精霊王の番

為世

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第一章 雑魚狩り、商人、襲撃者

第4話

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 砂漠でローブス、カルロと出会った翌日、黒髪の青年は変わらずギルドを訪ねるため、間借りしている宿を出る。

 そんな彼を、一人の男が呼び止めた。

「よぉ。 元気そうだな」

 声を掛けて来たのは、青年と同じ黒髪と、右頬の十時傷が印象的な中年の男。

「……何の用だ」

 青年は不機嫌さを隠しもせずそう返答する。

「ギルドへ行くのか?」

 中年の男は青年の質問に答えず、更に質問で返した。

「仕事だからな」

 青年の言葉を聞いて、中年の男は笑みを見せる。

「そうか、それは殊勝な心掛けだな」
「朝から何の用だ」

 要領を得ない会話に苛立ちを募らせた青年は、強い口調でもう一度同じ質問をした。

「昨晩、ギルドマスターが襲撃を受けた」
「……で?」

 青年は特に興味を示さず、短く言って続きを促す。

「人が襲われてるってのに、お前の反応と来たらたったの一文字かよ」
「……用が無いならもう行く」
「まぁ待て」

 青年の反応を見て、中年の男は肩をすくめる。

「犯人のこと、気にならねぇのか?」
「どうせ知らないんだろ」
「あぁ、そうだ。 よく分かったな」

 中年の男はそう言ってわざとらしく驚きの表情を顔に貼り付け、手を叩いて見せた。
 それを見た青年は、無視してギルドへ向かう事を決める。

「悪い悪い、冗談だ」
「下らん話に付き合う気は無い」
「何も知らねぇ状態だとお前、また問題起こすだろ。 これは忠告だ」

 青年の行手を阻むように立ちはだかり、中年の男は衝撃の一言を青年に告げる。

「お前、疑われてるぞ」
「……は?」



 中年の男と別れてから、青年は予定通りギルドを訪ねていた。
 そして彼の話の通り、この日のギルドは普段とは違った賑わい方をしていた。

「おい、マスターがやられたってのは本当か!?」
「昨日の夜に襲撃を受けたらしいぞ」
「何でマスターが?」
「わからない。 犯人の目的も不明だとよ」
「いつ? どうやってやられた?」
「闇夜に紛れて炎で一撃、わかっているのはそれだけだ」
「それで、マスターは大丈夫なのか!?」
「命に別状は無いってよ。 ただ、昏睡状態で目を覚まさねぇって話だ」
「犯人はまだ捕まってないのか?」
「あぁ。 その上証拠すらロクに無いって話だ」
「マスター相手にか? 有り得ねぇだろ!」

 ギルド内では、そんなやり取りがあちこちから聞こえてくる。

 どうやら朝会った中年の男の言った通り、このギルドを束ねる長である”ギルドマスター”が昨晩、何者かの襲撃を受けていたようだ。
 更に、その犯人の足取りや目的はさっぱり分からず、現在も野放しになっているという。

 この街のギルドマスターは、その腕っ節の強さで有名な男である。
 彼を相手に、気配を悟らせずに攻撃するだけでも至難の業だが、犯人はその一撃のみで無力化したと言うのだ。

 また、ギルドマスターは厳格で賢明な男。彼は、この田舎町の持つ自然と、そこに住む人々の営みの保護を重要課題と考えていた。そのため治安の維持や興業など、ギルドの担う仕事に対しても真摯に向き合っていた。その姿勢が伝わったのか、街の住人からの信頼も厚い。

 彼を襲う動機として、怨恨は考えにくいというのが青年の所感であるが、そうなると犯人の目的はまた分からなくなる。

「おい、見ろ。 アイツ……」

 それまで騒然としていたギルドのロビーが、青年の来訪により静まり返る。
 そして喧騒は囁きに変わる。

「アイツ確か……」
「あぁ、今回の筆頭容疑者だ」
「何しに来た?」
「”冒険者”らしいからな、依頼を受けに来たんだろ」
「マスターを襲撃した後にか?」
「証拠は無い。 まだアイツが犯人と決まった訳じゃない」
「というか、”冒険者”ごときがマスターに気付かれずに攻撃するとか、無理だろ」
「確かにな」

 周囲の人々は野次馬の如く口々に囁く。

 その囁きの中には、青年及びその職業を侮蔑する内容が含まれていた。そんな言葉の数々を聞き流し、カウンターへ歩みを進めた青年は、受付嬢に声を掛ける。

「……霊獣の討伐依頼。 場所は山でも砂漠でも。 あるか?」

 青年は短くそう伝える。
 マスター不在のギルドでは、その不測の事態によって嵐の様な忙しさに見舞われていたが、青年が声を掛けた受付嬢は落ち着いた様子で青年に返答した。

「すみません。 現在当ギルドではマスターが不在でして、通常業務は一時停止となっています。 申し訳ありませんが、また日を改めて来て頂けますか?」
「そうか」

 青年は短くそう言うと、踵を返して歩き出す。
 その様子を見て、周囲の人だかりから更に声が聞こえる。

「アイツ、こんな時に”討伐依頼”だぁ?」
「なーにが”そうか”、だ!」
「空気読めねぇ奴だな。 そんなだから”冒険者”なんだよ」
「けど、エミリーちゃん優しかったな」
「あぁ、こんな大変な時でもあの笑顔、癒されるぜマジで」
「エミリーたん……」
「流石、出世話が出てるだけあるな」
「何だって!?」
「知らねぇのか? ”ルーベルト”への栄転の話が来てるって話だぜ」
「聞いてねぇぞ! 誰が言ってんだそんな事!」
「有名な話だぞ。 何でも、マスター直々に推薦してるって話だ」
「あの野郎。 よし、今からトドメ刺して来る」
「マジで不謹慎だから冗談でもやめろ」
「でもギルドがこのザマじゃあ、その話も白紙かもな」
「あぁ、エミーちゃんかわいそうに」
「それなのにあんなに元気に仕事して。 健気だなぁ」

