魔王国の宰相

佐伯アルト

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Ⅲ 帝魔戦争

幕間 敵情視察 ④

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テミスが去った後、エイジは暫く呆然としていた。その理由は至極簡単。まずは__

「まさか……皇女とは……」

 そして__

「なんつー美人だ……」

 妖艶とも単なる美形とも違う、まさに美麗。変装中も十分すぎるほど美人だったが、まさかその上があるとは、といった感じ。

「……っと、ま、いつまでも呆けてるわけにはいかんか。暗くなってきたし、簡単には見つからん。偵察には最適だ」

 魔力隠蔽を維持したまま、全身に魔力を巡らせ、跳躍。目の前の建物の屋根に一跳びで乗り上げる。そして帝城を一瞥。

「……テミス皇女……ええ、また逢えますよ。今度は、敵同士として、ね」

 背を向け、跳び出した。


「いやはや。やっぱりこっちの方が視察にゃ楽だ」

 エイジは建物の上を一陣の風の如く縦横無尽に飛び回っていく。黒い外套、背景は夜空、そして高速移動。これらが合わさって、簡単には捉えられないだろう。

「……そうだ、試しに」

 外套を脱ぎ捨て飛竜種の翼を展開。魔力を込めて、また跳躍。

「うん……まだ飛べるって程じゃないが、滑空に関しては問題なさそう。他の種族の翼も試すか」

 気ままに切り替え試しつつ、大通りの上も飛び越えて、帝都中を見て回る。

「いいなこれ。結構楽し__ヤベッ⁉︎」

 油断した。踏み込みが上手くいかず、大通りの向かいまで届かない。この格好で大通りのど真ん中に落ちたら、パニックは必至。

「う、らァ!」

 翼に込めた魔力。これを後方に噴射することで上昇。なんとか落ちずに向かいに辿り着く。

「ふう、危なかった……ん、もしや」

 突如、何かを掴んだ様子。

「これを連続でし続ければ、飛べるってことか? こんな爆発みたいなのじゃなくて、もっと勢いを抑えつつ、ジェットエンジンみてえに継続的に、魔力を補充しつつ……よーし、これも鍛錬の一環にしてやろうじゃねえか!」

 視察でさえ、飛翔練習にしてしまう。一点集中は攻撃に転用にできるかなと考えつつ、エイジは再び跳んだ。強く魔力を噴射すると、それこそジェットのように小さくない音がしてしまう。何度もやれば不審に思われ、いずれバレてしまうだろう。

「早く慣れたいものだ……さて、次の通りはっと」


 そうこう飛び回ること小一時間。完全な飛翔こそできないものの、翼での魔力制御技術が上達。高度を維持し、滑空では出せないような距離を一跳びで行けるようになっていた。

「さーてさて、おおよそメラレアの地理も分かってきたぞと」

 飛び回るうち、時折幻影を纏って通りに下りては、店に立ち寄ったりしていた。宝飾を売って換金も済ませてある。そして今はタバコ屋から拝借した葉巻を弄んでいる。どうせ全部壊れるんだから、律儀に払わなくてもいいやと。先程の善行はなんだったのか、これぞ正に偽善者。

「……ん」

 咥えて、先端すぐ近くで指を鳴らす。すると着火し煙が出始める。

「……ッ⁉︎ ゲホゲホッ………マッズ」

 自分の知っているタバコとの違いに驚き、つい咳き込む。元からタバコをよく吸う方でもなかったし。

「フィルターがねえし、葉の質も悪いんだろーな……ダメだこれ」

 葉巻に魔力を込めると放る。暫くすると爆散した。

「ポイ捨ては性に合わんが。これで許せ。街道にゴミ箱が無いのが悪い。……ん、あれは」

 中心街周辺、ある店が目に留まる。

「高級料理店」

 テミス、いや、フレヤが説明しながらも目線が釘付けになっていた店だ。

「……いい匂いだな。そういや異世界に来てから、美味いもんを食った覚えがない。手持ちもあるし……よし、トレース!」

 通りにいる身なりの程よい者たちの服を観察し、幻影に反映。

「これで、怪しまれんだろ」

 裏の方からコッソリと下に降り、正面に回って店に入る。

「いらっしゃいませ。一名様ですか? ご案内いたします」

 ウェイターに案内される。怪しまれていないようだ。第一関門クリア。

「こちらがメニューになります。お決まりになりましたら、お呼びください」

 席につくと、まずはメニューより前に、店内の雰囲気を見てみる。

「ほう、綺麗だな。さすが高級料理店、上品だ。つか、オシャレ、かな?」

 店内は小綺麗であった。現代の喫茶店に似た感じもしなくはないが。席についている者はやはり貴族階級が多いようだ。しかし、一般庶民と見られる客もいる。

「おお、あれは」

 視線の先には黒板とチョーク。黒板の質は、小学校で使われているような特殊な加工のされたものではなく、ただの石のようだが。それでも使用に関しての支障はなかろう。

「……アレ欲しいなぁ。さてさてメニューをば」

 メニューは、厚紙のようにも見えた板に書かれていた。

「凝った料理も食べてみたいが……シンプルな料理ほど店の本当の良さがわかるってな。ようし。すみませーん、ステーキお願いしまーす」

 注文すると、運ばれるまでの間、店内の観察を続ける。

「ふーん、チップ制あるんか。まー程々に置いとくとして。テーブルマナーも見とこ……むっ、この水、魔力臭がしない。天然水か。実に久しぶりだ。まあ、品質に問題あるやもしれんが……煮沸してんだろーな? ま、ここは綺麗だが、全体的に衛生に対して厳しくねえから期待しないでおこう……」

