上 下
29 / 53
第一章 この世界は愛に満ちている

29

しおりを挟む

 前世の俺には、なりたい自分があってやりたい事があってそのために積み上げるべき努力があって……まぁ何やかんや充実してた。

 失敗の多い人生だったけど、その度に手を差し伸べてくれる救世主がそばにいた。俺はたぶん、ものすごく出逢いに恵まれてたんだよね。

「世界を救って下さい」

 夢……というよりは目標かな。

 それが不可能・・・じゃない・・・・事を・・俺は・・知ってた・・・・から、“夢”だなんて無責任な言葉は使わない。

「このままでは世界が終わってしまいます」

 で、その過程で大学に行く必要があったんだけど、平たく言うと落ちた。それが十八歳の時。

「力ある者よ、お願いです」

 それから引き篭ってひたすら落ち込んで、落ちて落ちて、落ちる所まで落ち切って。

 そして、気付いたら・・・・・ここ・・に居た・・・

 今では遠い昔、今世での俺の最初の記憶。

「世界を救って下さい」

 言葉では表現できない程異質な空間での対話は、そんな言葉から始まった。

「あなたにしか出来ない事なのです」

「すいません、明かりを付けてくれませんか?」

 そこは、暗いと言うのか黒いと言うのか。どこまでも続く闇、そんな印象を受ける場所だった。そして思った。

「なるほど夢か」

「人間の言葉に言い換えると、確かに“夢”という表現が妥当なのかも知れません」

 誰かが返事をくれたけど、相変わらず何も見えない。暗過ぎる。もしかしたら目を開けてないのかも知れない。

───なるほど、だから“夢”って事?

「その解釈で問題ありません」

「え、何? もしかして心読んだ? 勘弁してよ」

 俺は冗談めかして答える。

「この空間で私に隠し事は叶わないのです」

「へぇ……」

───あ、これゲームだな。
 一時期やり込んでたRPG。そのプロローグがこんな感じだったはず。

 結構お気に入りだったんだよね……いやまぁ、夢でまでプレイしたいかは諸説だけど。
 
「はじめまして、シュート。あなたは前世の世界で命を落とし、ここに来ました。だからこれは最後の夢でもあります」

「そうなんだ。じゃあここは天国ってやつなのかな?」

 そうそう、こんな感じの会話から始まるんだ。

「いいえ。しかし、驚かないのですね」

「そっか。ま、夢なんだろ?」

「その通りです。自己紹介がまだでしたね、私は……」

「大丈夫、分かってるよ」

 そうかゲームか、だったら話が早いね。

「神、だね?」

 ごめん俺、チュートリアルとか無理なタイプなのよ。でもこれで説明の手間が省けて、さしもの神様も大喜びなんじゃない?

 プレイヤーが訪れる度、もう何千回と繰り返してきたやり取りには神様も辟易していたはず。俺はそんな苦痛から解放してあげる救世主ってわけ。

 あぁ、暗くて表情かおが見えないのが残念。

「人間の言葉に置き換えると……」

「あ、本当大丈夫。全部分かってるので」

 主要キャラはシナリオ中に覚えるから、初対面のやり取りはとりあえずスキップしとけばOK。

 え、怒ってないと思うよ? だって隠し事は出来ないってさっき神自身が言っていたし。

 まさか一方的にこちらの思考を搾取しておいて、その内容が気に入らないからといって腹を立てる様な狼藉は働かないでしょ。そうだよね?

 偉大な神にはそもそも腹が無い可能性すらあるし。

「シュート。話は最後まで聞くものですよ」

「……え?」

───何で怒っちゃったのかな?
 前言撤回。まるで人間みたいだ。多分腹もあるなこれは。

 予想外の展開だけど、別に慌てない。だって長い時は一日十時間以上プレイしたゲームだからね。

 よし、とりあえず話題を変えよう。

「そうだ、神様は知ってる? 猫は皆の家に侵入して集めた個人情報を売り捌いて生活してるらしいよ!」

 どんなに空気が悪くても、猫の話しときゃ和めるから日本人って素敵。

「……ところでシュート」

「はい、何でしょう」

 神様は日本人じゃなかったっぽいね。このゲームのプログラミング、海外に外注してたのかな?