 次に囁きの主人公となったのは、あの敏腕の受付嬢であった。

 彼女は数年前からこのギルドに勤め始めると、メキメキとその頭角を表し、ギルドマスター不在の現在は彼の代理として業務を統括している様だった。

 現在治療中のギルドマスターは、この街への想いが厚過ぎる事から、首都”ルーベルト”への栄転を断り続けている。更に彼はその身代わりとして、自身が育てた後進の人材を出世させるのである。

 野次馬達が話していたのは、今回その身代わりとしてこの敏腕受付嬢が捧げられる予定だったという事であろう。しかし、今回の襲撃事件でその話は白紙となった。現在、彼女を除いてこのギルドを取りまとめられる人材は他に居ない。彼女からしたら苦い思いであるはずが、それを一切感じさせない様子で現在も仕事をこなしている。
 彼女は容姿の淡麗さとその気概とが相まって、一部の野次馬から熱烈な視線を送られていた。

 そんな様々な思いの交錯した野次馬達のやり取りを聞き流し、青年はギルドを後にする。

「おい、待てよ」

 ギルドを出た青年を呼び止める声がした。
 青年が振り返ると、小太りな男が口元を歪ませていた。

「……何か、用か?」

 青年は気怠げに返答した。

「あぁ、話がある」

 しかし、声を掛けて来た男はそんな様子を意に介さず話を続ける。

「何だ」
「マスター襲撃の犯人、お前じゃねぇのか?」

 青年は溜息を吐いた。
 朝、出発する際に中年の男からその話は聞いていた。しかし、今回は青年を疑う張本人から声が掛かっている。黙って素通りとも行かなかった。

「一応言っておくがな、俺は犯人じゃない」
「犯罪者ってのは、皆そう言うんだぜ」
「そうか。 聞くが、何で俺が犯人だと思った? 証拠は?」

 今回の襲撃事件の証拠は一つも上がっていない。それどころか目撃情報の一つも無いのだ。完全犯罪を成し遂げた犯人が、今も街に潜伏しているというのは恐ろしい事だが、今回ばかりはその情報が役に立ちそうだ。

「いいや、証拠は無い。 だから聞いてるんだ。 何でマスターをやった?」
「話にならないな」

 青年は短く言い捨てる。

「証拠がないなら疑われる謂れもない。 やってないのだから動機も何も無い。 以上だ」
「”冒険者”風情が粋がるなよ。 雑魚を狩ってるだけの小物がよぉ」

 男の言葉を聞いて、青年は呆れる。

「冒険者は低所得だからな。 羨ましかったんだろ? 俺達が」
「誰の事が羨ましいって? まさか、お前の事がか? 確かに日頃の贅沢は腹に出てるな」
「黙れ!」

 男は顔を真っ赤にして青年に詰め寄る。

「お前、素性を他人に明かしてねぇらしいな。 守護霊フェイドもロクに見せねぇって話じゃねぇか。 何か隠してんだろ? やましい事がねぇなら、今ここで見せてみろよ」

 鼻息荒くそう言うと、男は更に青年との距離を詰める。
 そんな男に対し、青年は首を振って返答する。

「見せたところで何も無い」
「逃げる気か!?」
「いや、使えねぇって話だ」

 青年は冷静にそう返す。

「俺は、”駆霊術”が使えない」
「はぁ?」

 青年の言葉に、男は呆けたような声を出す。そして意図が伝わったのか、次の瞬間手を叩いて大笑いした。

「はっはっは! ”駆霊術”が使えないって!?」
「あぁそうだ。 だから俺に、火を使った襲撃は無理だ」
「そうかそうか! 冒険者風情に炎は贅沢だよな!」
「それに、目立つ事をするとお前の様な低脳な馬鹿に絡まれるしな」

 青年の言葉を聞き、高笑いしていた男の表情が一変する。

「お前なんて言った? 俺が馬鹿って言ったのか!? この”雑魚狩り”風情が!」
「何をしているんですか!?」

 怒りを募らせる男の前に、騒ぎを聞き付けた受付嬢・エミリーが割って入る。

 しかし、その時既に男の怒りは沸点を超えて爆発寸前であり、エミリーの登場すら意に介さず青年に掴み掛かる。

「どけ! 一発入れてやらねぇと気が済まねぇ!!」
「待ちなさい!」

 男の手が青年に伸びた時、受付嬢エミリーは見事な身のこなしで自身より二回りも体格の大きな男を制圧し、地に伏せさせた。

「な、何しやがる!」
「大人しくしなさい!」

 すると、それまで傍観していた周囲の人々が、エミリーの勇気ある行動に拍手を送る。
 程なくして、暴れた男は街の警邏隊へと引き渡された。

「あの、お怪我はありませんか……」

 しかしその時既に青年の姿はその場に無かった。

「あの野郎どこ行ったんだ。 エミリーちゃんが助けてくれたってのに」
「それにしてもすげーな。 美しいだけでなくあの強さ」
「全く隙が無いよな。 あれじゃ気軽に声掛けられねぇよ」
「そんなことしたらお前も投げ飛ばされるぞ」
「何言ってんだ! そんなのご褒美じゃねぇか!」
「出世なんてせず、永遠にこの街に居て欲しいぜ」
「エミリーたん……」
「なぁ、さっきからこの中に一人、変態が混じってねぇか?」

 そしてその一連のやり取りを遠巻きに見ている人影があった。

「”駆霊術”を使えない、”雑魚狩り”……」

 少年ハルは、そう呟くと足早にギルドへと入っていった。
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