上 下
32 / 60
第四章 嘘が誠となる時

1:七日後 :イーサン東の国境ティガレストにて

しおりを挟む



七日後。
サンブルレイドとは逆の西の国境であるティガレストへ到着したイーサンは、地元騎士団隊長へ情報を聞きに行った。

(この騒ぎのきっかけを作ったのは私だ。できることを精一杯するしかない)

イーサンは、ただその想いしかなかった。


「イーサン第二王子殿下、ご無沙汰しております。本日はどのようなご用件でしょうか?」

騎士団隊長は急なイーサン一行の訪問に、何事かと驚いた顔をしている。

「最近変わったことはなかったか?」

「変わったこと……特にはありませんが……」

イーサンは真顔で、騎士の表情変化を観察しながら尋ねる。

「珍しい集団が来たり、変な馬車が通ったり、変な輩が来たり、怯えている老人や女性がいたり……何でもいい。ここ一週間以内で何か気がついたことや気になったことはなかったか?」

「……特には……」

「……そうか。何か思い出したり、聞いたりしたらすぐに教えてくれ。今日はこの地に夜営する。我々がうろつくことを許してくれ」

「わかりました」

騎士団隊長の言動に違和感を感じなかったイーサンは、すぐに引き下がった。

(ここまでの道のりを怪しい所は見回りながら来たが、一切情報がない。こちら側へは来ていないのだろうか……取り敢えず今日明日はこの町や周辺を捜索しよう)

指示を出しに休憩を取っている騎士たちのもとへ戻っている途中、イーサンは一人の女性に声を掛けられた。

「あのっ、少し宜しいでしょうか……?」

20代前半のその女性は、腹部が大きく膨らんでいる。
妊娠をしているようで、臨月も近そうな大きさだった。

「なんだ?」

イーサンは真顔で言う。

イーサンに見下ろされ、威圧感に押しつぶされそうになりながらも、その女性はギュッと握り拳を作って口を開いた。

「人を探しています。体格は騎士様にとてもよく似ていて、左の頬に傷のある元騎士をご存知ではありませんか?  おそらく、あちらこちらを転々としているのではないかと思うのですが……」

「いや、知らん」

そう言い放ち立ち去ろうとしたその時、イーサンは"ハッ"として足を止めた。

「……その者の名は何と申す?」

「ローレンと名乗っておりました。本当かはわかりません。……とにかく身元の分からない人でした」

イーサンは目を見開く。

「……年は?」

「40代前半でしょうか? 恐らくそれくらいかと……」

「この町で出会ったのか?」

「一年ほど前に怪我をして現れたのです。私が介抱をしていました。傷も完治して、半年ほど前に気付くといなくなっておりました」

女性は腹部をさすりながら、髪はボサボサでやつれている。

「……何故探しているのだ?」

「……このお腹の子の父親なのです。伝える前に去ってしまったので……。せめて伝えたいと……」

「そして、出来たらこの町に戻って来て養って欲しいのだな?」

イーサンは一つも表情を崩さずに言った。

「……はい。私には父がおりますが、数ヶ月前に怪我をしてから仕事が出来なくなり、私も身重で……。……とても貧しい暮らしをしております。このままでは、この子を育てられるか……」

女性は目に涙を溜めている。

(初対面の俺にここまで話すのは、よほど切実なのだろうな……)

イーサンの目は同情の色をうつしていた。

「……その男が、もし悪人だったとしてもか……?」

女性は目を見開き、イーサンを見る。

「……一緒に過ごした半年間は、少なくともそのような人ではありませんでした」

女性は、真っ直ぐな眼差しでイーサンにそう言った。

「そうか……。もしどこかで会ったら、伝えておく」

それだけを言ってイーサンは立ち去ろうとしたが、足を止め、辺りを見渡した。

辺りに誰もいないことを確認すると、懐から巾着袋を取り出し、女性に手渡した。

「……元気な子が産まれることを祈っている」

それは、この町では半年は暮らせるほどの額の金だった。
女性は手の中の重みに目から涙が止まらない。
感激のあまりに感謝の気持ちは言葉に出来ず、渡されたお金をギューッと握って、ひたすら去って行くイーサンの背中を見送ったのだった。


イーサンは歩きながら、眉間に皺を寄せる。

(……父の名前を名乗る、左頬に傷のある、40代前半の元騎士……まさか、あのお方か!? しかし、一年前に怪我をしたとはまさか……父の死はただの事故ではなかったのか……?)








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】転生伯爵令嬢☆呪われた王子を男よけにしていたら、お仕置きされました!

