精霊王の番

為世

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第二章 神の手に阻まれる幼き日の夢

第29話

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 翌日も、一行は全く景色の変わらない砂の大地を進む。

「ハル。 絵描いて」
「ハル。 お話しして」
「いっぺんには無理だよ。 ……アイビスさぁん」

 変わった事と言えば、その顔ぶれである。

 一行に拾われた二人の少女は、歳の近いハルによく懐いていた。

「子守はお前の仕事だ」
「そんな……」
「ははっ! そう拗ねんなよアイビス!」

 二人の世話はハルに一任されていた。

 最初こそ警戒する様子を見せていた二人だったが、幼さからくる好奇心を逆手に、ハルはあの手この手で気を引いた。
 絵を見せ、話を聞かせ、食事を与え、時に守護霊と駆霊術を見せて、根気強くコミュニケーションを図り、やがて心を開くに至った。

「アイビス、ふぇいど出して」
「アイビス、黒いふぇいど見たい」

 次いで、二人の少女はアイビスの守護霊に興味を移していた。

 二人が最初に心を開いた人間がアイビスである。
 何故、警戒心に満ちた二人がアイビスにはいとも簡単に心を開いたのかは、ハルには分からない。

 唯一わかっている事は、二人はアイビスの守護霊を見て警戒を解いたという事。
 そしてこれも、枷を外してくれたからなのか、他に理由があるのかは分からなかった。

「大人しくしていろ。 ハルの飯が無くなるぞ」
「えぇ!?」
「いやそんな罰ねぇよ。 勝手に決めるな」

 アイビスは無理矢理に二人を宥めようとしてハルの食事を人質に取るが、ローブスによってそれは否定された。ハルは胸を撫で下ろした。

「おとなしくしてろだって」
「おとなしくって何かな?」
「分からないね」

 アイビスに構って貰えない二人は、仕方なく二人で会話する事にしたようだ。

「でも、おとなしくしないと、ハルのご飯無くなっちゃう」
「ネア達もご飯なしかな?」
「うん。 言う事聞かないとなしってアイビス言ってた」
「えぇ! ご飯食べたい!」
「うん。 ご飯美味しかったもんね」

 双子は砂漠出身。ロクな食事など与えられない環境で育った二人に、一行は十分な食事───襲われていた行商人の荷車に積まれていた食料だが───を与えた。
 双子は相当飢えていたのだろう。食事の間は食べる事の他にその口を使わなかった。

「じゃあおとなしくしなきゃ! でもどうしたら良いのかな?」
「うーん、音を出さなければ良いんじゃない?」
「じゃあ、静かにしてたら良いのかな?」

 二人の少女は、独自の理論でアイビスの言葉の真意に辿り着いていた。

「……それにしてもこの二人」

 そんな二人の会話を背に受けながら、御者台に座すローブスは呟く。

「えぇ、十中八九、”村”の住人でしょうな」
「やはりそうか」

 カルロはローブスの真意を察し、返答する。

 砂漠には複数の。これを一般に”村”と呼ぶ。
 当然、過酷な環境であるため望んでそこに居る者は少ない。多くは都市を追われたお尋ね者や、先日交戦した賊など、社会不適合を言い渡された連中である。しかし一方で、人の集団が存在すればそこには営みが生じる。男女が番い、子どもが産まれる事も有り得るだろう。

 親の人格がどうであれ、生まれた子ども達に問う罪は無い。

「あの二人、間違いなく双子でしょう。 そりゃあその筋では、いい商品になった事でしょうや」
「まぁ、下らねぇ連中の考えそうな事だな」

 都市を追われた連中は、砂漠送りに遭う。

 つまり、それだけ悪い連中が都市には居るのだ。彼らは自身が富む為の手段を選ばない。
 そして犯罪的手段を行使する場合、砂漠生まれの少女などうってつけの存在だ。戸籍が無い上に、簡単に尻尾を切れる。その上双子ともなれば、訓練を積ませて入れ替わりの完全犯罪も容易というおまけ付きである。

 もしそんな事を本気で考える連中の手にこの子達が渡っていれば、彼女達の人生は地獄そのものだった事だろう。

「まぁ、不安の芽は先に摘んでおくに限る」
「そうですな」

 あくまで自衛の為。
 そう言葉にする雇い主の言葉を、用心棒は額面通りには受け取らなかった。

 ローブスが双子を拾ったのは、保護者を探す為ではない。
 この広い砂漠で人探しなど、水に溶けた塩を掴もうとするようなもの。

 また、仮に見つかったとしても本人確認の術は無い。彼らには戸籍も無いのだ。そして幼い双子にこの環境は厳し過ぎる。
 二人はまだ自分の身も守れない。賊や霊獣が跋扈する砂漠で生存出来る可能性は限りなく低いのだ。最低でも都市までは送り届ける。そんなローブスの決意をカルロは察していた。

「この先に、小さいが”村”があるはずだ。 まずはそこを目指す」

 ローブスはこのパーティの目的地を告げる。

「”村”にはマナーがある。 今回は、そうだな……」

 ローブスは遠くを見据え、目的のモノを発見すると指示を出す。

「”手土産”を持って行こう。 ……アイビス、頼めるか?」
「……」

 アイビスはいつの間にか寝息を立てていた。そんな彼の両脇では、二人の少女が同じく寝息を立てている。

「お前の飯を抜いてやろうか……」

 ローブスは呆れ、溜息を吐く。

「……アイビスさんが行かないなら、僕が行きます!」

 ハルが手を上げる。

「……お前が?」
「はい。 カルロさんに修行はつけてもらってますから。 成果を見せて、役に立ちたいんです」

 ローブスは再度アイビスの方を見るが、彼は器用に少女を避けて寝返りを打つばかり。
 ローブスは再度溜息を吐き、決断を下す。

「まぁ良い。 カルロ、援護してやれ」
「あいよ」

 そして、少年は初陣を飾る。
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