9 / 59
第一章 雑魚狩り、商人、襲撃者
第8話
しおりを挟む
「あんちゃん今日はよろしくな!」
「……何で付いて来るんだ」
スキンヘッドの用心棒、カルロを伴い、一行は山道を進む。
「良いじゃねぇか、なぁ!」
青年は依頼を受け、山に向かった。その際、ギルドを出た瞬間にこのスキンヘッドの男に捕まったのだ。
完全に待ち伏せである。青年と同じ依頼の用紙を持って、気味の悪い笑みを浮かべていたのが何よりの証拠だった。
ローブスが言っていたのは、この事だったのだ。
「……昨日はお楽しみだったみたいだな」
「そうだよ大変だったんだぞ!」
「そうか」
「ちょっとは興味持てよ、そっちが言い出したんだろ……」
青年は溜息を吐く。
青年は元々ソロでの霊獣狩りを生業としている。それがひょんな事からハルに付き纏われる事となり、現在ではスキンヘッドの大男もいる。
───勘弁してくれ。
人との関わりを好まない青年は現状に辟易していた。
「ところでよ、何であんちゃんはハルを同行させてんだ? 付き人なんかいたら足手まといだろ」
カルロの物言いはハルに対してやや失礼なものだったが、ハルは一切気にしていない様子であった。
「……なりゆきだ。 まぁ、荷物持ちは単純に疲れるからな、雑用がいるのは効率的にも悪くない。 あと一応、コイツからの依頼もある」
「依頼? ハルがあんちゃんにか?」
「あぁ。 ……そうだな、お前には話しておこう」
カルロは、ハルがまだ守護霊を発現させていない事を知らない。
そんな彼を、青年は利用しようと考えた。そこで目的の霊獣を探す道中、二人の出会いから、現在の関係に至る経緯を掻い摘んで説明した。
「守護霊が出せない、ねぇ……」
カルロは呟く。
「確かに、俺も何がきっかけで呼べるようになったのか覚えてないが……」
彼にとっても守護霊はやはり自身の半身であり、自らの意思で行使する「実力」なのだ。
特にカルロは、その腕っぷしの強さを買われてローブスの用心棒になった男である。「出せない」などという悩みとは無縁のはずだ。
「んで? 指南ったって、教わるようなもんでもないだろ。 引き受けたからには何かアテがあんのかい?」
カルロが問う。
これにはハルも疑問を抱いていた。
友人のナツも、誰に教わらずとも守護霊を操っていた。人を頼ってどうにかなる問題なのだろうか。
他に頼りが無いとはいえ、名も知らぬ青年に重い荷を背負わせているのではないかとの心配はある。
「アテと言う程でもない。 ただ、俺も昔、守護霊の扱いに手を焼いた経験がある。 その時に面倒を見てくれたオッサンがいるんだが……。 まぁ、受け売りってやつだ」
それを聞いてカルロが笑う。
「へぇ、あんちゃんの師匠の教えかい! 俺としちゃあ、あんちゃんの強さの秘訣ってやつは金を払ってでも知りてえ所だが、俺にアドバイスはくれねぇのか?」
「……蠍の狩り方なら教えてもいい。 でもお前は”対人職”だろ?」
カルロはローブスの用心棒であり、その本領は対人戦闘にある。
もちろん、鍛え抜かれたカルロの守護霊は並大抵の霊獣なら難なく倒すことが出来るだろう。巨大蠍の存在がむしろ異常だったのである。あれは自然に生じるものではない。人為的な何かか、もしくはもっとややこしい星の異変が絡んでいる。
どちらにせよ、青年にとっては溜息しか出ない状況である。
「よし、この辺で良いだろう」
青年は足を止めると言った。
「ん? ここで何かすんのか?」
カルロが青年に問い掛ける。
当然の疑問である。周囲には生い茂る自然の他に、目に付くものは無い。ターゲットの霊獣もまた、この場には居ないのだ。
「あぁ。 今日はコイツの修行をする」
「え、本当ですか?」
「へぇ、修行ねぇ、良いじゃねぇか」
青年はハルに対し、守護霊の扱いを指南する事を宣言する。
「んで、何すんだ?」
「守護霊の扱い方を、実際に見せる」
「ほう」
青年は修行に関する計画を話していく。
「守護霊とはもう一つの魂、それだけだ。 ”精霊”の力を得て初めて世界に影響を与える実体を持つ。 これが”駆霊術”だ。 そして駆霊術の原動力は”理解”。 ”出来る”と思える根拠と自信が必要だ。 それを手っ取り早く手にするには、実際に見るのが一番だろう」
