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砂の世界
天帝急襲
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その日はごく普通の旅立ちだった。
リリアナを王族の者達や国の重鎮達が見送りに来ていた為、普通と言うよりも大人数での送別が行われたがいたって普通の旅立ちだ。
リリアナの兄妹達や赤姫のメンバーの中には泣いている者もいたがそれぞれ感謝や声援を送っていた。
「次はどこの世界へまいるのですか?」
初めて赴く別の世界への旅にリリアナやユナ達は希望を胸にワクワクした様子で次の目的地を聞いていた。
「次は森の世界にしようと思う、大自然の世界だな。この世界には木はあるけどみんな枯れてるだろ?緑の葉を付けた木々がたくさんあるんだ、見た事あるか?」
「王城の庭園とは違うのでしょうか?」
「庭園とは違った感じだな、庭園は人の手で作られているだろ?けど森の世界は違う。それに大きさも何倍もあるぞ」
この砂の世界で生きてきたユナ達は森はおろか青々とした自然と言うのを知らない。
見た事のない世界にさらにユナ達は想像を膨らませ早く行こうと急かしてくる。
「じゃあ、行くか」
シンの掛け声でみんなが集まり歩き出す、背中からはまだ次々と別れの言葉が出されていた。
最後に振り向きながら手を振ろうとした時だ。
何かが落ちてきた。
シンは視界に映り込んだ異物を捕らえようと必死に眼を凝らす、だがその落下物は速く捕らえられない。
危険だ、そう感じ全員に避難するよう声を出したがもう遅かった。
王都に轟音が響き渡る、落下物は何百年と王都を守り続けてきた屈強な城壁へと落下し破壊する。
その破壊は城壁だけに留まらず地面を陥没させて円形のクレーターを作り出す。
衝突の余波で轟音、そして爆風が暴れ回る。
落下した場所はこちらが集まっていた場所からはズレており幸い人的な被害は見当たらなかった。
だが一瞬で王都ラピリアの東門は崩れ去り巨大なクレーターへと姿を変えていた。
爆風により砂が乱雑に舞い上がり視界を塞ぐ。
爆風が収まり辛うじて自分の周囲が確認出来るようになるとシンは状況の確認をする。
「お前ら、無事か⁉︎」
一緒にいた全員から返事が返ってくる。
ユナとナナ、エルリックは暴風に耐えその場から離れはいなかった。
だが鍛えていないリリアナは踏ん張りきれず飛ばされてしまっていたがティナが空中で受け止め外傷は無いようだ。
「何が起きたの?」
「わからない、何かが落ちて来た、それだけはわかる」
まだ砂煙りは晴れず視界は確保出来ない、何かが起こっているのはわかるが原因が不明だ。
「不味いの、シン、あれは危険だ」
ただ1人魔王であるティナだけは状況が把握出来たようだ。
「どういう事だ?」
ティナの返事を待たず、砂煙りは晴れた。
見えたのは城壁を破壊した後に出来ていたクレーターの中心に立つ翼をはやした1人の男だった。
短めの金髪をし年齢は青年と言うには老けているが初老と言うよりも若い男だ。
「さて、どういう事かの?」
破壊の中心に向けティナは問いかける。
既に魔気を放ち魔王と言うに相応しい威圧感がティナから発せられている。
「魔王か、何故ここにいる」
低く、そして重い声が男から発せられる。
翼をしまい、魔王の魔気を受けながらも平然と男は話した。
「それはこちらが聞きたい事だのう」
「ふん、違和感の正体はお前か?魔王、だが違う気がするな」
「その違和感とやらの確認で来たのかの?」
「そうだ」
魔族か?翼を出していた男にシンはそう考えた。
だが男の翼はティナの翼とは違った。
ティナの翼はまさしく空を飛ぶ生物が持った翼だ。
だがこの男の翼はどこか神秘的な見た目をしていた、おそらく魔術か魔導具による翼だろう。
「魔王と争うつもりは無い、立ち去れ」
危険な男だ、そう感じ取っていたシンは立ち去れとの言葉に素直に従うべきと考えた。
しかし立ち去る事は出来なかった。
「バカ!やめなさい!」
ユナの叫び声が響く、だがその願いは叶わなかった。
クレーターの中心の男に向かったのは見送りに来ていた赤姫のメンバーだった。
破壊の原因である男を抹殺するべく武器を持ち戦闘を仕掛けたのだ。
「ユナさん!行ってはいけません!」
リリアナの声を無視しユナは走り出す、己の愛刀”契”を取り出し男へと向かう。
「やめるんだ、ユナ、奴に手を出してはいけない」
