精霊王の番

為世

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第二章 神の手に阻まれる幼き日の夢

第34話

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「なんでアイビスさん達は別行動なんですか?」

 ローブスがフーズを訪ねる数十分前。

 ”村長”に会うという目的の元、二人は村の中をただ歩く。その道中、アイビス、カルロと別れた事にハルは疑問を呈していた。

「理由は幾つかある。 一つはさっき話した事だ。 交渉に武力はご法度だからな」

 ローブスはハルの質問に答えていく。

 彼はハルを徒弟として育てるため、自身の経験や持てる技術を惜しみなく伝えるつもりでいた。

「もう一つは、奴らに失礼を働かせないためだな。 口の減らないカルロに無神経なアイビスだろ、アイツら何を口走るか分かったもんじゃねぇ」
「……否定は出来ないですね」

 随分な言いようである。

「んで最後に、これが最も重要なんだが、少人数だと悟らせないためだ」
「はぁ。 人数が少ないと何か不利なんですか?」
「まぁな」

 ローブスはゆっくりと丁寧に説明していく。

「集団の長になるような人間ってのは、どいつもこいつも血の気が多いもんなのさ。 特にここは砂漠だ。 。 人間をまとめ上げるために、少なからず力を持っているはずだ。 そしてそういう人間は、往々にしてそれを誇示したがるもんだ」

 言って、ローブスは立ち止まり、周囲の風景を見渡す。

 朽ちた建造物や吹けば飛びそうなテントの数々。文明の気配など微塵も感じられない風景がそこにはある。しかしそんな環境であっても、しがみつくようにして人間は生きている。

「見ろ。 ここには百人近い人間が住んでる。 いや、もしかしたらもっと多いのかも知れないな。 そんな大人数を統べる人間が俺達少人数の旅人を、果たして対等に扱うか? 力でねじ伏せようと考えるかも知れないだろ。 確かにアイビスもカルロも、戦闘に関しては一流だろう。 だが、”数”の力は時に恐ろしい。 俺達はここに、に来たんだ。 厄介事は避けたい」
「なるほど。 でも、そんなに怖い人なんですかね?」

 ローブスの説明に一定の理解を示しつつも、ハルはまだ納得できないというように自身の意見を述べる。

「これだけの人が集まってるということは、村長は良い人なんじゃないですか?」
「そうかもな」

 ハルの意見を聞いたローブスは、それを否定する事なく聞き入れた上で説明を加える。

「だが、それは希望的観測ってやつだ。 そうかも知れないし、違うかも知れない。 そしてここは砂漠。 盗賊やならず者が跋扈する無法地帯だぞ? お前の言う”良い人”なんか、すぐにカモにされ食い潰されて終いさ。 ここでは誰だって、判断を誤ればちゃんと死ぬんだ。 リスクの少ない判断をするのも、雇い主たる俺の仕事なのさ」

 ローブスは口元を三日月のように歪め、ハルにそう話した。

 そしてその後、フーズと対面する事でローブスの予想は見事に否定される。



「滞在を許して貰えて良かったですね」

 フーズと別れた後、ローブスとハルの二人は結果を報告すべく仲間を探していた。

「あぁ。 とはいえ、今回俺は何もしてねぇ。 なかなかに食えない男だったぜ。 悪い意味じゃねぇぞ? ただ、何を考えているのかよくわからない男だった」

 ローブスはこの”村”への滞在の許可を得るため、フーズを訪ねた。

 フーズがこの”村”の長であることは、見た瞬間に分かった。カルロやアイビスとはまた違う、何か内面的な強さを持った男であった。人を見る目に定評のあるローブスはそれを見抜いていたが、肝心の彼の”強さ”の正体については分からなかった。

「そうですか? フーズさん、僕は良い人だと思いましたけど」
「確かに、少なくとも悪い男では無さそうだ。 滞在の間の面倒くらいは見てくれるだろう。 恐らくだがな」
「恐らく、ですか?」

 ハルはフーズに対して少なからず好感を抱いているようである。

 確かに、自分達にとって二つ返事で滞在を承諾して貰えた点は感謝に値する。ローブスは今回の滞在交渉に関して、いくつかの懸念事項があったためだ。

「……どう思う?」
「はい?」

 そこで、ハルの所感を尋ねることにした。

「さっきの男、フーズについてだ。 俺は今までいくつか”村”を訪れたが、フーズのようなタイプの指導者は初めてだ。 正直、俺の評価には先入観がある。 だからお前の、率直な印象を知りたい」
「なるほど、そうですね……」