「なるほどな」
「で、だ。 それをお前にやって欲しい」
「何で俺がそんな事しねぇといけねぇんだよ!」
カルロは突然の指名に声を荒げるが、青年は一切動じずに話を続ける。
「下らん世間話に付き合ってやっただろ」
「あんちゃん、あれを人は世間話とは呼ばねぇんだよ」
「あの、よろしくお願いします!」
ハルはカルロに頭を下げる。
「前にも言ったが、俺の力は人前では使えない。 協力してもらうぞ」
「……ま、良いんだけどよ。 俺は厳しいぜ」
カルロは肩を竦めつつも青年の提案に同意する。
それを見たハルは表情を明るくした。
ハルがこの山に来るのは初めてではない。
昨日、ハルは青年に同行しこの山での狩りに出かけた。その時出会った、けたたましい羽音を響かせる「眼虫」の大群を、青年は一瞬の内に狩り尽くしていた。青年の指示通りハルは目を瞑っていたが、羽音が一瞬にして止んだのはまさに爽快の一言だった。
「今回俺のターゲットは”フリューゲル”」
「はい! いつも通り目を瞑ってれば良いですか?」
「いや、今日はお前も仕事だ。 内容は”霊草採集”。 霊草をありったけ採って来い」
「……はい??」
「へぇ、それは確かに良い修行だ」
ハルは青年が何を言ったのか、全く理解できなかった。
「……言ってなかったか」
「初耳ですが!? いや、そうじゃなくて!」
霊草とは、他より”霊指数”の高いただの草。料理に使われる物もあれば、質の良いものは薬になったりもする。
説明は以上である。
この通り、定義が曖昧で未だその原理が解明されていないため、冒険者の狩りの対象となっている。砂漠のシャーレ、山のオーゲンも同様である。「狩りに手間が掛からないため」、研究の需要がなく結果的に野生で生き残っている、自然界では別段「強くない」生き物の一種だ。
しかし、霊草はシャーレやオーゲンと違い、その発見が困難であるのが特徴だ。
「僕”霊視”とか出来ないんですけど!」
霊視とはつまり、「精霊を見極めること」。
歴史に名を残す熟練の冒険者は、初めて見る霊獣の生態を一目で見極められたという。それが達人となれば、”守護霊”を見ただけでその人間の人となりや潜在能力、思考までもある程度読み取ることが出来ると言われている。
「霊草採集」は修行の代名詞である。
特徴のない草の中から、霊指数の高い物だけを選び抜いて採集する。
霊指数の低い草は依頼主にとってはゴミも同然。多く回収してゴミが混ざってもいけないし、少なければ依頼内容を達成出来ない。
この霊草採集の依頼を休憩の片手間に達成出来る様になった時、一人前とみなされる。
らしいのだが。
「都合の良い事に、ここには熟練の用心棒も居るしな」
「へぇ、そりゃあ俺の事か? あんちゃんはどうするつもりだ?」
「俺は単独行動させて貰う。 子守は任せたぞ」
ハルは青年の守護霊を直接見た事が無い。
草原で出会った時も、一瞬黒い影が見えたような気はしたものの、その姿をはっきりと確認した訳ではない。そして彼の狩りでは常に、戦闘の際には目を瞑るようハルは指示されている。何かしらの事情により、青年は自身の素性を明かしたがらない。よって、ハルは彼の実力の一部しかまだ知らないのだ。
「いいか。 ”出来る”って思う事が重要だ。 何が出来るかは自分しか知らない。 だが、それももう知っているはずだ。 自分はどういう人間なのか、自分の守護霊はどんな形なのか」
”霊視”とは、”守護霊を通して世界を見る技術”である。つまり、この依頼達成に”守護霊”の存在は必要不可欠。
───守護霊の出せない僕には……。
「……急いだ方が良い、そろそろ来るぞ」
「何が?」とハルが思った事を口にしようとしたその時、青年の言葉の真意が現実となってハルに答えを返す。
「……あれは、鳥?」
逞しい翼を持った、巨大なそれが空から飛来した。
「大翼だ」
こともなげに青年は言う。
突如、一行の生命を脅かすため出現した、空を覆う猛禽類の霊獣を前に、放心状態のハルは遠い目をしながら、かつて受けた授業の内容を思い出していた。