走り出したユナを止めたのは白い髪を持つ女性、ノアだった、。
女はユナの前に出現し行動を阻害する。
「どいてよ!」
体を抑えられるユナだが抵抗する、だが神であるノアの力にはユナの力でも振り払えない。
だがノアの出現が物事を動かした。
「久しぶりだの、ノア」
「ティナか久しぶりだね、でも今は昔話をしている場合じゃない」
空中に浮かぶノアの隣にティナが立つ、神と魔王が大地に並びだったのだ。
「貴様がいたのか、ノア!」
ノアの姿を確認した男が怒りを露わにする、迫り来る赤姫のメンバーを迎撃しノア達の所へ進み出す。
「邪魔だ」
「クレア!やめて!」
攻撃に出たクレアに男の強撃が襲いかかる。
巨大な斧は男の拳により弾かれ衝撃で巨大な斧は吹き飛ばされる。
武器の喪失により退こうとするクレアだが一瞬で詰め寄った男により腕を捕まる。
「やめろぉ!」
ユナの叫びは届かなかった。
腕を掴まれたクレアは振り解こうとするが男からは逃げられない、そしてクレアに追撃が放たれる。
もう片方の手で肩を掴まれクレアの左手が引き千切られる。
激痛に叫ぶクレアの頭はゴミのように掴まれ放り投げられる。
石ころでも投げ飛ばしたようにクレアの体は吹き飛び地面へと激突する。
衝撃は激突だけでは収まらず何度も跳ね上がりまた激突する。
何度かの激突のあと地面に転がるクレアは痙攣し動かなくなる。
腕の消失により大量の血を流すがすぐさま赤姫の治癒魔術師が治療するが失くした腕はもう元には戻らない。
太古の治療魔術なら腕の復元も可能だろうが既に失われた技術だ。
もうクレアは生き残っても片手での生活を余儀なくされる。
ユナの叫びは収まらない、ノアに押し留められながらもそれは止む事はない。
当然だ家族同然の者達が目の前で殺されかけているのだから。
だがノアはそれでもあの男に向かうのを許さない。
「ノア、知り合いなのか?」
ノアの姿を見てから態度の変わった男の事をノアに問いかける。
過去に因縁があろう事はなんとなく理解出来た。
「あの男は危険だ、シン、前に言っただろう?あの男は序列2位”天帝”ラドラス・エルドラス、天災と呼ばれる男だ」
序列2位、あの男の危険度を知るにはこれほどわかりやすい物はない。
シンも序列3位である、一つしか違わないがその差は歴然としている。
1位と2位が別格と称されているのはこの世界の常識だった。
シンとユナ、ナナの3人で挑んでも勝ち目はないだろう。だがここには別格と称されている味方もいる。
「ティナは勝てないのか?」
「妾を誰と心得る、魔王であるぞ、奴には勝てる。だがこの国と周辺が無くなってもよいならな」
勝てるとティナが言い切るのなら勝てるのだろう、しかし被害が大きすぎる。撤退をするべきだろう。
「エルリック、リリアナを頼む、ナナは俺と殿だ。ノア、ユナを連れてリリアナ達と先に逃げてくれ」
「わかった、シン生き残るんだ、ティナに最後尾は任せよう」
「嫌だ!離してよ!」
暴れるユナを抱えるノア、ユナには悪いがここは嫌われてでも逃げ出さないといけない。
ノアが標的になったのならあの男は赤姫達を攻撃しないだろう。
「逃すと思うのか?」
「出来ないと思うのかい?」「出来ない訳がなかろう」
赤姫達を倒し”天帝”ラドラス・エルドラスはシン達へと向かってくる。
対するは神と魔王、ティナに後方を任せ一気に走り出した。
「エルリック、遅れるな!ティナ、後で落ち合おう!」
シンはリリアナを抱え走り出す、リリアナ自身が走るよりもそうした方が速いのだ。
ミアリスの指輪の力で軽くしたシンは一気に加速する。
走り出したシン達の後方で”天帝”と”魔王”が衝突する。
ぶつかりあった余波によりまたも暴風が吹き荒れ大地の地形が変動する。
「ボクに任せて、風はボクが抑えよう」
するとシン達に襲いかかる衝撃の余波がノアにより緩和される。
ノアは戦闘向きの能力では無い、無の神の名の通り全てを無に帰してしまうその力は一定の範囲を全て巻き込んでしまう。
それに最近他の事に力を使っているらしく、表情からいつもの余裕が感じられない。
「ノア!遊んでばっかいるからこういう時困るんだ!」
走りながらノアに文句をシンは言う、ノアの力が万全ならば神の力で瞬間移動が出来たはず。
この砂の世界を掌握した事でノアの力は以前よりも増している。
「ごめんよ、久しぶりだったから歯止めが効かなかったんだ」
ユナを抱えノアは反省を口にする、これに懲りたら力の無駄遣いはやめて欲しいものだ。
