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第三章 怪しい雲行き
4:二週間後:嵐の始まり
しおりを挟む王子たちに召集がかかったあの日、"女王の病についての噂は事実無根である"との通達が全国にされた。
それにも関わらず、二週間が経った今でも、一向に噂が収まる気配はなかった。
数日前エリザベスは、サンブルレイド公爵を呼び出した。
本日中には城へ到着する予定である。
そんな時、王都の隣であるラングール領の領主が病に倒れたと連絡があった。
昔から懇意にしていたエリザベスは、サンブルレイド公爵の到着前に慌ただしく見舞いに行くこととしたのだった。
エリザベスはアシュリーとセリーナを連れて、ラングールへ馬車を走らせた。
見舞いを終わらせて屋敷を出ようとしたその時、屋敷内が急に騒がしくなった。
「陛下、輩が屋敷内へ入り込んだそうです! すぐ馬車へ乗って下さい!」
護衛の騎士がそう言うが、他の騎士がすぐに声を被せる。
「馬車が破壊されました! 陛下こちらへ!」
その騎士に誘導されるまま、エリザベスとアシュリー、セリーナは地下の部屋へ行く。
"ドンッ!!!"
「うわっ!!!」
扉を締めるとすぐに、馬車の破壊を告げた騎士が、もう一人の騎士を後ろから襲撃したではないか。
騎士はその場に倒れ込む。
(えっ、一体何ごと!???)
アシュリーとセリーナはエリザベスを守るように、前に立ちはだかる。
「あなたは、我が騎士ですか?」
アシュリーの問いに、その騎士はニヤッと笑って言った。
「いいえ?」
(我が騎士を襲って服を奪ったのね……)
アシュリーは奥歯を噛み締める。
セリーナは隣で震えながらも、キッとニセ騎士を睨みつけ、両手を大きく広げてエリザベスの前から一歩も動かない。
(陛下をどうにか助けなければ!)
アシュリーはふと、地下のはずだが日の光が差し込んでいることに気付く。
辺りを見渡すと、左の上部から光が差し込んでおり、どうやらここは半地下らしかった。
それは人の通れるほどの大きさの窓で、下には踏み台になりそうな棚まである。
(あそこから外に出られるかもしれないわ。それには、このニセ騎士をどうにかしないと……あっ! そうだ! まさかこれほどすぐに出番が来るとは……)
アシュリーは巾着の中からある物を取り出して、右手に握った。
「私を誘拐するつもり? ただでは済まないとわかっているの?」
エリザベスは険しい顔で、しかし冷静に言う。
「はいはい、わかってますよー。ちょっと待ってて下さいねー。すぐに迎えが来ますからねー」
ニセ騎士はずっとニヤニヤしていて、アシュリーは虫唾が走った。
「……あのっ、陛下はそろそろ薬の時間なのです。お水を下さい」
「はっ? お前、この状況で何言ってんだ?」
「私たちが逃げられる訳がないことくらいわかっています。それなら今私が出来ることは、陛下のお身体を少しでも大切にすることです。抵抗はしませんから、お水を下さい」
アシュリーは眉を下げて、わざと気弱そうに言った。
「ふん? まぁ水くらいくれてやるわ。ほれっ」
ニセ騎士は腰に下げていた入れ物をアシュリーに向けて投げた。
アシュリーがそれを取り損ねると、それはアシュリーとニセ騎士の真ん中辺り、ニセ騎士まで1mの所で止まった。
アシュリーはそそくさと拾いに行き、それを手に取る瞬間、右手に握った丸い球をニセ騎士の顔に目掛けて投げつけた。
「うわっ! なんだこれ!」
"ボンッ"
顔に当たったそれは煙を出して破裂し、ドロドロした黒い泥のようなものが顔中を覆った。
どうやら何も見えないようで、顔のものを取ろうと手でもがいている。
「さあ陛下、お水と薬をどうぞ」
アシュリーは口ではそう言いながら、手招きでエリザベスとセリーナを窓の方へ誘導した。
まずはアシュリーが窓から出て、エリザベスを引っ張る。下からはセリーナがエリザベスを押し上げている。
エリザベスが出た後、急いでセリーナも外へ出た。
「おい! お前! ふざけたことしやがって!これ、どうにかしろよ! じゃねーと許さねえぞ!!!」
後ろでニセ騎士が騒いでいるのは無視して、三人は急いで正門の方へ向かおうとした。
その時……
「どちらへ?」
アシュリー達三人の前に、城の騎士の格好をした三人の男たちが立っている。
先頭を切っていたアシュリーがジリッと少し後ろに下がると、エリザベスが小声で言った。
「うちの騎士ではないわ」
アシュリーはギリっと再び奥歯を噛み締める。
(エイダン殿下から、もっとあの玉を貰っておくんだった!!!)
アシュリーが悔やんでいると、男たちは動き始めた。
「迎えに行く手間が省けた。礼を言うぞ。邪魔が入ったら面倒だ。さっさと済ませよう」
三人一気にアシュリー達に向かって来て、あっという間に一人ずつ捕まえられた。
「あなた達、このお方が誰だかわかってやっているの!? 捕まったらタダではすまないわよ!」
大人しく捕まっているエリザベスとセリーナに対して、唯一抵抗をみせるアシュリー。
バタバタと手足を動かして逃れようとしている。
「わかっているに決まっているだろ! 女王だけ連れて行く! ……いや、何かの脅しの役に立つかもしれないな。侍女も一人連れて行くぞ!」
アシュリーを捕まえているリーダー格らしき人物がそう言うと、エリザベスとセリーナが連れて行かれる。
「待って! 私を代わりに連れて行って!」
アシュリーはもがきながらそう叫ぶ。
「お前みたいなジャジャ馬はいらねーよ!」
「キャッ!!!」
アシュリーは地面に叩きつけられた。
しかしすぐに立ち上がり、エリザベス達の後を追う。
すると今度は、リーダー格の男に鳩尾を殴られた。
「うっ……」
アシュリーは地面に込み上がってきた物を思わず吐き出した。
しかしすぐに再び立ちあがろうとすると、今度は左の頬を蹴られた。
アシュリーの身体は飛んだ。
……ように感じるほどに浮き、右側から再び地面に叩きつけられる。
この時地面に頭を打ち、意識は遠のいていったのだった……
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