「お待たせしました。ステーキです」
「お、きたきた!」

 運ばれて来たのは、溶岩プレートの上でジュージューといい音を立てる、厚切りの肉だった。メニューの補足を見ると、最高の環境で飼育された牛型魔獣の肉だという。ソースは既にかかっていて、同時に運ばれて来た香辛料を見るに、これで味を整えろということだろう。塩は無かったが。

「だが、まずはサラダだ」

 猫舌はいきなりあっつい肉は食べられぬし、もとよりエイジは野菜から食べる派。

「うん、新鮮でうまい。ドレッシングもなかなか。シーザーっぽいが、ちと薄いかな……」

 フォークで葉物野菜をパクパクと食べていく。このサラダが魔王国で食べられるようになるには暫くかかるだろうからと、しっかり味わいつつ。

「さ、て……メイン行きます」

 ナイフを立てると、スッと切れた。この時点で柔らかいのがわかる。切り分けた肉を、まずは一口。

「………………うま」

 しばらく言葉が出ないほど、とてもとても美味しかった。焼き加減もミディアムレアと丁度いい。

「なにこれ。日本で食ったら4000円はくだらないんじゃないか?」

 脂身が程よく入り、変な筋もなく、ジューシー。極めて上質な肉だ。

「ステーキソースはイギリス風かな。いやこれ既に完成されてるよ……香辛料要らないって」

 涙ちょちょぎれそうである。今まで何も食べないか、もしくは野性味あふれる食材ばかりだったものだから。

「惜しむらくは、ライスがないこと。だがそれ以外完璧」

 それを最後に彼は黙りこくり、ステーキを全力で味わうのだった。

「さて、あとはスープ……何これ、ヤバ」

 濃厚で、それでいてしつこくないテールスープ。黄金色に輝いてやがる。ステーキの味を損なわず、後味最高であった。


「………超、大満足」

 お代とチップをちょっと多めに置いて、店を出る。

「攻めると潰れちまうんだよなぁ、勿体無い。嗚呼、ホントにもったいない……」

 美味の余韻に浸りつつ、複雑な感情を抱いて、視察を再開するのだった。


 ステーキを食べ、やる気に満ちたエイジは、その後二時間ほどかけ、外周部と壁の視察までも終えた。

「さて、構造もおおよそ把握し終わったし、この国の文化文明もなんとなくわかった。……ん、だがまだ来て半日も経ってない。迎えが来るまで全然……ああ、アンテナ設置場所の目処つけてねえわ。あとオレの待機場所。ここまで来たら飛び回る必要はないな。千里眼で……」

 侵入経路、設置場所に向いた安定した建物、そして自分が待機できる、身を潜められて中心に近い場所。

「……これは」

 どんどんと目星をつけていく中、ふと目に留まるものがある。それは、これまた店である。それも__

「あの時フレヤが……」

 途中遮ってしまったが、魚が美味しいといっていた食堂だ。

「まだ開いてるかな。行ってみよ」


「ようし、開いてる」

 目処はつけ終わった。あとは迎えを待つだけ。だから、どうせなら庶民料理も食べておきたい。

「らっしゃい!」

 入ると、威勢のいい声で迎えられる。料理を作っているのはガタイのいい男たち。結構遅い時間だが、それでも賑わっている。酒を飲んでる客も多いからだろうか。居酒屋としても機能していると見た。

「ではあれで」
「あいよ!」

 メニューは壁にかけてある板に書いてあった。そこから魚料理をチョイス。

「お待ちどう!」

 運ばれて来たのは、白身魚のソテー。メニューにもおすすめと書かれていた品だ。

「……やっぱりそうなるよな」

 魚をフォークとナイフ、つまりカトラリーで食べなくてはならない。普段は箸を使う分、どうにも慣れない。

「……でも、やっぱり魚旨いなぁ」

 食感は鱈に近い。味付けは若干濃いが、病みつきになる。骨もきちんと抜いてあり、食べやすい。

「もう少し食べよか。ここはムニエルか? いや……すみません追加注文、フリットお願いします」

 フリット。フワフワした衣が特徴的な魚の揚げ物だ。

「うーん、これまたウマイ! でも、どちらかと言うとイギリスのフィッシュ&チップスに近いような?」

 付け合わせもフライドポテトだから、余計それっぽい。だが、旨いことに変わりはない。ついでに酒も頼んでしまうエイジであった。


「ご馳走様でした! いや、久しぶりの魚は旨かった」

 メラレアという街を知るほどに、壊したくはないという思いもまた強くなってしまう。壊すとわかってなお知ろうとするのは、結構なダメージとなる。

「だが、これは魔王国宰相としての使命だ。曲げることは許されん。まだ迎えまで時間がある。夜中の警備状況の把握もせねばな」

 三人前を平らげた満足げな腹を摩ると、ピックアップポイントまで向かうがてら偵察を行なった。


「……時間か」

 日が上り始め、曙光が壁の上のエイジと、その後ろ、皇帝達の居城を照らし上げる。

「来たようだな、迎えの馬車」

 帝都と周辺に広がる草原を見、人間の視力では捉えられないほど遠くに馬車を認めると、最後にエイジは振り返る。

「テミス様、貴女のこの都市は、いい街だ。称賛します、居心地が良い。だが、オレは魔王国の宰相だ。この戦争を仕組む者として、貴女の愛するこの街を、破壊し尽くして見せますのでご覚悟を。十日後にまた逢いましょう。ではそれまでのひととき、さようならだ」
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