「ミアリスが言う事を聞かないのが悪いんだ」
ノアはまだ反省が足りないらしい。
そんな事を考えられるシンには余裕があった。
強大な魔王が守ってくれていると言う事実がシン達から焦りを取り去っていた。
だがその余裕も”天帝”ラドラス・エルドラスによって取り除かれた。
「シン様、横に回避を!」
抱えたリリアナの声に従い横へと無理矢理跳躍した。
走りながらの跳躍に体制を崩してしまうがすぐさま持ち直す。
するとシンが走っていた場所を何かが通り過ぎた。抱えられ後ろが見えていたリリアナが気付かなければ激突していただろう。
「いったいのう、前より強くなっておるの」
吹き飛んで来たのはティナだった。その体は至る所に傷が付き激戦を物語っていた。
「ティナ!大丈夫か⁉︎」
「心配いらん、足を止めるでない」
ティナに言われ再度走り出す、しかし何故かティナも共に走っていた。
「ティナどうしたんだ?」
「変更だの、今の奴を手加減して止めるなど出来ん。妾が本気を出してはシン達も巻き込んでしまうからの」
「シン様!もっと早く走れないのですか⁉︎」
リリアナは震えていた、後ろから徐々に近づいてくる天帝に怯えているのだ。
王女として生きてきたリリアナは生死のかかった状況に慣れていない。
絶対的な強者に追われている現状に恐怖を刻まれているのだ。
「リリアナ、心配するな、何があってもお前を守り抜く」
「シン様…」
シンの言葉にギュッとシンの服を掴むリリアナ、少しでも恐怖を紛らわせているのだろう。
「ティナは大丈夫か?って再生してるのか?」
隣を走るティナの体は次々と傷が治っていた。
「ふむ、傷程度妾の膨大な魔力があればすぐ治る。体の一部の欠損となると時間はかかるがの、それに無制限に再生する訳ではない。まあ妾にはありがたい力だの」
確かにティナの悪癖からすると良い能力だろう。
これならばほぼ無限に痛みを味わう事が出来る。その本人の悪癖のお陰でとんでもない耐久力を持っている。だが今はそんな事を考えているヒマはない。
「ほれ、避けんか、空から降ってくるぞ」
見上げると”天帝”はその名に相応しく空を舞っている。
ティナと同じく傷を負っているがまだ動けるのだろう、空中でシン達に手をかざしていた。すると空を覆い隠すほどの水の槍が精製され射出される。
だが水の槍はティナにより防がれる、腕を振ったティナはシン達の頭上に半透明の膜をはり水の槍の嵐を受け止めた。
「遠慮なく攻撃しおって、妾は防御に専念する。」
ノアの作り出す転移門まではまだ距離がある、だが空からの攻撃は激しさを増し轟音が木霊する。
殺意を向けられ迫る攻撃にリリアナはさらに恐れを抱き小さく悲鳴を上げる。
これ以上戦闘に慣れてないリリアナをこの状態に晒すのは危険かもしれない。
「ノア!何とか出来ないのか⁉︎」
「方法ならある、だけど無理矢理だから辿り着く場所は選べない」
「それでもいい!やってくれ」
今はそんな贅沢をしている時ではない、何が何でも”天帝”から逃げ切らなくてはならないのだ。
「わかった、ではティナ、1度死んでくれるかい?」
「よかろう、妾の魔力を使うが良い」
「うん、どれだけ使うかわからないけどティナの魔力なら足りるだろう。復活は転移の後にしてくれ」
ティナを殺すのか?と叫ぼうとするがノアの転移はすぐに発動した。
すると突然シンは体が無くなり、意識だけが残っているような感覚に陥った。
だがシンの耳は”天帝”の呟きが最後に聞こえていた。
*******
「Shit!逃がしたか」
追っていたシン達が消えたのを見て”天帝”ラドラス・エルドラスは空中で呟いた。その体は魔王によりダメージを与えられていたがまだまだ体力は有り余っていた。
「ノアが出てきたか、もうあんな事はやらせんぞ」
静かに”天帝”は呟やきどこかに飛び去っていく、彼の通った後には破壊されその形を変えた大地のみが残っている。
現れた場所全てを無差別に破壊し尽くすからこそ彼は天災と恐れられているのだ。
*******
「逃げ切れたのか?」
体の消失感が無くなり、シンは目を開けた。
その視界には成長し巨大になった木々が立ち並んでいた。
逃げ切る事の出来た、だがシンは”天帝”の最後の言葉が頭から離れない。
「英語?なぜ奴がそれを?」
「シン様…」
遥か昔に聞いた事のある言葉だった。
だがそれについて考え始める前に腕からリリアナの声が聞こえた。
リリアナはやはり”天帝”の恐怖に耐え切れなかったのだろう。