 でもこうやって少しずつお互いを理解して距離を縮めていくのが、コミュニケーションの大ゴミだよね。間違えた醍醐味だ。時間の無駄なんて思ってないから安心してね。

「前世の記憶……人生は、良いものでしたか?」

「うん?」

 神の中ではやはり、俺は死んだ事になっているらしい。

「うーん、まぁまぁじゃない?」

 仕方なく適当に返事をしておく。

「……そうですか」

 何その返事。また空気が悪くなっちゃったよ。

「そうだ神様、これは知ってる? メイド服を着たメスゴリラが訪問販売でヤバい薬を売り歩いていたんだって!」

「時にシュート」

「はい」

 あれ、おかしいな。女なら猫、男ならゴリラで確実に一盛り上がり出来るのに。え、もしかして君オカマ??

「人生をやり直したいとは思いませんか?」

「……はい?」

 あぁ、なるほどね……。

「まぁそんな事ができるなら願ったり叶ったりだけど……」

───はは、やっぱ夢だな……。
 これは、俺の無責任な願望が生み出した夢、か。今更やり直すなんて……都合が良いにも程がある。

「あなたの人格を残したまま、生まれ変わらせる事が出来ます」

 よし話題を変えよう。

「もう冗談は結構ですよ」

 速過ぎる発言阻止、か。さすが超常の神様。

「混乱しているでしょうから、まずは世界の話をさせて下さい」

「えっと、すみません。そういうの間に合ってるんで」

 だーかーら! そういうのもう良いんだって!

「要件だけ、端的にお願いします」

 最近プレイしてなかったからね。サクッと本編行って暴れてやりますか!

「……そうですか。背景情報の開示が必要無いという事であれば、世界の実情についてはご自身で確認して下さい」

「はい」

 俺が住んでいるのは地球、日本。

「ご希望に添い、詳細は省きますが───」

 しかしゲームの中では、荒廃した世界が広がっているのだ……!

「───この世界には、人間の言葉で言うところの“異種族”と“魔法”が存在します」

「はい……えなに異種族??」

 知らん単語出てきた。あれ? これ知ってるゲームじゃないパターン?

「そうです。こちらの世界に転生し、世界を救って欲しいのです」

「んー、ごめんちょっと待ってね」

 ダメだ分からなくなってきた。

 話半分どころか全部聞き流してたからもはや内容を覚えてない。

 まぁ夢だから仕方ないんだよ。多分俺は悪くないと思う。

「あなたの力を貸して頂きたいのです」

「あのー、考えたんですけど、やっぱ無しで」

 現実は散々だし、夢でくらい息抜きしても良いかと思ったんだけど、知らないゲームじゃなぁ……イマイチ盛り上がりに欠けるよね。

「……これは私の願いであると同時に、あなたの願いを叶えるものでもあるのですよ?」

「よく分かりません。天国はあっちですかね? じゃ」

「この空間に出口はありませんよ。あなたが言ったのではないですか、これは“夢”だと」

───なるほど逃げ道はないと……。
 いや本当どっちが出口か分からんのよ。真っ暗だからさ。あれ、俺監禁されてない?