『フリューゲルとは、主に山奥に生息する猛禽類の霊獣で、オーゲンを主食としている』
───まさか……。
「昨日は虫を大量に狩ったからな。 残った虫をあらかた食べ尽くしたんだろう。 新たな獲物を探してこんな麓近くまで出張して来るとは、随分空腹らしい」
「”焼き千切れ”、”ガゼル”」
カルロは、呟きと共に自身の守護霊を呼ぶ。
「《盾》」
そして不可視の障壁を前方に展開し、数々の生命に最期を与えてきたであろう、霊獣の凶悪な爪を受け止めた。
「ケケェェェエエエンッ!」
「コイツはそこらの霊獣の何倍も強いぞ。 霊指数でいうとシャーレが千、こいつは一万くらいじゃないか? ちなみに、この前の巨大シャーレは三万ってとこだろうな」
青年は表情ひとつ変えず、目の前の霊獣をそう評価してみせた。
今まさに青年が行ったのが、”霊視”である。
瞬時に霊獣の持つエネルギーの量を評価し、数値化してその実力を見極めたのだ。
成人した大人の霊指数が一万程度であるとされている。
カルロは当然それを上回る水準であるはずだが、彼は甲殻を持つシャーレに対し、相性の悪い火を放ってしまった。
相性を理解すれば、実力で上回る相手をも倒す事が出来る。この星の常識である。
「……俺がコイツを止めておけば良いんだな?」
カルロは、フリューゲルをまるで弄ぶかのように軽く遇らっていた。
「別に、倒してしまって構わない。 後は頼んだぞ」
「あいよ」
そう言い残して、青年は山奥へと姿を消した。
「修行を付ける」と言いながら、随分身勝手な行動だとハルは思う。
───なんでカルロさんも納得しているんだろう……。
しかし、今はそんなことを思っても仕方がない。
青年は、霊草採集はハルの仕事だと言った。
霊獣の攻撃を躱しながら、”霊視”で目的の草を見つけ出し、無事に生還するのが今回のクエストらしい。
「いきなりこんなのハード過ぎる」
言いながら、ハルは走り出してフリューゲルの爪を躱す。
「やるねぇ」
カルロは楽しそうである。
霊獣の爪がハルを貫きそうになる寸前、不可視の障壁が割り込んで食い止める。
見殺しにはしないでくれるらしい。
そう判断したハルは、意識を内なる自分の魂へと向ける。
「集中しろ。 人が生きている限りその背には守護霊が宿っている。 必ず僕にも出せる」
そして問い掛ける。
「僕の守護霊はどんな姿をしている? 何が苦手で、何が出来る?」
言いながら、ハルは身を翻して霊獣の爪を避ける。
守護霊とはもう一人の自分であり、自分以上に自分を知っている存在である。
古の魔王は守護霊を”運命”と呼んだ。
人間を、その誕生と共に約束される最期へと導く存在。
どんな人間になり、どこに向かい、誰と出会って、何を成し遂げて最期に辿り着くか。それは生まれた時に決まっていて、守護霊だけが知っている。
その片鱗を見つめるのが”霊視”である。
霊視を極めた者は、対象の人間がどんな人格、才を持ち、何を目的としているか。
相手の守護霊を見て読み取り、判断することが出来る。
つまり、この星では”占い”が大真面目に成立するのだ。
人はこれを”霊占”と呼ぶ。
「ケェェェン!!」
「っ!」
「危ねぇ危ねぇ」
ハルが考え事をしている間も、霊獣は獲物を逃すまいと襲ってきている。
その度に、カルロの守護霊が障壁を張って霊獣の攻撃を弾く。
「どうした? 早くしねぇと、次は当たっちまうかも知れねぇぞ」
カルロは言う。
「ケケェェェェエエン!」
次の瞬間、ハルは霊獣の翼が生み出した攻撃的な風に押されて足をもつれさせた。
「……頃合いだな。 《鉄の槌》」
転んだハルに霊獣の爪が迫ったが、カルロの生み出した金属の塊が霊獣の身体を押し潰し、ハルの身体を傷付けることはなかった。
「少し休憩しようぜ。 その間、俺の修行時代の話でもしてやるからよ」
言いながら、カルロはフリューゲルだったものに網をかけていた。
まるで何事もなかったかのように再度平穏が訪れる。
「はい……」
───また、出せなかった。
命懸けの時間を過ごしただけで、自分は何も得るものがなかったんじゃないか。
それはこれからも同様で、自分には一生守護霊は操れないのではないか。