神経の戻った腕にリリアナの下半身から液体が流れて来ているのがわかった。
顔を赤くし息の荒くなっているリリアナだったがここは触れるべき事ではないだろう。
そっとリリアナを地面に降ろそうとする。
「シン様、もう少しこのままでお願いいたします」
だがリリアナを離そうとしたが拒否されてしまう。
彼女もまだ完全にあの恐怖を忘れられないのだろう、そう考えまたリリアナを抱える。
「シン、無事か?」
近くでエルリックが声をかけてきた、彼も走り続けた事で疲れきっているのだろう。
乱れた呼吸をしている。
あの程度の距離で息を荒くするほどの鍛え方をしていないがやはり”天帝”から追われている事が精神的に疲労を抱えさせていたのだ。
エルリックに無事と伝えるシン、リリアナにもエルリックは声を掛けるがリリアナは漏らしてしまった事を他に知られたくはないだろうとシンは考え出来るだけリリアナを隠すように振る舞った。
「何で止めたのよ!」
ノアに解放されたユナはすぐさま非難の声を上げた。
目の前にいる仲間を助けに行けなかったのだ、当然だろう。
「仕方がないじゃないか、ああしなければ君は殺されていたかもしれない」
ノアは普段と変わらず平然として答えた。
だが今はその態度ではユナの怒りを買うだけだ、神に人の気持ちをわかれと言うのは間違いかもしれないが。
「でも!クレアがあんなになってたのよ!」
ユナの瞳には涙が浮かぶ、彼女の脳裏に焼き付いたクレアの姿が頭から離れないのだ。
「心配する事はなかろう、あの子は生きておる。妾と違い腕は生えて来んが心配いらん、それに奴は逃げる妾達を追いかけ他の人間は無視した。死んでいる者は少ない」
ティナの声が聞こえた。
だが彼女は転移の為にノアに魔力を渡し死んだのではないのか?とシンは辺りを見回すが姿は見えない。
「ここだぞ?下に居る」
下と言われ地面に視線を向けるシンの目には手のひらサイズに小さくなったティナの姿があった。
「えっ?ちっさ!」
「うるさいのう、しばらくはまだこの姿のままだの。妾の魔力が回復するうちに少しずつ大きさも戻っていくから心配せんでいい」
「ティナは不老不死に近いからね、まあでも1回死んだのは間違いない。でもティナの再生は死からも有効だ、その代わりしばらくは戦えない」
魔王と言うのはとんでもない存在だ、ノア達神に並ぶと言うのは当然のように思える。
「ノアの言う通りしばらく妾は戦力にならんぞ。さすがに今の状態でまた死んではもう戻らんからな」
だがさすがに何度も復活出来る訳ではないようだ。
ティナの力が使えないのは痛手だが今回はティナのお陰で逃げ切る事が出来た。ティナがいなければ全滅していたはずだ。
「本当にクレアは無事なの?」
先ほどのティナの言葉にユナは反応する、クレアが治療されたのは見えたが信じられないのだろう。
「うむ、本当だ、だが何人かは無事ではいないだろう」
クレアが生きている事には喜んだユナだったが他の仲間が死んだ可能性があると聞きまた落ち込んでしまう。
「あの男に私は勝てるの?」
「今は無理だの、だが皇龍刀”契”を完全に使いこなせるようになれば勝つ事も出来るであろう」
今は無理、だが契を使いこなせるようになれば勝てると魔王であるティナに言われユナは決意する。
「あいつは私が必ず倒す」
短く、だがはっきりとユナは決意した。
ニグルの時も落ち込んだがそれを乗り越えたユナは強い。
肉体的にも精神的にもユナの成長はまだ終わりを知らなかった。
「予定通り森の世界に到着したね、ボクはこの世界ではまだ砂の時のような力は使えない。しばらく休ませて貰うよ」
強制転移によりノアも相当疲弊していた、言葉通りそのまま姿を消す。
「あんた、いつまで抱えてるのよ」
ノアのいなくなった後ユナは抱えられたままのリリアナを見てシンに文句を言ってきた。
そう言われても困ってしまうシンだったが代わりにリリアナが答える。
「あら?悔しいのですか?」
抱えられたままリリアナはユナにこう答えた。
その言葉が引き金となりお決まりとなったユナとリリアナの言い争いが始まりシンとエルリックはどうすればいいのかわからず固まってしまい。
小さくなったティナはナナに人形のように抱え込まれたままその様子を笑っていた。
「おにぃさん、やっと来た!」
森の世界に到着したシン達に木の上から声がかけられる。
青い髪をしてゆったりとした服をした犬の耳を持った少女が太い木の枝に座りながらシン達の事を見つめていた。
