精霊王の番

為世

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第一章 雑魚狩り、商人、襲撃者

第10話

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「ナツ、大丈夫!? 大怪我したって聞いたんだけど!」

 ハルはナツの自宅を訪ねていた。

「あぁ、どうってことなかったぜ!イテテっ」

 ナツは包帯の巻かれた自身の右腕を隠し、比較的軽症である左手をハルに振って返事をした。

 彼の父は対人戦闘職として警邏隊に所属しており、ナツはよく草原で駆霊術の訓練を受けている。そのため、日頃から怪我の多かった彼であるが、今回ばかりは事情が違う様だ。彼の全身には、包帯の巻かれた右腕以外にも小さな切り傷が目立つ。

「何があったの?」
「別に、誰かの攻撃を受けて怪我した訳じゃないぞ! ちょっと転び方が悪かったんだ!イテテっ だから安心しな!イテテっ」

 ナツはそう言うが、明らかに彼の外傷は転んで打った様な打撲ではない。

「……無事で良かったよ」

 しかしハルは、その違和感を指摘しなかった。

 街を騒がせる襲撃者は未だ、その尻尾すら見せていない。ハルはその存在を連想せずにはいられなかった。

 そのため、友人の無事を確認出来れば、今はそれで良かった。

「……ハル、悪かったな」
「え?」

 それまで元気そうに振る舞っていたナツが急にしおらしくなってハルに言う。

「なんで、ナツが謝るのさ」
「……俺、守護霊フェイドが出せないお前に、炎を飛ばしたことがあっただろ」

 それは、子ども同士の下らない喧嘩だった。

「あの時、俺ちゃんと謝ってなかったと思ってな! ……ごめんな」
「そんな、僕の方こそ、馬鹿にしてごめんね……」

 ナツは自分に頭を下げるハルの顔を見て、意を決したように口を開く。

「そういえばハル、お前、まだ”雑魚狩り”と仲良くしてんのか?」
「……うん」

 ハルはわかりやすく動揺した。
 その表情の変化を、友人であるナツは見逃さなかった。

 ここで青年の異名が話題に出る理由を、ハルは察している。青年は、例の襲撃者の有力候補と疑われている。彼と親しくしている自分を、友人が心配しているのだろう。

「いや、悪い、責めるつもりはないんだ。 あの人はあの時もお前を守ってくれたしな。 良い人なんだろ? それはわかってんだ。 わかってんだけど……」

 ナツは言いにくそうに、でも言わなければならないと信じてハルに話す。

「厄介な事になったら俺に言えよ。 ……それだけ!」

 言って、ナツは笑顔を見せる。

 ハルは今日も変わらず、朝は学校に出向いていた。

 ナツが欠席している事を不審には思ったが、担当教師が何も触れなかった事から、病欠か何かであろうと当たりを付けていた。
 ハルが事件を知ったのはギルドを訪ねた時だ。

 今日のギルドの様子には見覚えがあった。

 慌ただしく作業するギルド職員。飛び交う囁き。冒険者に対する冷たい視線。
 「お祭り騒ぎ」と呼ぶには、そこにいる大人たちの「活気」というものが決定的に欠けていた。

 そこでたまたま、ハルは野次馬達の立ち話を聞いてしまった。

『今回やられたのはジェイクのせがれらしい』

 ジェイクとは、ナツの父親の名前である。
 それを聞いただけで、ハルの脳内は友人への心配で埋め尽くされたが、次の言葉を聞いた時、彼の脳は臨界点を突破した。

『また”雑魚狩り”の仕業か?』

 続く言葉はハルの耳には届いていない。

 ナツと雑魚狩り、自分と近しい二人の存在が事件に関わっている。
 それを知ったハルは、気付けば友人宅へ向けて一直線に走り出していた。

 そして、現在に至る。

 黙っているハルを他所に、ナツは口を開く。

「例の襲撃者の疑いもあるしな。 あ、今回の俺の怪我は本当に違うからな! 転けただけだから!イテテ」

 ”雑魚狩り”と呼ばれた青年が襲撃事件の犯人であると、どの程度の信憑性を持って論じられているのかは分からない。
 そしてこのナツも、「怪我の原因は転倒だ」と言ってはぐらかしている。誰の目にもそれが事実でないことは明らかなのだが、何故か彼は真実を語らない。
 その結果、証拠を残さない襲撃者の第三の犯行であると見る者もいる。

