精霊王の番

為世

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第一章 雑魚狩り、商人、襲撃者

第8話

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「あんちゃん今日はよろしくな!」
「……何で付いて来るんだ」

 スキンヘッドの用心棒、カルロを伴い、一行は山道を進む。

「良いじゃねぇか、なぁ!」

 青年は依頼を受け、山に向かった。その際、ギルドを出た瞬間にこのスキンヘッドの男に捕まったのだ。
 完全に待ち伏せである。青年と同じ依頼の用紙を持って、気味の悪い笑みを浮かべていたのが何よりの証拠だった。

 ローブスが言っていたのは、この事だったのだ。

「……昨日はお楽しみだったみたいだな」
「そうだよ大変だったんだぞ!」
「そうか」
「ちょっとは興味持てよ、そっちが言い出したんだろ……」

 青年は溜息を吐く。

 青年は元々ソロでの霊獣狩りを生業としている。それがひょんな事からハルに付き纏われる事となり、現在ではスキンヘッドの大男もいる。

───勘弁してくれ。

 人との関わりを好まない青年は現状に辟易していた。

「ところでよ、何であんちゃんはハルを同行させてんだ? 付き人なんかいたら足手まといだろ」

 カルロの物言いはハルに対してやや失礼なものだったが、ハルは一切気にしていない様子であった。

「……なりゆきだ。 まぁ、荷物持ちは単純に疲れるからな、雑用がいるのは効率的にも悪くない。 あと一応、コイツからの依頼もある」
「依頼? ハルがあんちゃんにか?」
「あぁ。 ……そうだな、お前には話しておこう」

 カルロは、ハルがまだ守護霊を発現させていない事を知らない。
 そんな彼を、青年は利用しようと考えた。そこで目的の霊獣を探す道中、二人の出会いから、現在の関係に至る経緯を掻い摘んで説明した。

守護霊フェイドが出せない、ねぇ……」

 カルロは呟く。

「確かに、俺も何がきっかけで呼べるようになったのか覚えてないが……」

 彼にとっても守護霊はやはり自身の半身であり、自らの意思で行使する「実力」なのだ。

 特にカルロは、その腕っぷしの強さを買われてローブスの用心棒になった男である。「出せない」などという悩みとは無縁のはずだ。

「んで? 指南ったって、教わるようなもんでもないだろ。 引き受けたからには何かアテがあんのかい?」

 カルロが問う。
 これにはハルも疑問を抱いていた。

 友人のナツも、誰に教わらずとも守護霊を操っていた。人を頼ってどうにかなる問題なのだろうか。
 他に頼りが無いとはいえ、名も知らぬ青年に重い荷を背負わせているのではないかとの心配はある。

「アテと言う程でもない。 ただ、俺も昔、守護霊の扱いに手を焼いた経験がある。 その時に面倒を見てくれたオッサンがいるんだが……。 まぁ、受け売りってやつだ」

 それを聞いてカルロが笑う。

「へぇ、あんちゃんの師匠の教えかい! 俺としちゃあ、あんちゃんの強さの秘訣ってやつは金を払ってでも知りてえ所だが、俺にアドバイスはくれねぇのか?」
「……蠍の狩り方なら教えてもいい。 でもお前は”対人職”だろ?」

 カルロはローブスの用心棒であり、その本領は対人戦闘にある。

 もちろん、鍛え抜かれたカルロの守護霊は並大抵の霊獣なら難なく倒すことが出来るだろう。巨大蠍の存在がむしろ異常だったのである。あれは自然に生じるものではない。人為的な何かか、もしくはもっとややこしい星の異変が絡んでいる。

 どちらにせよ、青年にとっては溜息しか出ない状況である。

「よし、この辺で良いだろう」

 青年は足を止めると言った。

「ん? ここで何かすんのか?」

 カルロが青年に問い掛ける。
 当然の疑問である。周囲には生い茂る自然の他に、目に付くものは無い。ターゲットの霊獣もまた、この場には居ないのだ。

「あぁ。 今日はコイツの修行をする」
「え、本当ですか?」
「へぇ、修行ねぇ、良いじゃねぇか」

 青年はハルに対し、守護霊の扱いを指南する事を宣言する。

「んで、何すんだ?」
「守護霊の扱い方を、実際に見せる」
「ほう」

 青年は修行に関する計画を話していく。

守護霊フェイドとはもう一つの魂、それだけだ。 ”精霊”の力を得て初めて世界に影響を与える実体を持つ。 これが”駆霊術”だ。 そして駆霊術の原動力は”理解”。 ”出来る”と思える根拠と自信が必要だ。 それを手っ取り早く手にするには、実際に見るのが一番だろう」
「なるほどな」
「で、だ。 それをお前にやって欲しい」
「何で俺がそんな事しねぇといけねぇんだよ!」

