魔王国の宰相

佐伯アルト

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I 宰相始動

4節 未来の宰相の鍛錬 ②

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「今日は人間の国と、我々魔王国との関係についてだ」

 二日目にも拘らず遅刻したことは怒られそうだったが、彼が理由を説明すると、何者なんだコイツ……といった感じの顔をして(表情は動かないから雰囲気で判断するしかないが)怒られなかった。

「この大陸には、人間の国が、大国が三、小国が四つある。目下の敵は大国の一つ『ジグラド帝国』だ。国力は大国の中でも真ん中くらいだが、国土が広く、他国の侵略に重きを置いている分、軍事力は一番だろう。魔王国領土は半島にあるが、大陸中央に向かえる陸路は全てこの帝国の領土だ。国境、というかこちらが勝手に決めているだけなのだが、帝国対魔王国の前線はここら辺だ。ここに要塞があり、幹部の一人、ゴグが駐屯して前線を維持している」

 中国で言えば、北京あたりが境界線。……なのだが、別にエイジは中国の地理を完全把握してるわけでもなんでもないので、そんなことなど知る由もない。

「そして、帝国の南には『ルイス王国』がある。国力は大国の中でも一番であり、豊かな国で文明も発展している。しかし、光あるところに影あり。王国の繁栄の裏、闇は深いと聞く」
「闇、ですか」

「ああ。聞いた所によると、奴隷だそうだ。人間も魔族も関係なく。我らは魔族の国として、迫害されている同胞たちを救い出したいのだが……」
「奴隷は当然のものではなく、悪しきシステムである。そういった倫理観はこの世界にもあるようで、安心しました」

「王国は帝国と対立しているらしく、比較的離れているので奴隷などの問題を除けば、現状は優先度が低い。さて、次が__」
「帝国ノ西ニ存在スル、『アルス聖王国』ダナ」
「エレンさん」

 ベリアルの話に割り込んで、黒騎士エレンが話し始める。因縁だとか、曰く付きなのであろうか。

「アルス聖王国ハ宗教国デアリ、実在シテイタトサレル神話ノ神々デハナク、唯一絶対ノ神ヲ崇メテイル。神ノ教エトシテ魔族ヲ敵視シテイルガ__」
「随分と詳しいですね。もしや、エレンさんは聖王国の出身なので__」
「ウッ……!」

 エイジがその問いを発すると、エレンは突然頭を抱え、蹲る。

「え、今ボク、タブー踏みました⁉︎」
「いや、そういったものは無いはずだが……大丈夫か、エレン?」
「アア、スマナイ。急ニ頭痛ガシテ……今ハ、ナントモナイ」

 ややふらつきながらも、調子を取り戻して椅子に座る。このことについては暫く触れないようにしよう、と留めておいた。

「話を再開しよう。聖王国は魔族を敵視しているが、帝国を挟んでいるため魔族領からは遠く、今は脅威ではない。いずれ、不倶戴天の敵になりそうではあるが……どうした? なんか嫌そうな顔だな」

 宗教。やはり、神というものが実在しているであろうこの世界にも、そのようなものは存在してしまうらしい。

「いえ、宗教なんて碌でもないと思いますからね。それが国家だなんて」
「何故そう思う?」

「神とは、個々人の心に宿るもの。ある集団が信仰する教えに従い守るのはいいと思いますが、それは決して他人に押し付けるものではない。私の世界では、宗教ができてからというもの、思想の違いから何千年も断続的に戦争が起こっています。私の住んでた国は無宗教で、そういった戦争にはほとんど縁がないから、俯瞰的な目線で見れるんですが」

「なるほどな。お前の世界でも、思想の違いから戦争が起こるのか……うぅん、最後に小国だ。帝国や王国と聖王国の間に存在する、縦に細長い国が、商業国家『ポルト共和国』だ。ここは大国全てに接していて中立国であるため、商業と経済が最も発展した国だ。ここに行けば大抵のものは手に入るらしい。我々もできたら彼の国と交易がしたいのだが、帝国を横断する必要があるため、断念した。そして聖王国の南西に幾らかの小国があるが、これは大陸の反対側だから考えることはないだろう。我々の目標は大陸征服ではないのだから」

 それからベリアルは各国の文明、文化について、判明している限りをざっくりと教える。その話を総合して考えると、この世界の人類の文化レベルはおよそ十五、六世紀のヨーロッパ並みといったところだ。モザイク天使に聞いていた通り、近世前期ほどの水準だろう。

「うん、だいたいわかった」
「本当か⁉︎ いやはや、お前の理解は本当に速いな。教える立場としてはやり易いが……」
「まあ、地球にも似た文化の国がありましたからね。違うのは魔力や魔族の有無だけだ」

 エイジはやや満足したように頷いているが、ベリアルからすると、今までの反応を見るに、この程度の量では不満なのではないかと心配になるのだ。

「うむ、遅刻したにも拘らず時間が余ったな。どうしようか……」
「では、魔族について教えてください。昨日のお話の通り、魔族は想像上のものとして知っていて、その特徴は一部一致していますが……異なる部分もあるでしょうから。魔王国の現状については、また後で」

「よかろう。『魔族』とは、特異に魔力を持ち、ある程度の知能を備えた者たちの分類だ。人間と酷似した外見を持つ者が多いため、かつては同じ種だったが、魔力の有無によって進化が分岐したのだと考えられている。加えて、人間にはない特徴、角や尻尾に翼などを持つことが大半だ。そして、生まれつき強大な魔力を持っていることから、魔力による干渉で身体の構成が通常の生物とは変異し、極めて頑強。お前の体が変化したのも、魔力を得たことに依るのだろう。疲れにくく、病気に強く、体の劣化も遅い。保有魔力量が多いほどこの傾向が強く、強大な魔族ともなると数百、数千年といった時を生きることもある。これは、先行研究と自身の研究から導き出された、ノクトの成果だ」

 指を立てつつ部下を誇らしげに、滔々と語る。

「となると、魔力によって無理矢理にでも代謝が促進されて、代謝の衰えによる老化がしにくいのかな。染色体の末端構造であるテロメアは、細胞分裂のたびに短くなるから、複製限界つまり寿命があるんだけど……なんらかの方法で、それが伸長されたりしているんだろうか」
「エイジクン、その話あとで詳しく」

「おほん、さらに細かい分類の話をしよう。人間と同等の知性を持ち、強大な魔力や特殊能力を有するような、ヴァンパイアなどの『上級種』、『悪魔』や『妖精』など『中級種』は人間より圧倒的に数が少ない。『スケルトン』や『ゾンビ』や死霊などの中でも意思を持つ『アンデッド』、小鬼『ゴブリン』などをはじめとする『亜人属』などの『下級の種』は人間の人口より多く、『魔物・魔獣』などは人口を遥かに超す。魔物の定義は、知性が低い、或いは持たず、体内に魔力を持ち通常の動物より強力であること。基本的に好戦的で凶暴である。その魔物の中でも特に強力なものを『幻霊・幻獣』などと呼称することがある。そして上位の魔族に多く共通している特徴は、眼の色が紅いことだ」

 それは、確認できる限りでは、幹部達の眼は紅いことからも判る。

「ところで、魔術は順調か?」
「昨日は鍛錬で疲れ切って寝てしまい、できませんでした。ですが、九属性のランク1の魔術を一つずつ覚える。この目標なら、明後日までにはできそうです」

「うむ、良い調子ではないか。これほどの成長速度の者は、そうそういない」
「いえいえ、それほどでも。ところで、オレは魔族語だけでなく母国語でも詠唱したんですが……なぜ発動したんでしょうかね?」

「うむ。詠唱はあくまで自己暗示の補助だからな、ニュアンスが同じなら他の言語でも可能なのだろう。事実、人間達もそれぞれの国で言語が違うはずだが、全く同じ魔術を使えているからな。他に質問は?」

 日を改めたことで、昨日は質問疲れしていたベリアルも、調子を取り戻したようだ。

「では、もう一つ。ベリアル様は、鎧脱がないんですか?」
「いや、これは鎧じゃない。脱ごうにも、そう簡単に脱げるようなものではないのだよ。私はこのようなもの、と思ってくれ。質問はまだあるか?」

「えええ‼︎ ……あっ、いえ、大丈夫です。ありがとうございました」
「そうか……ああ、待て。渡す物がある」
「はい? なんでしょう」

 ベリアルは机の上に置いてあった小さな箱から、何かを取り出す。

「これをやろう」
「これは……指輪?」

 渡されたのは、捩れのある精巧な装飾のプラチナリングに、妖しい輝きを放つ赤紫の宝石が嵌め込まれた、物凄い高級感のある指輪であった。

「それは『マジックアクセサリ』の一つだ。『魔道具マジックアイテム』とは、その物に術式のみが刻まれていたり、それに加えて魔力が備えられていることで、魔術の発動の補助、もしくは単体で発動できる道具の総称だ。魔導書なんかもその一つ。その装飾品だから、マジックアクセサリなのだな」

 嵌められている宝石の尋常でない輝き、これもまた魔力に拠るものか。

「なぜ、これを私に?」

「この城には、魔術で以って鍵の掛けられた部屋や、魔術の行使によって働く機能がある。その指輪が、それらの機能をアンロックする鍵となる。宝玉の奥に紋章が見えるだろう? それが、我が王国の紋章である。またそれが身分証ともなる、常に身につけておけ。他にも、所有者の身体能力や魔力効率を高める作用に、魔力コントロールの補助具としての機能、さらにはいくつかの簡単な魔術が使用できる。それらの行使には宝玉に貯め込まれた魔力を消費するが、失っても再び充填することで再使用可能だ」

 この指輪が渡されたということは、魔王国の一員として、しかも特権階級として認められたということであろう。また、異様なまでに多機能である。

 指輪を指に宛てがう。そして、サイズが合いそうな右手中指に嵌め込む。

「うぐっ……」

 付けた瞬間、右腕に違和感が走り抜け、思わず呻く。しかし、直ぐにその感覚は消え失せ、体が何か温かいものに包み込まれる感覚がする。更に暫くすると、変な感覚は全て消え失せた。

「そうだ、今日の午後も鍛錬するのだったな?」
「ええ、その予定ですが……」
「今日も行くことはできぬが、応援しているぞ。成長を楽しみにしている。では午後も頑張れよ」
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