【山の神サリス】の支配する【森の世界フォレオン】でのシン達の旅が始まりを告げる。
リリアナを王族の者達や国の重鎮達が見送りに来ていた為、普通と言うよりも大人数での送別が行われたがいたって普通の旅立ちだ。
リリアナの兄妹達や赤姫のメンバーの中には泣いている者もいたがそれぞれ感謝や声援を送っていた。
「次はどこの世界へまいるのですか?」
初めて赴く別の世界への旅にリリアナやユナ達は希望を胸にワクワクした様子で次の目的地を聞いていた。
「次は森の世界にしようと思う、大自然の世界だな。この世界には木はあるけどみんな枯れてるだろ?緑の葉を付けた木々がたくさんあるんだ、見た事あるか?」
「王城の庭園とは違うのでしょうか?」
「庭園とは違った感じだな、庭園は人の手で作られているだろ?けど森の世界は違う。それに大きさも何倍もあるぞ」
この砂の世界で生きてきたユナ達は森はおろか青々とした自然と言うのを知らない。
見た事のない世界にさらにユナ達は想像を膨らませ早く行こうと急かしてくる。
「じゃあ、行くか」
シンの掛け声でみんなが集まり歩き出す、背中からはまだ次々と別れの言葉が出されていた。
最後に振り向きながら手を振ろうとした時だ。
何かが落ちてきた。
シンは視界に映り込んだ異物を捕らえようと必死に眼を凝らす、だがその落下物は速く捕らえられない。
危険だ、そう感じ全員に避難するよう声を出したがもう遅かった。
王都に轟音が響き渡る、落下物は何百年と王都を守り続けてきた屈強な城壁へと落下し破壊する。
その破壊は城壁だけに留まらず地面を陥没させて円形のクレーターを作り出す。
衝突の余波で轟音、そして爆風が暴れ回る。
落下した場所はこちらが集まっていた場所からはズレており幸い人的な被害は見当たらなかった。
だが一瞬で王都ラピリアの東門は崩れ去り巨大なクレーターへと姿を変えていた。
爆風により砂が乱雑に舞い上がり視界を塞ぐ。
爆風が収まり辛うじて自分の周囲が確認出来るようになるとシンは状況の確認をする。
「お前ら、無事か⁉︎」
一緒にいた全員から返事が返ってくる。
ユナとナナ、エルリックは暴風に耐えその場から離れはいなかった。
だが鍛えていないリリアナは踏ん張りきれず飛ばされてしまっていたがティナが空中で受け止め外傷は無いようだ。
「何が起きたの?」
「わからない、何かが落ちて来た、それだけはわかる」
まだ砂煙りは晴れず視界は確保出来ない、何かが起こっているのはわかるが原因が不明だ。
「不味いの、シン、あれは危険だ」
ただ1人魔王であるティナだけは状況が把握出来たようだ。
「どういう事だ?」
ティナの返事を待たず、砂煙りは晴れた。
見えたのは城壁を破壊した後に出来ていたクレーターの中心に立つ翼をはやした1人の男だった。
短めの金髪をし年齢は青年と言うには老けているが初老と言うよりも若い男だ。
「さて、どういう事かの?」
破壊の中心に向けティナは問いかける。
既に魔気を放ち魔王と言うに相応しい威圧感がティナから発せられている。
「魔王か、何故ここにいる」
低く、そして重い声が男から発せられる。
翼をしまい、魔王の魔気を受けながらも平然と男は話した。
「それはこちらが聞きたい事だのう」
「ふん、違和感の正体はお前か?魔王、だが違う気がするな」
「その違和感とやらの確認で来たのかの?」
「そうだ」
魔族か?翼を出していた男にシンはそう考えた。
だが男の翼はティナの翼とは違った。
ティナの翼はまさしく空を飛ぶ生物が持った翼だ。
だがこの男の翼はどこか神秘的な見た目をしていた、おそらく魔術か魔導具による翼だろう。
「魔王と争うつもりは無い、立ち去れ」
危険な男だ、そう感じ取っていたシンは立ち去れとの言葉に素直に従うべきと考えた。
しかし立ち去る事は出来なかった。
「バカ!やめなさい!」
ユナの叫び声が響く、だがその願いは叶わなかった。
クレーターの中心の男に向かったのは見送りに来ていた赤姫のメンバーだった。
破壊の原因である男を抹殺するべく武器を持ち戦闘を仕掛けたのだ。
「ユナさん!行ってはいけません!」
リリアナの声を無視しユナは走り出す、己の愛刀”契”を取り出し男へと向かう。
「やめるんだ、ユナ、奴に手を出してはいけない」
走り出したユナを止めたのは白い髪を持つ女性、ノアだった、。
女はユナの前に出現し行動を阻害する。
「どいてよ!」
体を抑えられるユナだが抵抗する、だが神であるノアの力にはユナの力でも振り払えない。