「良いんだ。 俺もわかってる。 けど、得体の知れない男って事は確かだ。 ハル、名前も知らないんだろ? 名を名乗りたがらないってのも、いかにも怪しい……」

───コンコン

 重たい空気が部屋中を満たす中、ハルが開けたままにしていた扉がノックされた。

「よぉ、お前がジェイクのせがれか? 元気そうだな。 んで坊主、今度は友達の見舞いかい? 偉いじゃねぇか」

 部屋の外には、見知った顔の男が立っていた。

「俺はフジマルってんだ、よろしくな。 ほれ、手土産にフルーツを持ってきたぜ。 子どもなら好きだろ?」

 フジマルと男は名乗った。
 右の頬に刻まれた十字の傷が印象的な中年男性だ。

 彼は部屋の主に断りも入れず、勝手に部屋の椅子を動かして座った。

「おじさん、何でここに?」
「ハルの知り合いか?」

 状況をあまり飲み込めていないナツが、そうハルに問い掛ける。
 知り合い、という表現は正しいだろう。ハルはそう思った。

「うん。 最近よくギルドに通ってたんだけど、そこで顔見知りになったんだ」
「まぁそんなとこだな。 どうだ坊主、守護霊フェイドは呼べるようになったのか?」
「え、何でそれを……」

 赤いフルーツの皮をナイフで器用に剥きながら、男はハルに問いかけた。
 青年以外に守護霊の悩みを知っているのは、友人のナツにアキ、それと学校の同級生達に、先日共に依頼をこなしたスキンヘッドの男くらいのものである。

───何故、この人が知っているのだろう……?

「うちのガキが世話になっているらしいな。 ん? 坊主が世話になってんのか? まぁとにかくアイツから話は聞いてるよ」
「え、おじさん、お兄さんのお父さんだったんですか??」

 ハルは驚いた。

 ソロを好む青年が、誰かと親しくしている様子を目撃した事は無い。そしてこの男性も、ギルドでは顔馴染みになったものの、青年と親しくしているような印象は無かった。

 ハルは、疑っていた。

 二つ目のフルーツを剥きながら、男はハルの問いに答えた。

「……育ての親ってところだな。 昔面倒を見てたんだ。 なんだアイツ、話してなかったのか?」
「あ、それは言ってたかも。 昔世話になった人の教えを、僕にも教えてくれるとか……」
「……へぇ、アイツがねぇ」
「あの!」

 蚊帳の外にされていた部屋の主、ナツが口を開く。

「勝手に盛り上がらないでくれよ! それで、オッサンは何しに来たんだ?」
「おぉ、こりゃ悪かったな」

 男は剥き終わったフルーツを皿に並べると、その内の一つを口に運んだ。
 
───自分で食べるんだ……。

「アイツ……。 お前らの言う”雑魚狩り”は今、山に狩りに出てる。 ギルドマスター代理が出した依頼なんだが、あの女、相当優秀なようだ。 予想より随分決断が早かったな」
「へぇ、あの人も参加してるんだ」

 ナツは興味無さそうに答える。

「なんだ、知ってたのか」
「親父がさっき、ギルドからの依頼で出て行ったからね」
「なるほどな。 最近山では霊獣が増えてる。 それを一掃する作戦をギルドが打ち出したのさ」

 男はあっさりと言う。

 この星の全てのエネルギーの源である精霊は、総量が決まっている。人も霊獣も、その上限の決まったパイを奪い合って生きている。それが”増えた”というのは、ひょっとして大問題なのではないだろうか。そう、ハルは思う。