 カルロは突然の指名に声を荒げるが、青年は一切動じずに話を続ける。

「下らん世間話に付き合ってやっただろ」
「あんちゃん、あれを人は世間話とは呼ばねぇんだよ」
「あの、よろしくお願いします!」

 ハルはカルロに頭を下げる。

「前にも言ったが、俺の力は人前では使えない。 協力してもらうぞ」
「……ま、良いんだけどよ。 俺は厳しいぜ」

 カルロは肩を竦めつつも青年の提案に同意する。
 それを見たハルは表情を明るくした。

 ハルがこの山に来るのは初めてではない。
 昨日、ハルは青年に同行しこの山での狩りに出かけた。その時出会った、けたたましい羽音を響かせる「眼虫オーゲン」の大群を、青年は一瞬の内に狩り尽くしていた。青年の指示通りハルは目を瞑っていたが、羽音が一瞬にして止んだのはまさに爽快の一言だった。

「今回俺のターゲットは”フリューゲル”」
「はい! いつも通り目を瞑ってれば良いですか?」
「いや、今日はお前も仕事だ。 内容は”霊草採集”。 霊草をありったけ採って来い」
「……はい??」
「へぇ、それは確かに良い修行だ」

 ハルは青年が何を言ったのか、全く理解できなかった。

「……言ってなかったか」
「初耳ですが!? いや、そうじゃなくて!」

 霊草とは、他より”霊指数”の高いただの草。料理に使われる物もあれば、質の良いものは薬になったりもする。

 説明は以上である。

 この通り、定義が曖昧で未だその原理が解明されていないため、冒険者の狩りの対象となっている。砂漠のシャーレ、山のオーゲンも同様である。「狩りに手間が掛からないため」、研究の需要がなく結果的に野生で生き残っている、自然界では別段「強くない」生き物の一種だ。

 しかし、霊草はシャーレやオーゲンと違い、その発見が困難であるのが特徴だ。

「僕”霊視”とか出来ないんですけど!」

 霊視とはつまり、「精霊を見極めること」。

 歴史に名を残す熟練の冒険者は、初めて見る霊獣の生態を一目で見極められたという。それが達人となれば、”守護霊”を見ただけでその人間の人となりや潜在能力、思考までもある程度読み取ることが出来ると言われている。

 「霊草採集」は修行の代名詞である。

 特徴のない草の中から、霊指数の高い物だけを選び抜いて採集する。
 霊指数の低い草は依頼主にとってはゴミも同然。多く回収してゴミが混ざってもいけないし、少なければ依頼内容を達成出来ない。
 この霊草採集の依頼を休憩の片手間に達成出来る様になった時、一人前とみなされる。

 らしいのだが。

「都合の良い事に、ここには熟練の用心棒も居るしな」
「へぇ、そりゃあ俺の事か? あんちゃんはどうするつもりだ?」
「俺は単独行動させて貰う。 子守は任せたぞ」

 ハルは青年の守護霊を直接見た事が無い。
 草原で出会った時も、一瞬黒い影が見えたような気はしたものの、その姿をはっきりと確認した訳ではない。そして彼の狩りでは常に、戦闘の際には目を瞑るようハルは指示されている。何かしらの事情により、青年は自身の素性を明かしたがらない。よって、ハルは彼の実力の一部しかまだ知らないのだ。

「いいか。 ”出来る”って思う事が重要だ。 何が出来るかは自分しか知らない。 だが、それももう知っているはずだ。 自分はどういう人間なのか、自分の守護霊フェイドはどんな形なのか」

 ”霊視”とは、”守護霊を通して世界を見る技術”である。つまり、この依頼達成に”守護霊”の存在は必要不可欠。

───守護霊の出せない僕には……。

「……急いだ方が良い、そろそろ来るぞ」

 「何が?」とハルが思った事を口にしようとしたその時、青年の言葉の真意が現実となってハルに答えを返す。

「……あれは、鳥?」

 逞しい翼を持った、巨大なそれが空から飛来した。

大翼フリューゲルだ」

 こともなげに青年は言う。

 突如、一行の生命を脅かすため出現した、空を覆う猛禽類の霊獣を前に、放心状態のハルは遠い目をしながら、かつて受けた授業の内容を思い出していた。

『フリューゲルとは、主に山奥に生息する猛禽類の霊獣で、オーゲンを主食としている』

───まさか……。

「昨日は虫を大量に狩ったからな。 残った虫をあらかた食べ尽くしたんだろう。 新たな獲物を探してこんな麓近くまで出張して来るとは、随分空腹らしい」

「”焼き千切れ”、”ガゼル”」

 カルロは、呟きと共に自身の守護霊を呼ぶ。

「《シルト》」

 そして不可視の障壁を前方に展開し、数々の生命に最期を与えてきたであろう、霊獣の凶悪な爪を受け止めた。

「ケケェェェエエエンッ!」
「コイツはそこらの霊獣の何倍も強いぞ。 霊指数でいうとシャーレが千、こいつは一万くらいじゃないか? ちなみに、この前の巨大シャーレは三万ってとこだろうな」