だがノアの出現が物事を動かした。
「久しぶりだの、ノア」
「ティナか久しぶりだね、でも今は昔話をしている場合じゃない」
空中に浮かぶノアの隣にティナが立つ、神と魔王が大地に並びだったのだ。
「貴様がいたのか、ノア!」
ノアの姿を確認した男が怒りを露わにする、迫り来る赤姫のメンバーを迎撃しノア達の所へ進み出す。
「邪魔だ」
「クレア!やめて!」
攻撃に出たクレアに男の強撃が襲いかかる。
巨大な斧は男の拳により弾かれ衝撃で巨大な斧は吹き飛ばされる。
武器の喪失により退こうとするクレアだが一瞬で詰め寄った男により腕を捕まる。
「やめろぉ!」
ユナの叫びは届かなかった。
腕を掴まれたクレアは振り解こうとするが男からは逃げられない、そしてクレアに追撃が放たれる。
もう片方の手で肩を掴まれクレアの左手が引き千切られる。
激痛に叫ぶクレアの頭はゴミのように掴まれ放り投げられる。
石ころでも投げ飛ばしたようにクレアの体は吹き飛び地面へと激突する。
衝撃は激突だけでは収まらず何度も跳ね上がりまた激突する。
何度かの激突のあと地面に転がるクレアは痙攣し動かなくなる。
腕の消失により大量の血を流すがすぐさま赤姫の治癒魔術師が治療するが失くした腕はもう元には戻らない。
太古の治療魔術なら腕の復元も可能だろうが既に失われた技術だ。
もうクレアは生き残っても片手での生活を余儀なくされる。
ユナの叫びは収まらない、ノアに押し留められながらもそれは止む事はない。
当然だ家族同然の者達が目の前で殺されかけているのだから。
だがノアはそれでもあの男に向かうのを許さない。
「ノア、知り合いなのか?」
ノアの姿を見てから態度の変わった男の事をノアに問いかける。
過去に因縁があろう事はなんとなく理解出来た。
「あの男は危険だ、シン、前に言っただろう?あの男は序列2位”天帝”ラドラス・エルドラス、天災と呼ばれる男だ」
序列2位、あの男の危険度を知るにはこれほどわかりやすい物はない。
シンも序列3位である、一つしか違わないがその差は歴然としている。
1位と2位が別格と称されているのはこの世界の常識だった。
シンとユナ、ナナの3人で挑んでも勝ち目はないだろう。だがここには別格と称されている味方もいる。
「ティナは勝てないのか?」
「妾を誰と心得る、魔王であるぞ、奴には勝てる。だがこの国と周辺が無くなってもよいならな」
勝てるとティナが言い切るのなら勝てるのだろう、しかし被害が大きすぎる。撤退をするべきだろう。
「エルリック、リリアナを頼む、ナナは俺と殿だ。ノア、ユナを連れてリリアナ達と先に逃げてくれ」
「わかった、シン生き残るんだ、ティナに最後尾は任せよう」
「嫌だ!離してよ!」
暴れるユナを抱えるノア、ユナには悪いがここは嫌われてでも逃げ出さないといけない。
ノアが標的になったのならあの男は赤姫達を攻撃しないだろう。
「逃すと思うのか?」
「出来ないと思うのかい?」「出来ない訳がなかろう」
赤姫達を倒し”天帝”ラドラス・エルドラスはシン達へと向かってくる。
対するは神と魔王、ティナに後方を任せ一気に走り出した。
「エルリック、遅れるな!ティナ、後で落ち合おう!」
シンはリリアナを抱え走り出す、リリアナ自身が走るよりもそうした方が速いのだ。
ミアリスの指輪の力で軽くしたシンは一気に加速する。
走り出したシン達の後方で”天帝”と”魔王”が衝突する。
ぶつかりあった余波によりまたも暴風が吹き荒れ大地の地形が変動する。
「ボクに任せて、風はボクが抑えよう」
するとシン達に襲いかかる衝撃の余波がノアにより緩和される。
ノアは戦闘向きの能力では無い、無の神の名の通り全てを無に帰してしまうその力は一定の範囲を全て巻き込んでしまう。
それに最近他の事に力を使っているらしく、表情からいつもの余裕が感じられない。
「ノア!遊んでばっかいるからこういう時困るんだ!」
走りながらノアに文句をシンは言う、ノアの力が万全ならば神の力で瞬間移動が出来たはず。
この砂の世界を掌握した事でノアの力は以前よりも増している。
「ごめんよ、久しぶりだったから歯止めが効かなかったんだ」
ユナを抱えノアは反省を口にする、これに懲りたら力の無駄遣いはやめて欲しいものだ。
「ミアリスが言う事を聞かないのが悪いんだ」
ノアはまだ反省が足りないらしい。
そんな事を考えられるシンには余裕があった。
強大な魔王が守ってくれていると言う事実がシン達から焦りを取り去っていた。