「俺にそんな正義感はありません」

「人々と交流を深めれば、自然と自覚出来るはずです」

「交流しようにも俺は英語が苦手だったので、異世界の言葉も多分身に付けられません」

「脳の言語野を強化して、世界の全ての言語を理解出来る様にします」

「間違えました。引き篭りなので外に出られません」

「ログインボーナスを実装します。外に出るだけでレベルアップです」

「ごめんなさい本音を言います、やりたくありません勘弁して下さい」

「お願いします。あなたにしか出来ない事なのです」

 主導権は向こう。どうやらRPGでありがちな、「はい」を選択するまで終わらないアレらしい。夢にしては凝った演出だね。

「……生まれ変わりに不満があるという事なら、人間以外に生まれ変わらせる事も出来ます」

 あぁ、そういう選択肢もあるんだ。

 例えば鳥、空を舞う姿は自由の代名詞だね。
 例えば猫、生きているだけで愛される生涯は望んでも得難いものだよね。

「牛、なんてどうでしょう。人間に散々肥え太らされ、首を切られて出荷されては人の口から食道を通り、最後は下水道を冒険して偉大な海へと辿り着くでしょう」

「何それ畜生道の話? 待ってここ地獄だったの?」

 人格を残したまま糞尿となりトイレに流される所まで想像した。

「……シュート」

「はい」

 しかし、結局決め手となったのは、

「もしかして、出来ないのですか?」

「あれ、神様ともあろうものが知らないの?」

 たった一言。

「IQ200の天才だよ? 俺」

 それまで培ってきた自己愛だった。

「それくらい簡単だよ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

しっかり者のエルフ妻と行く、三十路半オッサン勇者の成り上がり冒険記

スィグトーネ
ファンタジー
 ワンルームの安アパートに住み、非正規で給料は少なく、彼女いない歴35年=実年齢。  そんな負け組を絵にかいたような青年【海渡麒喜(かいときき)】は、仕事を終えてぐっすりと眠っていた。  まどろみの中を意識が彷徨うなか、女性の声が聞こえてくる。  全身からは、滝のような汗が流れていたが、彼はまだ自分の身に起こっている危機を知らない。  間もなく彼は金縛りに遭うと……その後の人生を大きく変えようとしていた。 ※この物語の挿絵は【AIイラスト】さんで作成したモノを使っています ※この物語は、暴力的・性的な表現が含まれています。特に外出先等でご覧になる場合は、ご注意頂きますようお願い致します。

動物に好かれまくる体質の少年、ダンジョンを探索する 配信中にレッドドラゴンを手懐けたら大バズりしました!

海夏世もみじ
ファンタジー
 旧題:動物に好かれまくる体質の少年、ダンジョン配信中にレッドドラゴン手懐けたら大バズりしました  動物に好かれまくる体質を持つ主人公、藍堂咲太《あいどう・さくた》は、友人にダンジョンカメラというものをもらった。  そのカメラで暇つぶしにダンジョン配信をしようということでダンジョンに向かったのだが、イレギュラーのレッドドラゴンが現れてしまう。  しかし主人公に攻撃は一切せず、喉を鳴らして好意的な様子。その様子が全て配信されており、拡散され、大バズりしてしまった!  戦闘力ミジンコ主人公が魔物や幻獣を手懐けながらダンジョンを進む配信のスタート!

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

ダンジョン美食倶楽部

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
長年レストランの下働きとして働いてきた本宝治洋一(30)は突如として現れた新オーナーの物言いにより、職を失った。 身寄りのない洋一は、飲み仲間の藤本要から「一緒にダンチューバーとして組まないか?」と誘われ、配信チャンネル【ダンジョン美食倶楽部】の料理担当兼荷物持ちを任される。 配信で明るみになる、洋一の隠された技能。 素材こそ低級モンスター、調味料も安物なのにその卓越した技術は見る者を虜にし、出来上がった料理はなんとも空腹感を促した。偶然居合わせた探索者に振る舞ったりしていくうちに【ダンジョン美食倶楽部】の名前は徐々に売れていく。 一方で洋一を追放したレストランは、SSSSランク探索者の轟美玲から「味が落ちた」と一蹴され、徐々に落ちぶれていった。 ※カクヨム様で先行公開中! ※2024年3月21で第一部完!

魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます

ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう どんどん更新していきます。 ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

処理中です...