところがあるのならば、私であれ、ノクトやレイヴンにであれ、打ち明けてくれ。相談してくれるのならば、いくらでも力になる。伝えてくれなければ、分からぬのだ」
手を背に回し、抱き寄せる。
「だから、感情に任せて暴れるのは、よしてくれ。愛するもの同士が傷つけ合うのは、見てられない」
その手を頭に乗せて、撫でる。
「……お父様。わたしは、どうすればよいのですか」
その声には、嗚咽が混じる。
「まずは、彼に謝らねばなるまい。我が娘として、それはせねばならぬことだ」
「……はい」
「その後は、好きにするがよい。彼に興味を持つのなら、対話して、親睦を深めよ。どうしても好きになれないのなら、関わることを控えるのだ。……例えお前どちらを選択しようと、私は、全力で支えるとも」
抱き合う親娘。静寂に包まれる病室に、啜り泣きが木霊するのだった。
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