 ローブスの質問を受けて、ハルは先程対面した男の印象を思い出す。

「うーん、やっぱり良い人なんだなっていうのが正直な印象でした。 滞在を許してくれたのもそうですが、”ここにいる人達を守りたい”という言葉にも嘘は無いように感じましたし。 僕達の前に相手をしていた子ども達の様子も見ましたが、あの子達の表情にはフーズさんに対する確かな信頼と尊敬の気持ちがあったと思います」
「……そうか」

───よく見ている。

 ローブスは思った。

 ハルは守護霊を扱えるようになってからまだ日が浅い。彼の霊視は発展途上であるはずだが、そんな彼がフーズを見て抱いた印象は、ローブスが感じたそれと大きな相違が無かった。
 真面目な性格のハルは、フーズとの対談で粗相の無いように真剣に話を聞いていたのだろう。フーズの人格についても注意深く観察していたはずだ。だからこそ、ハルの言葉は信用に値する。

「ローブスさんはどう思ったんですか?」
「俺か?」

 ハルは自分が聞かれた質問をローブスに聞き返す。

「さっきも言ったが、食えねぇ奴だなって思ったよ。 アイツははじめに、”村長”と呼ばれるのは好きじゃないと言った。 そんな奴いねぇんだよ、普通」
「そう、ですかね? ただ謙遜しただけじゃないんですか?」
「それが異常なんだ」

 ローブスは自身の考えをハルに伝えていく。彼に経験を積ませつつ、自身の認識を整理するために。

「良い機会だから教えてやろう。 ちょっとしたお勉強だ。 まず、ここは砂漠だ。 純粋な”力”が支配するこの環境で、”人格”が評価されるなんてことはまず起こらない。 これは理解できるか?」
「はい。 何となくですが……」

 資源の枯渇した砂漠では、”略奪”など日常の如く生じる。

 この前提において、最も評価される人間の能力はやはり”武力”。優しいだけの指導者など、たちまち略奪の対象となってその生涯を終えるだろう。
 よって、共存する集団がリーダーに求める才能は”武力”と”統率力”、つまり”支配力”である。霊獣をはじめとする外敵、人間の姿をして内部から侵食しようとする盗賊やその他の冒険者、時に生活を共にする”村”の構成員ですら、反乱を起こせば壊滅の危機である。

 彼らの生活は常に綱渡りなのだ。

「よし。 じゃあこの”村”について、どう思う? 規模は? 雰囲気は? 争いの兆候はありそうか?」
「……そうですね」

 ローブスの質問に対し、ハルは思考を巡らせて回答を探る。

「まず規模ですが、大きい方だと思います。 多分ですが……。 張られたテントの数を見るに、百人以上が生活しているんじゃないでしょうか。 その上で、雰囲気についてですが……」

 ハルは自身が探り当てた結論を言語化してローブスへと返す。

「ローブスさんが言うような争いは、起こらないんじゃないかと思います」
「なるほど。 理由はあるか?」
「はい」

 真剣な表情で問うローブスに対し緊張を覚えながらも、ハルは回答を続ける。

「まず、子ども達の存在です」

 ハルはここで、先程フーズが相手にしていた子ども達に触れる。

「小さな子が複数居ました。 ここで生まれた子も多いんだと思います。 ”子を育める水準”の家庭が複数ある、比較的裕福な”村”なんだと思います」
「それだけか?」
「そうですね……。 更に挙げるなら、”身なり”でしょうか。 フーズさんは整った身なりに見えました。 その上で、子ども達全員が服を着ていました。 それだけでも、この”村”が物資に余裕のある共同体であるとわかります」
「なるほどな」

 ローブスは感心する。

「概ね、俺もお前と同意見だ。 この”村”はデカい上に統治が行き届いてる。 理想的な共同体だ。 だからこそ解せねぇ。 あの男の言葉、その裏にある人格が」
「はぁ……」

 ローブスは腑に落ちない点を解消すべくハルと意見を交換したが、納得のいく答えはなかった。

「フーズ、か。 何者なんだろうな」
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