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第一章 この世界は愛に満ちている
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しおりを挟む俺達は朝からギルドに行き、依頼を受けた。なんて事ない、「薬草採集」の依頼。
「グゥルルルル……」
「ハウンドね」
「これが……?」
なのに何故か、屈強な魔獣と対峙している。
魔獣とは、その名の通り魔力を持った獣。
まぁこの異世界では人も異種族も物も皆魔力を持っているので、地球でいう動物と位置付けは変わらない。
ハウンドは四足歩行の哺乳類型の魔獣。
所々身に走る歴戦の傷により禿げている部分があるが、その他の特徴は前世の犬だな。
よく見ると可愛い眼差し。ボール遊びに興じたい。
「うーん、連れ帰ってペットにしたい所だけど、我が家には大き過ぎるね」
ただデカい!
身長百七十八センチの俺が見上げる程の体躯! 引き締まった筋肉! 凶悪な爪、牙! 滴る涎!
お手って言ったら、間違いなく差し出した手を食いちぎられる。
軽口で冗談を言っている場合ではない。最悪、死ぬ。
「そうね。ペットはあなた一匹で十分だわ」
その同意には同意しかねる。
「じゃ、じゃあ潔く諦めようか、ギルドはあっちかな?」
「いいえ、仕留めるわ。こんな臨時収入、逃す手はないもの」
「……マジで言ってます?」
次の瞬間、俺の隣で魔力が爆発した。
「はは……やば」
そう錯覚する程に、強烈な魔力反応が突如として出現したのだ。俺の、すぐそばに。
「行くわよ……!」
「グラアアア!!」
魔力を放っているのは、間違いなくあのエルフだ。そして奴の手には、刃渡り二十センチ程のナイフが握られている。
「シィ!」
「グ、グラゥルルル……」
ハウンドの前足、その凶悪な爪をするりと躱したエルフは、ガラ空きの腹部にナイフを突き立て、真一文字に切り裂いた。
───残虐ぅ……。
異世界には動物愛護団体とかないのだろうか。
「はあ!」
更なるエルフの追撃。腹部を斬られ、横たわったハウンドの首にとどめを刺した。
「破壊的な強さだ……」
巨大ハウンドが、秒で倒されてしまった。しかもあんな雑に。
「君の宗派には獣を慈しむ教えとかないの?」
奴は神を信じていたはずだ。
自然を愛するエルフの信仰なら、魔獣の命とかも大事にしそうなものだが……。
「? 魔獣は狩るものでしょ?」
───戦闘教の方でしたか……。
しかし、エルフがこれ程の実力者だと知ったのは今朝だ。
つまり奴は街で、魔力を加減して生活しているということ……理由は分からないが、嘘吐きは俺だけではないらしい。さすがは詐欺師。
「そうか……じゃあ、魔法は??」
状況を無理矢理飲み込んだ俺は、別の疑問を口にする。
この世界に転生する際、神から「魔法と異種族の世界」と聞いた。
このところ、異種族は嫌と言う程───あぁ本当に嫌になる───目にしている。しかし、今回エルフはほとんど魔法を使用しなかった。
「魔法? 使ったわよ? ほら」
エルフの言葉の次の瞬間、奴の着ている服から光が消えた。
いや、色が変わったのか? とにかく発色が変わったのだ。
「なんだ?」
「結界よ」
「……結界、だと??」
少年の心を揺さぶる概念。その一、バリア。
「薄く身の回りに展開しておくと、防御の手間が幾らか省けるわ」
常時結界だって、わぁすごいね。
「それに、魔獣の血は臭いしね。こうしておけば簡単に汚れを払えるのよ」
見ると、エルフの服には汚れ一つ付いていなかった。
「レインコートみたいだね」
無駄遣いだ。
「というか、俺、来る意味あった?」
魔獣のいる山に入るため、俺も一応帯剣して来た。けど結局、戦力的に必要なかった。
「もちろんよ、討伐証明部位を剥ぎ取ってちょうだい。街に戻るわよ」
「はい……え? もしかして俺の仕事って……」
……雑用?
