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第一章 この世界は愛に満ちている

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「ぐあああああああ!!」 

 配下の断末魔を背に聞きながら、ジルは長い通路を走る。

 くそっ、クソっ、クソおおおおお!!!

 長い。長過ぎる。いつもは歩いて通る通路を全力疾走しているというのに、いつまで経っても目的の場所に辿り着かないのだ。

 突き当たりの壁が、隠蔽された外への隠し扉になっているのだ。そこから走って他の拠点へと向かい、戦力の応援を依頼しに行く。

 通信機器は、使えない。

 ギルドが動いている以上、近くに斥候が放たれている可能性が高いのだ。傍受されたら計画そのものが露呈する危険性がある。

 そんなことになればよしんば生き延びたとしても、表では騎士団に、裏では組織に追われる人生が開幕してしまう。


「っく、くそ、早く開けっ!」 


 隠し扉の解錠。その時間すら今は惜しい。 

「───よぉ、そんな急いで、何してんの?」

「っ……!?!?」 

 やっとの思いで外に出たジルを呼び止める声。どこだ? そこか、いつから居た!?

 焦り過ぎていたのか、声を掛けられるまでその存在にすら気付かなかった。 

 冷や汗をかき、生唾を飲み込む。どっちだ……? いや、一般人などあり得ない。

 つまり、この男がギルドの斥候。裏口を固めるなど手堅過ぎる、周到で計画的な作戦だ……!

「……あぁ、少し急いでいてな」 

 戦闘は悪手。そもそも相手の実力が明らかでない上、魔法を使えば魔力反応で足がつく。

 右手に走れば歓楽街の大通り。人目に付く上に遠回りだ。よって進行方向は左手しかない。

 だが、この男は黙って俺を見過ごさない……!

「悪いが通してくれるか?」

 言って、自分の言葉に耳を疑う。目の前の男は、路地の壁にもたれかかっている。通ろうと思えばいくらでも通れるのだ。

 しかし、足が動かない・・・・・・本能が・・・止める・・・のだ。

 そもそも何故自分はこの男の存在に気付かなかった? 魔力を発していないからだ。

 では、何故魔力を発していない? まさか……完全に制御しているというのか……?

 そんなこと、常人ではあり得ないぞ……!

「質問を繰り返す」


 呟くような男の声。 


「お前、何してんの?」

「っ……舐めるなあああああ!!」 


 ジルは短剣を抜き、男に向けて斬りかかる。 

「はは……お前、現行犯で“黒”決定」

 しかし、男は足を引いて身を躱すだけで短剣をいなし、

「そういう態度だと助かるな」

「ぐっ!」

 ジルの足を払って転ばせた。

「俺は……イスタンテの四天王最強の! “怒剣”のジル様だぞ!!!」


「嘘だね。最初に戦う四天王は最弱って決まってるんだ」


「くっ……そがあああああっ!!」

 起き上がったジルが持つ短剣、そこに埋め込まれた魔石が赤く光る。

「最強ねぇ……お前、人殺したことないだろ」

 魔石は刻まれた魔法式により、送り込まれた魔力を適切に変換して無詠唱で火球を放つ。

「ほら───」

 が、

「───そんな魔法・・・・・で人を・・・殺せると・・・・思ってる・・・・

 予備動作もなく、近距離で、無詠唱で放った火球を男はいとも容易く躱して見せた。 

「な……」


「動くな」

 そして次の瞬間には、ジルは背後を取られていた。

 何が起こったのか、男がどのように移動したのか、ジルは目で追うこともできなかった。

「動くと刺さる・・・

「っ!」

 ただ、背に突きつけられた硬い感触と、それに対する衝撃だけがそこにあった。 


「っくそ……」

 ジルは、考える。この場における、自身の取り得る最善手とは何か。盤面を覆す一手は何か。

「毅然たる灯火は 汝が背負いし悪夢を照らす栄光───」

 しかしその希望的思考は、

「─── “業火デライズ”!」

「っぐ! ぐああああああ!!」

 流暢な詠唱と共に放たれた火球により掻き消えた。

「……よぉ、やるじゃん」

 程なくして魔力による炎は消え、適度に火傷を負ったジルは気を失って倒れた。 


「ルーク。ナイス手加減だ」 

「はは……はい」

 茶髪の少年は力なく笑い、横たわる男を見下ろした。 


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