 青年は表情ひとつ変えず、目の前の霊獣をそう評価してみせた。

 今まさに青年が行ったのが、”霊視”である。
 瞬時に霊獣の持つエネルギーの量を評価し、数値化してその実力を見極めたのだ。

 成人した大人の霊指数が一万程度であるとされている。
 カルロは当然それを上回る水準であるはずだが、彼は甲殻を持つシャーレに対し、相性の悪い火を放ってしまった。

 相性を理解すれば、実力で上回る相手をも倒す事が出来る。この星の常識である。

「……俺がコイツを止めておけば良いんだな?」

 カルロは、フリューゲルをまるで弄ぶかのように軽く遇らっていた。

「別に、倒してしまって構わない。 後は頼んだぞ」
「あいよ」

 そう言い残して、青年は山奥へと姿を消した。
 「修行を付ける」と言いながら、随分身勝手な行動だとハルは思う。

───なんでカルロさんも納得しているんだろう……。

 しかし、今はそんなことを思っても仕方がない。

 青年は、霊草採集はハルの仕事だと言った。
 霊獣の攻撃を躱しながら、”霊視”で目的の草を見つけ出し、無事に生還するのが今回のクエストらしい。

「いきなりこんなのハード過ぎる」

 言いながら、ハルは走り出してフリューゲルの爪を躱す。

「やるねぇ」

 カルロは楽しそうである。
 霊獣の爪がハルを貫きそうになる寸前、不可視の障壁が割り込んで食い止める。

 見殺しにはしないでくれるらしい。
 そう判断したハルは、意識を内なる自分の魂へと向ける。

「集中しろ。 人が生きている限りその背には守護霊フェイドが宿っている。 必ず僕にも出せる」

 そして問い掛ける。

「僕の守護霊フェイドはどんな姿をしている? 何が苦手で、何が出来る?」

 言いながら、ハルは身を翻して霊獣の爪を避ける。

 守護霊とはもう一人の自分であり、自分以上に自分を知っている存在である。

 いにしえの魔王は守護霊を”運命”と呼んだ。

 人間を、その誕生と共に約束される最期へと導く存在。
 どんな人間になり、どこに向かい、誰と出会って、何を成し遂げて最期に辿り着くか。それは生まれた時に決まっていて、守護霊だけが知っている。
 
 その片鱗を見つめるのが”霊視”である。

 霊視を極めた者は、対象の人間がどんな人格、才を持ち、何を目的としているか。
 相手の守護霊を見て読み取り、判断することが出来る。
 
 つまり、この星では”占い”が大真面目に成立するのだ。

 人はこれを”霊占”と呼ぶ。

「ケェェェン!!」
「っ!」
「危ねぇ危ねぇ」

 ハルが考え事をしている間も、霊獣は獲物を逃すまいと襲ってきている。
 その度に、カルロの守護霊が障壁を張って霊獣の攻撃を弾く。
 
「どうした? 早くしねぇと、次は当たっちまうかも知れねぇぞ」

 カルロは言う。

「ケケェェェェエエン!」

 次の瞬間、ハルは霊獣の翼が生み出した攻撃的な風に押されて足をもつれさせた。

「……頃合いだな。 《鉄の槌シュタル・ハンマー》」

 転んだハルに霊獣の爪が迫ったが、カルロの生み出した金属の塊が霊獣の身体を押し潰し、ハルの身体を傷付けることはなかった。

「少し休憩しようぜ。 その間、俺の修行時代の話でもしてやるからよ」

 言いながら、カルロはフリューゲルだったものに網をかけていた。
 まるで何事もなかったかのように再度平穏が訪れる。

「はい……」

───また、出せなかった。

 命懸けの時間を過ごしただけで、自分は何も得るものがなかったんじゃないか。
 それはこれからも同様で、自分には一生守護霊は操れないのではないか。

 そんなことを思い、ハルは落胆する。

「おうそうだ、霊草採集の依頼もあったな。 休憩ついでに終わらしとくか」

 軽い調子でカルロは言う。
 彼は笑っているが、ハルにはまだ現実感がない。

「……それにしても、こんな所まで飛んでくるとはな」
「……え? カルロさん、何か言いました?」
「いや、なんでもない。 お、そこの草、霊指数良い感じじゃねぇか?」

 カルロはそう言いながら、ハルには他との違いが一切分からない草を淡々と集めていく。
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