「お願いね? ポチ」
「……ワン」
剥ぎ取りのため、ハウンドの骸に近付く。
その顔は苦痛に歪み険しいものになっていたが、どこか強い意志を宿している様に見える。
俺は無言で作業を始める。そしてその間、考えずには居られなかった。
犬として生まれ、その生に誇りを抱いたまま死んだハウンドの方が幸せか、犬に成り下り尊厳を失ってなお生きている自分の方が幸せか。
議論は白熱し、今なお結論は出ていない。
☆☆★★★☆★☆
「この調子でどんどん稼ぐわよ」
「はは……何? 一軒家でも買うつもり?」
薬草採集に加えハウンドも討伐した俺達は、討伐報酬を加算した額をギルドで受け取った。
「それも良いわね」
エルフは満足げに頷く。ワンルーム、俺は気に入ってるんだけどね……。
「あん? 雑用じゃねぇか! 元気そうだな!」
そしてギルドを出た所で声を掛けられた。
「呼ばれてるわよ?」
「俺は雑用じゃないよ」
「そうね。ペットだものね」
「……じゃあ雑用で良いよ」
俺は溜息を吐いて振り返る。無視するつもりだったけど、何やら御主人様が興味を持ってしまったらしいのだ……面倒臭い。
「何?」
「おほっ! エルフじゃねぇか!」
しかしそこに居た男は、次の瞬間には興味が俺から移っていた。
その男には見覚えがある。先日、同じ場所で俺を甚振ったチンピラだ。
今日はあの女の子と一緒じゃないみたいだね。
「で、何?」
「別にお前に用はねぇよ。おいエルフ、お前、今から俺の相手しろよ」
「呼ばれてるよ?」
「確かに僕はエルフだけど、興味無いわね」
「……だってさ。残念だったね」
「あ? 調子乗ってんじゃねぇぞ。またボコられてぇのか?」
「あら、ちょうど良いわね」
御主人様は、何かを思い付いたように手を叩く。
「ポチ、遊んであげなさい」
「えぇ?」
「あなた、何ができるの? 見ておきたいのよ」
「えぇ……」
何やら御主人様の興味は俺に移っちゃったみたいだ。
「さっき僕の手の内は見せたでしょ? 次はあなたの番よ」
「はぁ、勝手だね」
まぁ良いか、減るもんじゃないし。このチンピラは前に俺をボコってるしね。
「仕方ないな……見せてあげるよ。俺の“チート能力”をね」
「へぇ……どんな魔法なのかしら」
そもそも御主人様の命令とあらば、逆らう事はできないのだ。
「って事で、悪いけど少し痛い思いをして貰うよ」
「は! 雑用が、カッコつけてんじゃねぇよ!」
「うるさいな、良いからかかって来なよ」
「テメェ、俺を誰だと思って……」
「雑魚でしょ? はいはい、自己紹介とか良いからさ」
「……良い度胸じゃねぇか……死ねぇ!!」
チンピラは拳を振りかぶり、俺との距離を詰める。
───単調な動き……。
「御主人様、“何ができるか”って聞いたよね」
俺は一歩踏み出してチンピラの拳を躱し、懐に潜り込む。
「そんなの、俺には関係無いんだ」
そして左手の甲を、スナップを効かせてチンピラの顎に打ち込む。
「あがっ……!」
衝撃が脳を揺らし、意識を失ったチンピラは倒れた。
「……何をしたの?」
「見ての通りだよ」
「そう───」
御主人様は微笑む。
「───何もしてないように見えたけど?」
「その通り」
俺は、魔力をほとんど使えない。だから魔法が使えないのだ。
よって、身体強化も炎魔法も、結界だって使えない。
「例え何も出来なくても、心底自分を愛する事が出来る」
でも、そんなの全く関係ない。
「“自己肯定感”。それが俺のチート能力だよ」
「……つまり、何も出来ないってこと?」
御主人様は首を傾げる。しかし表情を見るに、満足はしてくれたみたいだ。
「そうだね。でもこの通り、チンピラは倒したよ」
俺は倒れた男を指差す。
「神から与えられたギフトじゃない。これは俺自身が、経験から学習して身につけた力だ。だからちょっとだけ、誇りを持ってる」
「よく分からないけど……ま、良いわ。最低限戦える事は分かったしね」
「本当、最低限だけどね」
「えぇそうね……ふふ。鍛え甲斐があるわ」
「えぇ……勘弁してよ」
雑談しながら帰路につく。その道中。
「ところで」
「何?」
「“チート能力”って何? 新手の魔法?」
「あぁ、それはね───」
俺は、説明してあげることにした。
「───選ばれし者にだけ与えられる不思議な力だよ」
「……いや、あなたさっき自分で身に付けたって言ったじゃない」
「……言葉の綾だよ」
説明には一晩掛かった。
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