「……で、話はそれだけ?」

 部屋の主であるナツは、終始つまらなそうである。

「あぁそれと、しばらく一人で出歩くなよ。 例の襲撃事件も解決してねぇからな」
「わかってるよ。 しばらくは大人しく、家で勉強でもしている事にするさ。 なぁ、ハル?」
「うん、そうだね」
「そうすると良い。 子どもは勉強するのも仕事だからな、しばらく退屈だろうが我慢してくれよ。 それと、坊主」
「はい。 あの、坊主じゃなくてハルです」

 男性は口の端を釣り上げ、頬の十時傷を歪めて笑顔を作った。

「俺が面倒を見てやる。 ついてきな」

 言って、フジマルと名乗った男は歩き出した。

「行ってこいよ。 俺なら大丈夫! 一人で勉強でもしてるからさ!イテテっ」

 ナツが右腕を庇いながら、歯を見せて笑う。

 仕方なくハルはフジマルの後を追い、友人の部屋を後にした。



「《岩の剣フェルゼン・シュベルト》!」

 屈強な男が叫ぶと同時、彼が操っているであろう、同じく屈強な見た目をした守護霊が掌を上空へと向ける。
 するとその掌の前方に鋭い先端を持つ複数の岩が形成されていく。

「喰らえ!!」

 再度男が叫ぶと、形成された岩が推進力を得て重力に逆らい、上空へと突進を始めた。撃ち出された岩は、向かい来る霊獣にまるで吸い込まれるように着弾する。

「クロックラグ、二秒ってとこか……。 こりゃだいぶ訛ってんな……。 おい、悪い! 一匹撃ち漏らした!! あんちゃん、そっち行ったぜ!」
「あぁ、わかってる。 わかってるんだが……」

───バリバリッ

 屈強な男に呼び掛けられた青年は、やや不満げに返答する。
 すると彼の言葉の直後、破裂音と共に上空から黒い物体が飛来した。その物体は、男の撃ち漏らした霊獣を叩き潰し、砂埃を巻き上げる。

「流石あんちゃんだぜ! ”雑魚狩り”の名は伊達じゃねぇな!」
「……カルロ、お前今わざと一匹見逃したな?」
「えぇ!?」

 カルロと呼ばれたスキンヘッドの男は、いかにもわざとらしく驚いてみせる。

 頭部で陽光を乱反射させつつ、全身で驚きを表現するコミカルな動きを見て、青年は笑いではなく苛立ちを募らせる。

「お前程の男が霊獣の数を見誤るとは思えん」

 砂埃が止むと、そこには霊獣の骸が転がっているのみで、青年が操っていたであろう守護霊の姿はそこに無かった。

「そりゃ買い被り過ぎだぜ。 だが、あんちゃんの霊視は誤魔化せねぇようだな。 悪い、さっきのは確かにわざとだ」

 悪びれもせず、カルロは言う。

「……百歩譲ってそれは良いとしよう。 何でお前、わざわざこの依頼に参加した?」
「昨日も言っただろ、かしらの命令さ」

 カルロはわざとらしく「やれやれ」と肩をすくめ、青年の質問に答える。

「”鍛え直して来い”だとよ。 かしらの仕事は俺に手伝える事なんてねぇし、その間暇だからな。 さそりも次あったらボコボコに出来るようにしときたいしよ」

 言って、カルロは笑う。

 今度は青年が「やれやれ」と肩をすくめ、溜息を吐いた。

 周囲では、他の冒険者達がそれぞれ霊獣を狩っている。巨大化した霊獣に対し、彼らはまさに「真剣勝負」といった表情で対峙していた。
 巨大化した霊獣の強さは、今までのそれと次元が違う。怪我をする者も少なくは無いだろう。
 しかし青年は、そんな危険とは無縁であった。

 そしてそれで良かった。何もない平穏に満足していた。何も起きなければ、何も感じずにいられた。
 そんなことを思い、青年は再度溜息を吐く。

「……何でこうなった」

 青年は自戒を込めて、口の中で呟く。

「おい、来たぞあんちゃん!」

 そして、もう何度目か分からない溜息を吐いてから、無造作な狩りに戻っていくのだった。
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