そんなことを思い、ハルは落胆する。
「おうそうだ、霊草採集の依頼もあったな。 休憩ついでに終わらしとくか」
軽い調子でカルロは言う。
彼は笑っているが、ハルにはまだ現実感がない。
「……それにしても、こんな所まで飛んでくるとはな」
「……え? カルロさん、何か言いました?」
「いや、なんでもない。 お、そこの草、霊指数良い感じじゃねぇか?」
カルロはそう言いながら、ハルには他との違いが一切分からない草を淡々と集めていく。
「……何で付いて来るんだ」
スキンヘッドの用心棒、カルロを伴い、一行は山道を進む。
「良いじゃねぇか、なぁ!」
青年は依頼を受け、山に向かった。その際、ギルドを出た瞬間にこのスキンヘッドの男に捕まったのだ。
完全に待ち伏せである。青年と同じ依頼の用紙を持って、気味の悪い笑みを浮かべていたのが何よりの証拠だった。
ローブスが言っていたのは、この事だったのだ。
「……昨日はお楽しみだったみたいだな」
「そうだよ大変だったんだぞ!」
「そうか」
「ちょっとは興味持てよ、そっちが言い出したんだろ……」
青年は溜息を吐く。
青年は元々ソロでの霊獣狩りを生業としている。それがひょんな事からハルに付き纏われる事となり、現在ではスキンヘッドの大男もいる。
───勘弁してくれ。
人との関わりを好まない青年は現状に辟易していた。
「ところでよ、何であんちゃんはハルを同行させてんだ? 付き人なんかいたら足手まといだろ」
カルロの物言いはハルに対してやや失礼なものだったが、ハルは一切気にしていない様子であった。
「……なりゆきだ。 まぁ、荷物持ちは単純に疲れるからな、雑用がいるのは効率的にも悪くない。 あと一応、コイツからの依頼もある」
「依頼? ハルがあんちゃんにか?」
「あぁ。 ……そうだな、お前には話しておこう」
カルロは、ハルがまだ守護霊を発現させていない事を知らない。
そんな彼を、青年は利用しようと考えた。そこで目的の霊獣を探す道中、二人の出会いから、現在の関係に至る経緯を掻い摘んで説明した。
「守護霊が出せない、ねぇ……」
カルロは呟く。
「確かに、俺も何がきっかけで呼べるようになったのか覚えてないが……」
彼にとっても守護霊はやはり自身の半身であり、自らの意思で行使する「実力」なのだ。
特にカルロは、その腕っぷしの強さを買われてローブスの用心棒になった男である。「出せない」などという悩みとは無縁のはずだ。
「んで? 指南ったって、教わるようなもんでもないだろ。 引き受けたからには何かアテがあんのかい?」
カルロが問う。
これにはハルも疑問を抱いていた。
友人のナツも、誰に教わらずとも守護霊を操っていた。人を頼ってどうにかなる問題なのだろうか。
他に頼りが無いとはいえ、名も知らぬ青年に重い荷を背負わせているのではないかとの心配はある。
「アテと言う程でもない。 ただ、俺も昔、守護霊の扱いに手を焼いた経験がある。 その時に面倒を見てくれたオッサンがいるんだが……。 まぁ、受け売りってやつだ」
それを聞いてカルロが笑う。
「へぇ、あんちゃんの師匠の教えかい! 俺としちゃあ、あんちゃんの強さの秘訣ってやつは金を払ってでも知りてえ所だが、俺にアドバイスはくれねぇのか?」
「……蠍の狩り方なら教えてもいい。 でもお前は”対人職”だろ?」
カルロはローブスの用心棒であり、その本領は対人戦闘にある。
もちろん、鍛え抜かれたカルロの守護霊は並大抵の霊獣なら難なく倒すことが出来るだろう。巨大蠍の存在がむしろ異常だったのである。あれは自然に生じるものではない。人為的な何かか、もしくはもっとややこしい星の異変が絡んでいる。
どちらにせよ、青年にとっては溜息しか出ない状況である。
「よし、この辺で良いだろう」
青年は足を止めると言った。
「ん? ここで何かすんのか?」
カルロが青年に問い掛ける。
当然の疑問である。周囲には生い茂る自然の他に、目に付くものは無い。ターゲットの霊獣もまた、この場には居ないのだ。
「あぁ。 今日はコイツの修行をする」
「え、本当ですか?」
「へぇ、修行ねぇ、良いじゃねぇか」
青年はハルに対し、守護霊の扱いを指南する事を宣言する。
