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12話 この感情をなんと言うのか1

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12話 この感情をなんと言うのか1


 暖子(はるこ)さんは高熱のせいなのか、時折苦しそうな声を漏らす。その度に握られた袖の裾に力が籠り、俺は堪らずその手を包み込むように握り返した。

 そうすると暖子さんが一瞬だけ安心したような表情となり俺の心臓がどきりと高鳴った。


「ー…ッ」

 胸の内側が苦しくなるような、息が詰まるような――それでいてどこか心地良い不思議な想いが胸の内に広まった。


 そんな俺の心中など知る由もなく無防備に眠る暖子さんに対し、何故か後ろめたく感じてしまった俺は、彼女の手を離すと早々にその場を後にした――





 あのまま彼女の側にいるとどうにかなりそうな気がして本能的に俺は暖子さんから離れた。それでも暖子さんの体調が気がかりだったために、俺は日が明けると再び彼女の家の前まで来ていた。


(……俺、何やってんだろうな、本当に)


 と、思いつつも心配でいてもたってもいられずに半ば強引に行動し扉の前で立ち尽くす始末。


 ――別に、ただ心配になっただけだ。

 だって目の前で倒れられたりしたらその後の体調も気になって当然だよな?

 なんて。誰に言い訳するわけでもなく、自分の行動に無理矢理納得させつつ、俺は思い切って呼び鈴を押した。


 いつもより少し覇気のない暖子さんの声。続いて開けられる簡素な鉄製の扉――


「……ッ、雪斗(ゆきと)くん?!」

 俺の姿を目にした暖子さんはすごく驚いた顔をしていた。昨日とは違って顔色はわりかし良さそうな気がする。また、上下スウェットという恥じらいのない格好に、(暖子さんには申し訳無いが)、俺はどこか安心してしまった。


「体調どう?」

「え? あ、うん。だいぶ良くなったかな」
 言いつつ、ふわりと笑う暖子さん。
「昨日はありがとね、迷惑かけちゃって」

『あがって』と手招きする暖子さんのお言葉に甘えて、俺は三度目の『お邪魔します』を言う。



 ――改めて部屋をぐるりと見渡せば、やっぱりどこか殺風景な1K(ワンケー)の部屋。玄関から右手にキッチンスペースがあり、廊下を挟んだ向かいにバスルーム。奥の扉を入ると六畳一間の寝室兼居住スペースとなっている。

 アルミサッシ窓側にラグを敷いたマットレス式の布団。小さいローテーブルにクッション。壁際に本棚があって漫画やゲーム機などが積まれている。完全に趣味丸出しの部屋に少しワクワクしてしまったが、敢えて言わないでおこう。


「熱下がった?」

「うん。本当にありがとね」

 ローテーブルに置かれたお茶をご馳走になる。


「良かった。暖子さん急に倒れるからマジで焦った」

「へへ。ちょっと疲れが出ちゃったかも」

 照れ隠しで笑う暖子さん。その笑顔がとても可愛く見えて少し胸が跳ねた――と言うか、どきりとした。自分でも鼓動が早くなるのを感じた。


 ――久しくも淡い、ほのかに胸がきゅんと苦しくなる感覚。これは、なんだろうか? この意も知れぬ、またどこか懐かしい、この言い表せない感情は、なんと言うのだろうか。その想いとは裏腹に、俺の中でどこか警鐘が鳴り響く。『また、繰り返すのか』と。


 俺はこの時まだ知らなかった。この感情の意味を。
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