白雨 音
恋愛
前世は男運の悪さで人生を失敗した___ 振られたショックから、前世を思い出した伯爵令嬢アンジェリーナは、魔法学園に通う十六歳。 二度と同じ過ちはすまい!と誓い、学生らしく勉学に励む事にする。 だが、アンジェリーナは裕福な伯爵家の令嬢ともあり、無駄に男を引き寄せてしまう。 その為、「セオドラ様が好きなの!」と、《呪われた王子》と呼ばれる第三王子を盾にしていたが、 本人の知る所となり…??  異世界恋愛:短編☆(全6話) 《完結しました》  お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆

【完結】双子の伯爵令嬢とその許婚たちの物語

ひかり芽衣
恋愛
伯爵令嬢のリリカとキャサリンは二卵性双生児。生まれつき病弱でどんどん母似の美女へ成長するキャサリンを母は溺愛し、そんな母に父は何も言えない……。そんな家庭で育った父似のリリカは、とにかく自分に自信がない。幼い頃からの許婚である伯爵家長男ウィリアムが心の支えだ。しかしある日、ウィリアムに許婚の話をなかったことにして欲しいと言われ…… リリカとキャサリン、ウィリアム、キャサリンの許婚である公爵家次男のスターリン……彼らの物語を一緒に見守って下さると嬉しいです。 ⭐︎2023.4.24完結⭐︎ ※2024.2.8~追加・修正作業のため、2話以降を一旦非公開にしていました。  →2024.3.4再投稿。大幅に追加&修正をしたので、もしよければ読んでみて下さい(^^)

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなた
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

私を溺愛している婚約者を聖女(妹)が奪おうとしてくるのですが、何をしても無駄だと思います

***あかしえ
恋愛
薄幸の美少年エルウィンに一目惚れした強気な伯爵令嬢ルイーゼは、性悪な婚約者(仮)に秒で正義の鉄槌を振り下ろし、見事、彼の婚約者に収まった。 しかし彼には運命の恋人――『番い』が存在した。しかも一年前にできたルイーゼの美しい義理の妹。 彼女は家族を世界を味方に付けて、純粋な恋心を盾にルイーゼから婚約者を奪おうとする。 ※タイトル変更しました  小説家になろうでも掲載してます

【完結】悲しき花嫁に、守護天使の奇跡は降りそそぐ

白雨 音
恋愛
伯爵令嬢フェリシアの元には、毎年誕生日に、差出人不明の絵が届いていた。 それはもう、約十年近く続いていたのだが、今年は一週間も遅れて届けられた。 しかも、その絵は《守護天使》で、今の自分の状況を見透かされている気がした。 フェリシアは結婚を三月後に控えていたが、この所、婚約者と上手くいっていないのだ。 先月、婚約式を挙げるまでは、優しい人だったのだが、今は他の令嬢に心を奪われている様だった。 援助目的の縁談ではあるが、先行きが不安で仕方が無い。 思い悩むフェリシアに声を掛けてくれたのは、見知らぬ令嬢だった___  異世界恋愛:短編(プロローグ+11話)※視点はほぼフェリシアです。  ※婚約者とは結ばれません。※魔法要素はありません。  《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆

悪役令嬢は国一番の娼婦を目指したい

冬野月子
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生したイザベラ。 娼館に追放されるエンドを回避しようと努力したものの叶わず… 「でもあんな王子に嫁ぐくらいなら娼婦になった方がマシ!」 複数の妻や愛人は当たり前、でも女には貞淑を求める。 そんな不公平なこの国で、いっそ男達を手玉にとる国一番の娼婦になってやる。 そう意気込むイザベラだったけれど、周囲の思惑は違うようで… ※娼館を舞台にしていますがR指定が必要な描写は出てきません。 思いついた勢いで書いたので設定等ゆるいです。軽い気持ちでお読みください。 (この話は小説家になろうでも公開しています)

【完結】恋を忘れた伯爵は、恋を知らない灰かぶり令嬢を拾う

白雨 音
恋愛
男爵令嬢ロザリーンは、母を失って以降、愛を感じた事が無い。 父は人が変わったかの様に冷たくなり、何の前置きも無く再婚してしまった上に、 再婚相手とその娘たちは底意地が悪く、ロザリーンを召使として扱った。 義姉には縁談の打診が来たが、自分はデビュタントさえして貰えない… 疎外感や孤独に苛まれ、何の希望も見出せずにいた。 義姉の婚約パーティの日、ロザリーンは侍女として同行したが、家族の不興を買い、帰路にて置き去りにされてしまう。 パーティで知り合った少年ミゲルの父に助けられ、男爵家に送ると言われるが、 家族を恐れるロザリーンは、自分を彼の館で雇って欲しいと願い出た___  異世界恋愛:短めの長編(全24話) ※魔法要素無し。  《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆ 

貴方にとって、私は2番目だった。ただ、それだけの話。

天災
恋愛
 ただ、それだけの話。

処理中です...