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第二章 神の手に阻まれる幼き日の夢
第55話
しおりを挟む「ネタバラシって?」
「俺達に霊獣をけしかけたの、お前だろ」
「……お見事だね」
一拍の間を置いて、白髪の青年は拍手と共に返答する。その表情には歓喜の色が浮かんでいる様にも見えるが、それも芝居なのかも知れない。
「……そうか。 かまをかけてみたんだが」
「いやぁ本当、お見事と言う他ないね。 君程の”目”を相手にすれば、疑われた時点で言い逃れは難しいだろうから、正直に白状するよ。 ただ、その前に教えて欲しいな。 根拠は? いつ気付いたんだい?」
白髪の青年は微笑みの表情を崩さず、アイビスに問い掛ける。
「教えてやっても良いがその代わり、俺の質問にも答えろよ」
「うーんそうだね、僕の知っている事なら良いんだけど。 善処するよ」
「……まぁ良いだろう」
守護霊を侍らせ臨戦態勢を取るアイビスに対し、白髪の青年は丸腰の状態であったが、全く物怖じする気配はなかった。
寧ろ、余裕を思わせる笑みをその顔に貼り付けている。
───気味の悪い奴だ。
それが自信か虚勢か、アイビスは判断し切れないでいた。
「まず、今回の霊獣の襲来は人為的なものだ」
アイビスは白髪の青年の問いに解を返していく。
「……その根拠は?」
「単純に数だ。 俺達が滞在しているとはいえ、あれだけの数の霊獣が一度に村を襲うのは珍しい」
「それだけ? 今は”星の祭典”の真っ最中だよ? 霊獣の数も急増しているよね。 この状況で、平時の基準を当て嵌めるのはどうだろう?」
「ほう、今”星の祭典”が発生している事も知っているのか。 博学な事だな」
そう、アイビスに揚げ足を取られても、白髪の青年がその表情を崩す気配はない。
そしてそれはアイビスにとっても想定内であった。
───この程度で隙を見せる男ではないだろう。
アイビスは続ける。
「大方、霊獣を集める術でも使ったんだろ。 奴ら低脳だからな。 少しの餌で大量の霊獣を釣れたんじゃないか? お前の言う通り、”星の祭典”の真っ最中だしな」
「……手段は確かにそうかも知れないね。 でも、その首謀者が僕に結び付く根拠は何なのかな?」
なおも微笑みを湛えたまま、白髪の青年はアイビスに問い掛ける。
「その”木”、何度見ても見事なもんだな」
アイビスは白髪の青年の傍に聳え立つ木を見つめる。
「ありがとう。 君に見せるのは二度目かな?」
「いいや、三度目かも知れないぞ」
「ふふ。 じゃあ貸しが一つだね」
白髪の青年はなおも掴みどころの無い笑みを浮かべている。
「で、それが何? 木くらい、皆出してるでしょ」
「そうだ。 戦闘や生活で、やむを得ず、な」
アイビスは思い出す。
初めて出会った時にも目にした光景。砂色に染まる砂漠の風景に水を差すように、場違いな存在感を放つ瑞々しい緑を。
「それをお前は、”優雅に読書を楽しむ為”なんていう、随分贅沢な理由で使っていただろう。 この、”死”が 跋扈する苛烈な環境下でな。 あれだけ立派な木を無駄遣いできるんだ。 霊獣を操るくらいお手の物なんじゃないか?」
「そうかもね。 で? それがなんで、僕が霊獣をけしかけた首謀者だという根拠になるのかな?」
「それは単純な消去法だ。 この村にそれ程高度な駆霊術使いは居ない」
アイビスは断言する。
この村の住人は、確かに詠唱術を用いて精霊を行使していた。
しかしその程度の次元では、あれだけの霊獣を操る事など出来ない上に、そもそも彼らにそんな事をするメリットがまるでない。
即ち、アイビス達一行がこの村を訪れた時、それ程の芸当をなし得る者は他に居なかったのだ。
この薄ら笑いを浮かべる白髪の男を除いては。
それは到着時、アイビス自身が霊視によって確認したため、間違いのない事であった。
「まぁ、妥当な推理だね。 でもそれはあくまで手段の話だよね? 動機は? 僕がわざわざ霊獣をけしかける目的は何なのかな?」
「そう焦るなよ、順番ってもんがあるだろ」
そう言うと、アイビスは話題を移す。
「ここに来る途中、村への手土産として五匹の霊獣を狩った。 ”砂虎”だ。 心当たりは?」
「……一応、”ノーコメント”と言っておこうかな」
”NO”を断言しない時点で”肯定”である事に間違いはない。
そう判断し、アイビスは話を進める。
「そうか。 低脳なはずの霊獣が、あの時ばかりは随分賢い戦い方をしていたんだ。 突っ込まずに距離を取る。 逃げるかに見せて虚を突く。 二匹の霊獣同士で挟撃する、なんて風にな。 まるで、誰かの指示にでも従っているみたいじゃないか?」
「……確かに、それはそうかも知れないね。 でも、それだけだ。 それと今回の件と、何の関係があるのかな?」
「お前、”人探し”が旅の目的だと言ったな」
アイビスは間髪入れずに返答する。
「霊獣をぶつけ、逃げることなく突破してくる人間を待っていた。 そして更に多くの霊獣をぶつける事で、自分の元に辿り着いた人間が、目的に見合う実力を持っているか確かめた。 ……違うか?」
白髪の青年は何も答えない。
しかし、アイビスから目を逸らす事もない。
ただじっと、アイビスが口にするこの話の結末を待っているようだった。
「おかしいと思ったんだ。 期限の無い目標を掲げて旅をするには、お前はあまりに軽装過ぎる。 とても長期間人を探して歩くつもりの人間とは思えない。 もしそうなら、とんだ”世間知らずのお坊っちゃん”ってやつだろうな。 毎日本を読んで勉強しているんだろう? 俺にはお前が、そんな愚か者には見えないな」
「……買い被り過ぎだよ」
白髪の青年は苦笑する。
「自殺覚悟の放浪者かも知れないよ?」
「それはない」
またも、アイビスは間を置かず返答した。
「お前の持っていた本、”上巻”だったはずだ。 ”下巻”もあるんだろ? 大好きな本を置いてきたんだ、すぐにでも帰りたいんじゃないか? それにお前の服、随分手入れが行き届いているな。 荷物も軽いバッグに重い本だけだろう。 これが表すところはつまり、お前は短期間で目的の人間を見つける算段を付けていたって事だ」
一拍の間を置いて、アイビスは自身の仮説を締め括る。
「……そして見つけた」
「……完敗だよ。 とでも言った方が良いのかな?」
アイビスの話を聞き終えても、白髪の青年の表情になんら変化は見られない。
「好きにしろ。 次は俺が質問する番だ」
一切態度の変わらない男に対し、アイビスの方が痺れを切らして話を進める。
「目的は、何だ?」
「待ってよ。 まだ僕の質問に答えてないよ。 いつ気付いたの? きっかけは?」
「そんなこと」と思いながら、アイビスは質問に答える。
「最初会った時、お前、随分落ち着いた態度だっただろ。 俺はこんなナリだが、一緒に居たカルロは見るからに武闘派の人間だった。 普通、もう少し驚いても良いだろ。 俺達の来訪を知らなかったのならな。 だから、最初だ。 はじめからお前は怪しかった」
「……なるほどね。 もう少し大袈裟に驚いておいた方が良かったのか。 勉強になるよ」
「それは良かったな。 今度こそ俺の番だ。 お前の目的を教えろ」
アイビスの問いに、白髪の青年は溜息を吐いてから返答する。
「最初に言ったよね、”人探し”だよ」
それは確かに、初めて会った際にも聞いた内容であった。
白髪の青年の言葉よりも早く、アイビスはその卓越した霊視能力によって彼の目的を探り当ててしまう。
それと同時に脳の奥、普段は眠っているかのように役割を果たさない部分がゆっくりと起き上がるのを、アイビスは自覚する。
「この砂漠に巣食う盗賊団の首領にして、等級”スターン”の称号を持つ男」
力を持つ者が、勝利を重ねる度に少しずつ手放していく感覚、”危機感”が、アイビスの脳内で盛大に警鐘を鳴らす。
「”蒼穹”のイーサンを捕らえたい」
聞かなければ良かった。本心は言葉になる事なく、彼の脳裏に浮き上がっては消えていった。
「協力してもらうよ。 僕の”願い”、叶えてくれるよね? ”流星”さん?」
「……また、失敗だ……!!」
アイビスが霊獣の大群を制圧し終え、白髪の青年のもとへ向かった頃。砂漠に一人、村の住人よりいくらか身なりの整った小柄な男が立っていた。
「何度、俺の邪魔をすれば気が済むんだ! ……次だ。 次こそは絶対に捕まえてやる!」
彼はアイビス達より先に、この村を訪れていた。しかし、アイビスの到着時の霊視に、彼は引っ掛からなかった。
「捕まえて、ぶっ殺してやる! そして必ずや、もう一度あのお方に……」
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