「んで、何すんだ?」
「守護霊の扱い方を、実際に見せる」
「ほう」
青年は修行に関する計画を話していく。
「守護霊とはもう一つの魂、それだけだ。 ”精霊”の力を得て初めて世界に影響を与える実体を持つ。 これが”駆霊術”だ。 そして駆霊術の原動力は”理解”。 ”出来る”と思える根拠と自信が必要だ。 それを手っ取り早く手にするには、実際に見るのが一番だろう」
「なるほどな」
「で、だ。 それをお前にやって欲しい」
「何で俺がそんな事しねぇといけねぇんだよ!」
カルロは突然の指名に声を荒げるが、青年は一切動じずに話を続ける。
「下らん世間話に付き合ってやっただろ」
「あんちゃん、あれを人は世間話とは呼ばねぇんだよ」
「あの、よろしくお願いします!」
ハルはカルロに頭を下げる。
「前にも言ったが、俺の力は人前では使えない。 協力してもらうぞ」
「……ま、良いんだけどよ。 俺は厳しいぜ」
カルロは肩を竦めつつも青年の提案に同意する。
それを見たハルは表情を明るくした。
ハルがこの山に来るのは初めてではない。
昨日、ハルは青年に同行しこの山での狩りに出かけた。その時出会った、けたたましい羽音を響かせる「眼虫」の大群を、青年は一瞬の内に狩り尽くしていた。青年の指示通りハルは目を瞑っていたが、羽音が一瞬にして止んだのはまさに爽快の一言だった。
「今回俺のターゲットは”フリューゲル”」
「はい! いつも通り目を瞑ってれば良いですか?」
「いや、今日はお前も仕事だ。 内容は”霊草採集”。 霊草をありったけ採って来い」
「……はい??」
「へぇ、それは確かに良い修行だ」
ハルは青年が何を言ったのか、全く理解できなかった。
「……言ってなかったか」
「初耳ですが!? いや、そうじゃなくて!」
霊草とは、他より”霊指数”の高いただの草。料理に使われる物もあれば、質の良いものは薬になったりもする。
説明は以上である。
この通り、定義が曖昧で未だその原理が解明されていないため、冒険者の狩りの対象となっている。砂漠のシャーレ、山のオーゲンも同様である。「狩りに手間が掛からないため」、研究の需要がなく結果的に野生で生き残っている、自然界では別段「強くない」生き物の一種だ。
しかし、霊草はシャーレやオーゲンと違い、その発見が困難であるのが特徴だ。
「僕”霊視”とか出来ないんですけど!」
霊視とはつまり、「精霊を見極めること」。
歴史に名を残す熟練の冒険者は、初めて見る霊獣の生態を一目で見極められたという。それが達人となれば、”守護霊”を見ただけでその人間の人となりや潜在能力、思考までもある程度読み取ることが出来ると言われている。
「霊草採集」は修行の代名詞である。
特徴のない草の中から、霊指数の高い物だけを選び抜いて採集する。
霊指数の低い草は依頼主にとってはゴミも同然。多く回収してゴミが混ざってもいけないし、少なければ依頼内容を達成出来ない。
この霊草採集の依頼を休憩の片手間に達成出来る様になった時、一人前とみなされる。
らしいのだが。
「都合の良い事に、ここには熟練の用心棒も居るしな」
「へぇ、そりゃあ俺の事か? あんちゃんはどうするつもりだ?」
「俺は単独行動させて貰う。 子守は任せたぞ」
ハルは青年の守護霊を直接見た事が無い。
草原で出会った時も、一瞬黒い影が見えたような気はしたものの、その姿をはっきりと確認した訳ではない。そして彼の狩りでは常に、戦闘の際には目を瞑るようハルは指示されている。何かしらの事情により、青年は自身の素性を明かしたがらない。よって、ハルは彼の実力の一部しかまだ知らないのだ。
「いいか。 ”出来る”って思う事が重要だ。 何が出来るかは自分しか知らない。 だが、それももう知っているはずだ。 自分はどういう人間なのか、自分の守護霊はどんな形なのか」
”霊視”とは、”守護霊を通して世界を見る技術”である。つまり、この依頼達成に”守護霊”の存在は必要不可欠。
───守護霊の出せない僕には……。
「……急いだ方が良い、そろそろ来るぞ」
「何が?」とハルが思った事を口にしようとしたその時、青年の言葉の真意が現実となってハルに答えを返す。
