17 / 53
第一章 この世界は愛に満ちている
17
しおりを挟む「ぐあああああああ!!」
配下の断末魔を背に聞きながら、ジルは長い通路を走る。
くそっ、クソっ、クソおおおおお!!!
長い。長過ぎる。いつもは歩いて通る通路を全力疾走しているというのに、いつまで経っても目的の場所に辿り着かないのだ。
突き当たりの壁が、隠蔽された外への隠し扉になっているのだ。そこから走って他の拠点へと向かい、戦力の応援を依頼しに行く。
通信機器は、使えない。
ギルドが動いている以上、近くに斥候が放たれている可能性が高いのだ。傍受されたら計画そのものが露呈する危険性がある。
そんなことになればよしんば生き延びたとしても、表では騎士団に、裏では組織に追われる人生が開幕してしまう。
「っく、くそ、早く開けっ!」
隠し扉の解錠。その時間すら今は惜しい。
「───よぉ、そんな急いで、何してんの?」
「っ……!?!?」
やっとの思いで外に出たジルを呼び止める声。どこだ? そこか、いつから居た!?
焦り過ぎていたのか、声を掛けられるまでその存在にすら気付かなかった。
冷や汗をかき、生唾を飲み込む。どっちだ……? いや、一般人などあり得ない。
つまり、この男がギルドの斥候。裏口を固めるなど手堅過ぎる、周到で計画的な作戦だ……!
「……あぁ、少し急いでいてな」
戦闘は悪手。そもそも相手の実力が明らかでない上、魔法を使えば魔力反応で足がつく。
右手に走れば歓楽街の大通り。人目に付く上に遠回りだ。よって進行方向は左手しかない。
だが、この男は黙って俺を見過ごさない……!
「悪いが通してくれるか?」
言って、自分の言葉に耳を疑う。目の前の男は、路地の壁にもたれかかっている。通ろうと思えばいくらでも通れるのだ。
しかし、足が動かない。本能が止めるのだ。
そもそも何故自分はこの男の存在に気付かなかった? 魔力を発していないからだ。
では、何故魔力を発していない? まさか……完全に制御しているというのか……?
そんなこと、常人ではあり得ないぞ……!
「質問を繰り返す」
呟くような男の声。
「お前、何してんの?」
「っ……舐めるなあああああ!!」
ジルは短剣を抜き、男に向けて斬りかかる。
「はは……お前、現行犯で“黒”決定」
しかし、男は足を引いて身を躱すだけで短剣をいなし、
「そういう態度だと助かるな」
「ぐっ!」
ジルの足を払って転ばせた。
「俺は……イスタンテの四天王最強の! “怒剣”のジル様だぞ!!!」
「嘘だね。最初に戦う四天王は最弱って決まってるんだ」
「くっ……そがあああああっ!!」
起き上がったジルが持つ短剣、そこに埋め込まれた魔石が赤く光る。
「最強ねぇ……お前、人殺したことないだろ」
魔石は刻まれた魔法式により、送り込まれた魔力を適切に変換して無詠唱で火球を放つ。
「ほら───」
が、
「───そんな魔法で人を殺せると思ってる」
予備動作もなく、近距離で、無詠唱で放った火球を男はいとも容易く躱して見せた。
「な……」
「動くな」
そして次の瞬間には、ジルは背後を取られていた。
何が起こったのか、男がどのように移動したのか、ジルは目で追うこともできなかった。
「動くと刺さる」
「っ!」
ただ、背に突きつけられた硬い感触と、それに対する衝撃だけがそこにあった。
「っくそ……」
ジルは、考える。この場における、自身の取り得る最善手とは何か。盤面を覆す一手は何か。
「毅然たる灯火は 汝が背負いし悪夢を照らす栄光───」
しかしその希望的思考は、
「─── “業火”!」
「っぐ! ぐああああああ!!」
流暢な詠唱と共に放たれた火球により掻き消えた。
「……よぉ、やるじゃん」
程なくして魔力による炎は消え、適度に火傷を負ったジルは気を失って倒れた。
「ルーク。ナイス手加減だ」
「はは……はい」
茶髪の少年は力なく笑い、横たわる男を見下ろした。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
しっかり者のエルフ妻と行く、三十路半オッサン勇者の成り上がり冒険記
スィグトーネ
ファンタジー
ワンルームの安アパートに住み、非正規で給料は少なく、彼女いない歴35年=実年齢。
そんな負け組を絵にかいたような青年【海渡麒喜(かいときき)】は、仕事を終えてぐっすりと眠っていた。
まどろみの中を意識が彷徨うなか、女性の声が聞こえてくる。
全身からは、滝のような汗が流れていたが、彼はまだ自分の身に起こっている危機を知らない。
間もなく彼は金縛りに遭うと……その後の人生を大きく変えようとしていた。
※この物語の挿絵は【AIイラスト】さんで作成したモノを使っています
※この物語は、暴力的・性的な表現が含まれています。特に外出先等でご覧になる場合は、ご注意頂きますようお願い致します。
動物に好かれまくる体質の少年、ダンジョンを探索する 配信中にレッドドラゴンを手懐けたら大バズりしました!
海夏世もみじ
ファンタジー
旧題:動物に好かれまくる体質の少年、ダンジョン配信中にレッドドラゴン手懐けたら大バズりしました
動物に好かれまくる体質を持つ主人公、藍堂咲太《あいどう・さくた》は、友人にダンジョンカメラというものをもらった。
そのカメラで暇つぶしにダンジョン配信をしようということでダンジョンに向かったのだが、イレギュラーのレッドドラゴンが現れてしまう。
しかし主人公に攻撃は一切せず、喉を鳴らして好意的な様子。その様子が全て配信されており、拡散され、大バズりしてしまった!
戦闘力ミジンコ主人公が魔物や幻獣を手懐けながらダンジョンを進む配信のスタート!
悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが……
アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。
そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。
実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。
剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。
アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。
ケットシーな僕とはじまりの精霊
結月彩夜
ファンタジー
異世界転生物のライトノベルはよく読んでいたけど、自分がその立場となると笑えない。しかも、スタートが猫だなんてハードモードすぎやしない……な?
これは、ケットシーに転生した僕がエルフな飼い主?と終わりまで生きていく物語。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
ダンジョン美食倶楽部
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
長年レストランの下働きとして働いてきた本宝治洋一(30)は突如として現れた新オーナーの物言いにより、職を失った。
身寄りのない洋一は、飲み仲間の藤本要から「一緒にダンチューバーとして組まないか?」と誘われ、配信チャンネル【ダンジョン美食倶楽部】の料理担当兼荷物持ちを任される。
配信で明るみになる、洋一の隠された技能。
素材こそ低級モンスター、調味料も安物なのにその卓越した技術は見る者を虜にし、出来上がった料理はなんとも空腹感を促した。偶然居合わせた探索者に振る舞ったりしていくうちに【ダンジョン美食倶楽部】の名前は徐々に売れていく。
一方で洋一を追放したレストランは、SSSSランク探索者の轟美玲から「味が落ちた」と一蹴され、徐々に落ちぶれていった。
※カクヨム様で先行公開中!
※2024年3月21で第一部完!
魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます
ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう
どんどん更新していきます。
ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる