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第三章 怪しい雲行き
3:アシュリーのリボン
しおりを挟む(やっぱりエイダン殿下も、決して悪い人ではなさそうよね。人見知りなのと、発明が好きなだけで……)
ガラガラとティーカップたちをのせたカートを押しながら、ポケットに入れた貰った謎の球を思い出していた。
アシュリーは近道の中庭を通った時、ふと声を掛けられた。
「アシュリー!」
アシュリーが足を止め呼ばれた方を見ると、ヴィクターが手を振っている。
"ドキッ"
心臓が大きく鼓動したことに気付かないフリをして、アシュリーはヴィクターのところへ行った。
「ヴィクター殿下、先日のサンブルレイドではとてもお世話になりました。ありがとうございました」
アシュリーは椅子に座っているヴィクターに、丁寧に頭を下げて礼を言った。
「こちらこそ。サンブルレイドについて興味を持ってもらえたようで嬉しかった。無事に帰城していてよかった」
ニッコリ笑うヴィクターの笑顔に、アシュリーは顔が熱くなるのを感じる。
(ああ、私は今日も体調が悪いのかしら?)
そんなとぼけたことを考えながら、アシュリーがヴィクターから目を逸らせずにいると、ヴィクターが口を開いた。
「陛下は変わりないか?」
「はい」
アシュリーの返事にヴィクターはホッとした顔をする。
アシュリーはふと、先ほど疑問に感じたことをヴィクターに聞いてみることとした。
「あのっ……イーサン殿下は戦争を好むのですか?」
「えっ、ああ。そういう訳ではないさ。ただアダム兄上は何事にも騎士の出動が第一選択ではないのだ。それに対してイーサン兄上は、自分が騎士ということもあり、騎士出動の選択をしやすい。だから、戦を好む者たち……や騎士家系は、騎士であるイーサン兄上に国王となって貰いたいって訳さ。自分達の地位を更に高めるためにも」
またしてもヴィクターは、丁寧に説明をしてくれる。
「なるほど。疑問が解けてスッキリしました。ありがとうございます! ……ところでヴィクター殿下は、こちらで休憩ですか?」
笑顔でそう言うアシュリーから、ヴィクターは少し目を逸らして言った。
「アシュリーが通るのではないかと思い、ここで待っていたのだ」
「えっ?」
「この間の宿にこれを忘れていた。宿主がわざわざ届けてくれたのだ」
ヴィクターが差し出したのは、リボンだった。
アシュリーはいつも、腰まである黒髪をリボンでポニーテールに束ねているのだ。
「ああ、どこがで無くしたのだと思っていました! わざわざありがとうございます」
「……大切なものか?」
アシュリーが受け取ろうとすると、ヴィクターは手を引きそれを拒んだ。
アシュリーはポカンとした顔で答える。
「えっ?……いいえ。日頃使っているものですが、特に思い入れのある物ではごさいません……」
「では、俺にくれないか?」
「えっ!?」
「……駄目なのか?」
「えっ、いえ、別に、そういう訳では……」
少しいじけたように言うヴィクターに、アシュリーは益々混乱した。
「……なぜ、そのような物を……?」
「用途があるのだ。いらないのなら貰うからな!」
ヴィクターは目を合わせずに早口でそう言うと、アシュリーの瞳と同じグリーンのリボンをポケットにしまった。
アシュリーが口を開けてポカンとしていると、後ろから声をかけられる。
「アシュリー? 何をしているの? 陛下がお呼びよ」
声を掛けられた方を見ると、セリーナが立っていた。
「あら、ヴィクター殿下」
「やあ、セリーナ。久しぶりだな。元気か?」
「はい。……イーサン殿下がとても肩を落として自室へ戻って行く姿を見かけましたが、何かあったのですか?……大丈夫でしょうか?」
セリーナがこのようなことをヴィクターに尋ねることに驚いた。
普段なら決してしないからだ。
「ああ、イーサン兄上ならきっと大丈夫だ。信じていよう」
アシュリーには、二人が親しいことがわかった。
セリーナは気を許しているように見えるし、ヴィクターの瞳も優しい。
親戚同士で年も近いため、昔から交流があったのかもしれない。
"チクッ"
(あれっ? 今度は胸が痛むわ。どうしたのかしら?お医者様に診てもらってほうが良いかしら?)
アシュリーがそんなことを考えていると、アシュリーが持っていた台車を手に取ったセリーナに再び声を掛けられる。
「アシュリー、これは私が片付けておくから、陛下のところへすぐに行くこと」
「はっ、はい! ではヴィクター殿下、失礼いたします」
そう言ってアシュリーは、ヴィクターの顔を見ずに頭を下げて挨拶し、足早にその場を去ったのだった。
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