だがその余裕も”天帝”ラドラス・エルドラスによって取り除かれた。
「シン様、横に回避を!」
抱えたリリアナの声に従い横へと無理矢理跳躍した。
走りながらの跳躍に体制を崩してしまうがすぐさま持ち直す。
するとシンが走っていた場所を何かが通り過ぎた。抱えられ後ろが見えていたリリアナが気付かなければ激突していただろう。
「いったいのう、前より強くなっておるの」
吹き飛んで来たのはティナだった。その体は至る所に傷が付き激戦を物語っていた。
「ティナ!大丈夫か⁉︎」
「心配いらん、足を止めるでない」
ティナに言われ再度走り出す、しかし何故かティナも共に走っていた。
「ティナどうしたんだ?」
「変更だの、今の奴を手加減して止めるなど出来ん。妾が本気を出してはシン達も巻き込んでしまうからの」
「シン様!もっと早く走れないのですか⁉︎」
リリアナは震えていた、後ろから徐々に近づいてくる天帝に怯えているのだ。
王女として生きてきたリリアナは生死のかかった状況に慣れていない。
絶対的な強者に追われている現状に恐怖を刻まれているのだ。
「リリアナ、心配するな、何があってもお前を守り抜く」
「シン様…」
シンの言葉にギュッとシンの服を掴むリリアナ、少しでも恐怖を紛らわせているのだろう。
「ティナは大丈夫か?って再生してるのか?」
隣を走るティナの体は次々と傷が治っていた。
「ふむ、傷程度妾の膨大な魔力があればすぐ治る。体の一部の欠損となると時間はかかるがの、それに無制限に再生する訳ではない。まあ妾にはありがたい力だの」
確かにティナの悪癖からすると良い能力だろう。
これならばほぼ無限に痛みを味わう事が出来る。その本人の悪癖のお陰でとんでもない耐久力を持っている。だが今はそんな事を考えているヒマはない。
「ほれ、避けんか、空から降ってくるぞ」
見上げると”天帝”はその名に相応しく空を舞っている。
ティナと同じく傷を負っているがまだ動けるのだろう、空中でシン達に手をかざしていた。すると空を覆い隠すほどの水の槍が精製され射出される。
だが水の槍はティナにより防がれる、腕を振ったティナはシン達の頭上に半透明の膜をはり水の槍の嵐を受け止めた。
「遠慮なく攻撃しおって、妾は防御に専念する。」
ノアの作り出す転移門まではまだ距離がある、だが空からの攻撃は激しさを増し轟音が木霊する。
殺意を向けられ迫る攻撃にリリアナはさらに恐れを抱き小さく悲鳴を上げる。
これ以上戦闘に慣れてないリリアナをこの状態に晒すのは危険かもしれない。
「ノア!何とか出来ないのか⁉︎」
「方法ならある、だけど無理矢理だから辿り着く場所は選べない」
「それでもいい!やってくれ」
今はそんな贅沢をしている時ではない、何が何でも”天帝”から逃げ切らなくてはならないのだ。
「わかった、ではティナ、1度死んでくれるかい?」
「よかろう、妾の魔力を使うが良い」
「うん、どれだけ使うかわからないけどティナの魔力なら足りるだろう。復活は転移の後にしてくれ」
ティナを殺すのか?と叫ぼうとするがノアの転移はすぐに発動した。
すると突然シンは体が無くなり、意識だけが残っているような感覚に陥った。
だがシンの耳は”天帝”の呟きが最後に聞こえていた。
*******
「Shit!逃がしたか」
追っていたシン達が消えたのを見て”天帝”ラドラス・エルドラスは空中で呟いた。その体は魔王によりダメージを与えられていたがまだまだ体力は有り余っていた。
「ノアが出てきたか、もうあんな事はやらせんぞ」
静かに”天帝”は呟やきどこかに飛び去っていく、彼の通った後には破壊されその形を変えた大地のみが残っている。
現れた場所全てを無差別に破壊し尽くすからこそ彼は天災と恐れられているのだ。
*******
「逃げ切れたのか?」
体の消失感が無くなり、シンは目を開けた。
その視界には成長し巨大になった木々が立ち並んでいた。
逃げ切る事の出来た、だがシンは”天帝”の最後の言葉が頭から離れない。
「英語?なぜ奴がそれを?」
「シン様…」
遥か昔に聞いた事のある言葉だった。
だがそれについて考え始める前に腕からリリアナの声が聞こえた。
リリアナはやはり”天帝”の恐怖に耐え切れなかったのだろう。
神経の戻った腕にリリアナの下半身から液体が流れて来ているのがわかった。
顔を赤くし息の荒くなっているリリアナだったがここは触れるべき事ではないだろう。
そっとリリアナを地面に降ろそうとする。