「……あれは、鳥?」
逞しい翼を持った、巨大なそれが空から飛来した。
「大翼だ」
こともなげに青年は言う。
突如、一行の生命を脅かすため出現した、空を覆う猛禽類の霊獣を前に、放心状態のハルは遠い目をしながら、かつて受けた授業の内容を思い出していた。
『フリューゲルとは、主に山奥に生息する猛禽類の霊獣で、オーゲンを主食としている』
───まさか……。
「昨日は虫を大量に狩ったからな。 残った虫をあらかた食べ尽くしたんだろう。 新たな獲物を探してこんな麓近くまで出張して来るとは、随分空腹らしい」
「”焼き千切れ”、”ガゼル”」
カルロは、呟きと共に自身の守護霊を呼ぶ。
「《盾》」
そして不可視の障壁を前方に展開し、数々の生命に最期を与えてきたであろう、霊獣の凶悪な爪を受け止めた。
「ケケェェェエエエンッ!」
「コイツはそこらの霊獣の何倍も強いぞ。 霊指数でいうとシャーレが千、こいつは一万くらいじゃないか? ちなみに、この前の巨大シャーレは三万ってとこだろうな」
青年は表情ひとつ変えず、目の前の霊獣をそう評価してみせた。
今まさに青年が行ったのが、”霊視”である。
瞬時に霊獣の持つエネルギーの量を評価し、数値化してその実力を見極めたのだ。
成人した大人の霊指数が一万程度であるとされている。
カルロは当然それを上回る水準であるはずだが、彼は甲殻を持つシャーレに対し、相性の悪い火を放ってしまった。
相性を理解すれば、実力で上回る相手をも倒す事が出来る。この星の常識である。
「……俺がコイツを止めておけば良いんだな?」
カルロは、フリューゲルをまるで弄ぶかのように軽く遇らっていた。
「別に、倒してしまって構わない。 後は頼んだぞ」
「あいよ」
そう言い残して、青年は山奥へと姿を消した。
「修行を付ける」と言いながら、随分身勝手な行動だとハルは思う。
───なんでカルロさんも納得しているんだろう……。
しかし、今はそんなことを思っても仕方がない。
青年は、霊草採集はハルの仕事だと言った。
霊獣の攻撃を躱しながら、”霊視”で目的の草を見つけ出し、無事に生還するのが今回のクエストらしい。
「いきなりこんなのハード過ぎる」
言いながら、ハルは走り出してフリューゲルの爪を躱す。
「やるねぇ」
カルロは楽しそうである。
霊獣の爪がハルを貫きそうになる寸前、不可視の障壁が割り込んで食い止める。
見殺しにはしないでくれるらしい。
そう判断したハルは、意識を内なる自分の魂へと向ける。
「集中しろ。 人が生きている限りその背には守護霊が宿っている。 必ず僕にも出せる」
そして問い掛ける。
「僕の守護霊はどんな姿をしている? 何が苦手で、何が出来る?」
言いながら、ハルは身を翻して霊獣の爪を避ける。
守護霊とはもう一人の自分であり、自分以上に自分を知っている存在である。
古の魔王は守護霊を”運命”と呼んだ。
人間を、その誕生と共に約束される最期へと導く存在。
どんな人間になり、どこに向かい、誰と出会って、何を成し遂げて最期に辿り着くか。それは生まれた時に決まっていて、守護霊だけが知っている。
その片鱗を見つめるのが”霊視”である。
霊視を極めた者は、対象の人間がどんな人格、才を持ち、何を目的としているか。
相手の守護霊を見て読み取り、判断することが出来る。
つまり、この星では”占い”が大真面目に成立するのだ。
人はこれを”霊占”と呼ぶ。
「ケェェェン!!」
「っ!」
「危ねぇ危ねぇ」
ハルが考え事をしている間も、霊獣は獲物を逃すまいと襲ってきている。
その度に、カルロの守護霊が障壁を張って霊獣の攻撃を弾く。
「どうした? 早くしねぇと、次は当たっちまうかも知れねぇぞ」
カルロは言う。
「ケケェェェェエエン!」
次の瞬間、ハルは霊獣の翼が生み出した攻撃的な風に押されて足をもつれさせた。
「……頃合いだな。 《鉄の槌》」
転んだハルに霊獣の爪が迫ったが、カルロの生み出した金属の塊が霊獣の身体を押し潰し、ハルの身体を傷付けることはなかった。
「少し休憩しようぜ。 その間、俺の修行時代の話でもしてやるからよ」
言いながら、カルロはフリューゲルだったものに網をかけていた。
まるで何事もなかったかのように再度平穏が訪れる。
「はい……」
───また、出せなかった。
命懸けの時間を過ごしただけで、自分は何も得るものがなかったんじゃないか。
それはこれからも同様で、自分には一生守護霊は操れないのではないか。
そんなことを思い、ハルは落胆する。
「おうそうだ、霊草採集の依頼もあったな。 休憩ついでに終わらしとくか」
軽い調子でカルロは言う。
彼は笑っているが、ハルにはまだ現実感がない。
「……それにしても、こんな所まで飛んでくるとはな」
「……え? カルロさん、何か言いました?」
「いや、なんでもない。 お、そこの草、霊指数良い感じじゃねぇか?」
カルロはそう言いながら、ハルには他との違いが一切分からない草を淡々と集めていく。
0
お気に入りに追加
46
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
美しい姉と痩せこけた妹
サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――
私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】
小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。
他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。
それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。
友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。
レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。
そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。
レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……
三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃
紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。
【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた
杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。
なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。
婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。
勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。
「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」
その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺!
◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。
婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。
◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。
◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます!
10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる