精霊王の番

為世

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第二章 神の手に阻まれる幼き日の夢

第48話

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「世話になったな」

 ローブスは村の指導者に礼を述べる。

 彼はかつて、自分はこの共同体の長ではないと言った。彼の言葉は本心であっただろう。しかし、彼の意志とは裏腹に、共同体の構成員達は彼にその役割を求めていた。そして彼にはその素質があった。だから、ローブスが別れの挨拶のために彼を尋ねたのは間違いでは無いだろう。

「うむ。 霊獣の討伐、その素材の提供、昨日は賊の撃退までしてもらったからの。礼を言いたいのはこちらの方じゃ」

 フーズは頭を下げる。

「誠に有難う」
「気にするな」
「お前は何もしてないだろ」
「何言ってる俺は雇い主だぞ。 お前らの手柄は俺の手柄だ」

 ローブスは暴論を唱える。

「皆に感謝しておるよ」
「フーズさん!」

 別れの挨拶の最中、一人の村人が割って入る。

「なんだ、ケータじゃねぇか」
「誰が! 俺はケイトだ!」

 現れたのは、ケイトと名乗る村人。彼は何やら言いたい事があるのか、一行の出発の前に走って駆け付けた。

「……ありがとよ」
「あん?」

 それは、音として認識出来るギリギリの出力で発された感謝の言葉。

「二度は言わねぇ! ……達者でな」
「おう、お前もな」
「おいアイビス、あれ誰だ」

 ケイトの言葉にカルロは頷き、二人は握手を交わす。訳を知らないローブスはアイビスに男の素性を尋ねたが、

「村人だろ」

 アイビスは興味無さげに返答するのみであった。

「時に少年、ハルと言ったかの」
「え? は、はい」

 男同士の熱い別れの挨拶を見届けたフーズはハルを呼ぶ。そして真剣な表情で告げる。

「老婆心じゃが、聞いて欲しい。 お主の守護霊フェイドは強い。 それでいて、優しい。 これから生き方に迷う事もあるじゃろうが、自分を信じて進みなさい」
「老婆心って、あんたジイさんじゃねぇか」
「黙れカルロ」

 口を挟むカルロをローブスは制する。

「選択を迫られる事もあるじゃろう。 そんな時は、初心を思い出しなさい。 守護霊フェイドに名を与えた時の心を、の」
「はい。 覚えておきます」

 ハルはフーズの言葉の意味はよく分からなかった。しかし、激励してくれているのだろうと判断し、その言葉を受け入れる事にした。

「じゃあ、俺達は行くぜ。 ……あぁ、ここらはまだ霊獣が出る。 今朝コイツらが掃除したが、まだ残りがいるだろう。 気を付けろ」
「ふむ。 心に留めておこう」

 最後にローブスはフーズに忠告を残していく。それを聞いたアイビスは、霊視を解放した。残存する霊獣の位置、そして数を伝えておこうと考えたのだ。親切心であった。

 しかし、彼の視野に入り込んだのは想像を絶する光景であった。

「待て、ローブス」
「あん」

 アイビスはローブスを呼び止める。

「馬鹿げた数の霊獣が来てる。 ここに、まっすぐ向かってるぞ」



「俺でも見えるぞ。 アイビス、このままだと村はどうなる?」

 アイビスの言葉を聞き、男達は村を出た。砂の大地が隆起して形成した丘の様な地形の上に立ち、遠方を見据えながらローブスはアイビスに問い掛ける。

「さぁな。 だが、タダでは済まないだろう」
「あぁ。 こりゃ、ぺしゃんこになるぜ」
「なっ!」

 アイビスは言葉を濁したが、カルロは率直な感想を口にした。

「何だってそんな……」

 カルロの言葉を受けて、ケイトは顔を青ざめさせる。

 彼もアイビスの言葉を聞き、状況を確かめるためについて来たのだった。

「奴らの行動の意味なんて分かり切ってるだろ」
「あぁ。 随分空腹と見える」

 カルロとアイビスは眉一つ動かさず述べる。

 こちらに接近しているのは、百を下らない数の霊獣。ナーゲル、シャーレ、フリューゲル、様々の種がごちゃ混ぜになって移動している。
 そして異様なのは、数だけではない。

「そんな腹減ってるならお友達を食えば良いのにな」
「あぁ。 共食いが起きていないとは異常だ」

 霊獣の捕食対象は何も、人間だけではない。霊獣同士でも食い合うのだ。あれだけの霊獣が集まっていながら、それが起きていない事が信じられなかった。

「時間は?」
「十分、ってとこだろうな」
「十分、ねぇ」

 ローブスは霊獣の大群が村に辿り着くまでの時間を問う。

 それに対し、アイビスは霊獣の速度と目測での距離から村の余命を算出した。

「出発するなら、早い方が良いだろう」
「なっ!」

 アイビスは冷たく言い放つ。霊獣の大群は、その質量だけで村を滅ぼすに十分なエネルギーを持っている。衝突すればただでは済まない。

「元は、お前らが呼び寄せた霊獣だろ!」
「だから、何だ? 俺達にこの村と心中しろと言うのか?」

 ケイトは食い下がる。

「何とかならねぇのか!」
「良い。 旅人や、私の頼みを聞いてくれんか」

 ケイトを制し、口を開いたのはフーズである。

「何だ」
「村の子ども達を連れて行って欲しいのじゃ」
「なっ!」

 フーズは祈るように言葉を並べる。

「私はもう、よく生きた。 他の村の者も、動ける者は自らの足で走るじゃろう。 しかし、子どもの足では到底逃げ切れん。 そして仮に逃げ果せても、あの子らにこの砂漠で生きる術は無いんじゃ」

 フーズの頼みとは、村の子ども達を逃がす事であった。

「もちろん、全員とは言わん。 一人でも、助けてくれんかの」
「フーズさん、本気で言ってるのか?」

 フーズの表情は真剣そのものであった。

「本気じゃ。 ケイト、お主も逃げなさい」
「そんな……」

 フーズの言葉に、ケイトは絶望を表情に滲ませる。

 フーズは高齢であるが、村一番の実力者である事は間違い無い。そのフーズが今回、匙を投げたのだ。その意味を、ケイトはよく理解していた。

「嫌だ。 俺は諦めない」

 しかし、彼はそれを受け入れない。

「ここは俺の家だ、最後まで戦う!」
「……だ、そうだ。 どうする? ローブス」
「そうだな」

 一連のやり取りを聞いていたアイビスが、ローブスに判断を仰ぐ。

 フーズは子どもの引き取りを依頼した。そしてこのパーティの指揮権はローブスにある。彼の一存で、何人の村人が助かるかが決まるのだ。

「……アイビス、頼めるか?」

 そして、ローブスは決断を下す。

「お安い御用だ」

 その判断に、アイビスは頷く。

「すまないの、旅人や。 私はここで時間を稼ぐ。 その間に子ども達を……」
「いや、アンタの願いは叶わない。 悪いな」
「おい! 見捨てんのかよ!」

 フーズの言葉を、願いを、アイビスは棄却する。

「無理は承知じゃ。 じゃがあの子らはまだ未来がある」
「そうだな。 俺は子守は苦手だ」

 アイビスは縋る思いで手を出すフーズの手を払い除け、

「代わりと言っちゃ何だが、お前の願いを叶えてやる」

 ケイトの目を見据えた。

「何だよ、何を叶えてくれるってんだよ!」
「子どもを育てるのはお前らの仕事だ。 そして俺の仕事は───」

 アイビスは思い出す。カルファンで過ごした日々と、お誂え向きだと思っていた自らの蔑称を。

「”雑魚狩り”だ。 うちの雇い主は強欲なんでな、大口の取引にしか興味が無い。 つまらん仕事はそっちで処理してくれ」

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