「シン様、もう少しこのままでお願いいたします」
だがリリアナを離そうとしたが拒否されてしまう。
彼女もまだ完全にあの恐怖を忘れられないのだろう、そう考えまたリリアナを抱える。
「シン、無事か?」
近くでエルリックが声をかけてきた、彼も走り続けた事で疲れきっているのだろう。
乱れた呼吸をしている。
あの程度の距離で息を荒くするほどの鍛え方をしていないがやはり”天帝”から追われている事が精神的に疲労を抱えさせていたのだ。
エルリックに無事と伝えるシン、リリアナにもエルリックは声を掛けるがリリアナは漏らしてしまった事を他に知られたくはないだろうとシンは考え出来るだけリリアナを隠すように振る舞った。
「何で止めたのよ!」
ノアに解放されたユナはすぐさま非難の声を上げた。
目の前にいる仲間を助けに行けなかったのだ、当然だろう。
「仕方がないじゃないか、ああしなければ君は殺されていたかもしれない」
ノアは普段と変わらず平然として答えた。
だが今はその態度ではユナの怒りを買うだけだ、神に人の気持ちをわかれと言うのは間違いかもしれないが。
「でも!クレアがあんなになってたのよ!」
ユナの瞳には涙が浮かぶ、彼女の脳裏に焼き付いたクレアの姿が頭から離れないのだ。
「心配する事はなかろう、あの子は生きておる。妾と違い腕は生えて来んが心配いらん、それに奴は逃げる妾達を追いかけ他の人間は無視した。死んでいる者は少ない」
ティナの声が聞こえた。
だが彼女は転移の為にノアに魔力を渡し死んだのではないのか?とシンは辺りを見回すが姿は見えない。
「ここだぞ?下に居る」
下と言われ地面に視線を向けるシンの目には手のひらサイズに小さくなったティナの姿があった。
「えっ?ちっさ!」
「うるさいのう、しばらくはまだこの姿のままだの。妾の魔力が回復するうちに少しずつ大きさも戻っていくから心配せんでいい」
「ティナは不老不死に近いからね、まあでも1回死んだのは間違いない。でもティナの再生は死からも有効だ、その代わりしばらくは戦えない」
魔王と言うのはとんでもない存在だ、ノア達神に並ぶと言うのは当然のように思える。
「ノアの言う通りしばらく妾は戦力にならんぞ。さすがに今の状態でまた死んではもう戻らんからな」
だがさすがに何度も復活出来る訳ではないようだ。
ティナの力が使えないのは痛手だが今回はティナのお陰で逃げ切る事が出来た。ティナがいなければ全滅していたはずだ。
「本当にクレアは無事なの?」
先ほどのティナの言葉にユナは反応する、クレアが治療されたのは見えたが信じられないのだろう。
「うむ、本当だ、だが何人かは無事ではいないだろう」
クレアが生きている事には喜んだユナだったが他の仲間が死んだ可能性があると聞きまた落ち込んでしまう。
「あの男に私は勝てるの?」
「今は無理だの、だが皇龍刀”契”を完全に使いこなせるようになれば勝つ事も出来るであろう」
今は無理、だが契を使いこなせるようになれば勝てると魔王であるティナに言われユナは決意する。
「あいつは私が必ず倒す」
短く、だがはっきりとユナは決意した。
ニグルの時も落ち込んだがそれを乗り越えたユナは強い。
肉体的にも精神的にもユナの成長はまだ終わりを知らなかった。
「予定通り森の世界に到着したね、ボクはこの世界ではまだ砂の時のような力は使えない。しばらく休ませて貰うよ」
強制転移によりノアも相当疲弊していた、言葉通りそのまま姿を消す。
「あんた、いつまで抱えてるのよ」
ノアのいなくなった後ユナは抱えられたままのリリアナを見てシンに文句を言ってきた。
そう言われても困ってしまうシンだったが代わりにリリアナが答える。
「あら?悔しいのですか?」
抱えられたままリリアナはユナにこう答えた。
その言葉が引き金となりお決まりとなったユナとリリアナの言い争いが始まりシンとエルリックはどうすればいいのかわからず固まってしまい。
小さくなったティナはナナに人形のように抱え込まれたままその様子を笑っていた。
「おにぃさん、やっと来た!」
森の世界に到着したシン達に木の上から声がかけられる。
青い髪をしてゆったりとした服をした犬の耳を持った少女が太い木の枝に座りながらシン達の事を見つめていた。
【山の神サリス】の支配する【森の世界フォレオン】でのシン達の旅が始まりを告げる。
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