21 / 60
第二章 シャインブレイド
7:サンブルレイド領③:おつかい
しおりを挟む結局食堂で店主のおすすめをいただいたアシュリーは、ヴィクターと向かい合って同じ物を食べるることにむず痒さを感じた。
「同じ釜の飯を食べたな。これで仲間だな!」
アシュリーが恐縮がっていると、ヴィクターはそう言って"ニカッ"と笑う。
"ドキドキ"
アシュリーは、胸の鼓動が速くなるのが多いことを、自覚し始めていた……
腹ごなしをしたあと、二人はエリザベスのお使いに行った。
サンブルレイドで最近流行っている、平べったい小麦粉のパンのような物を買って来て欲しいと言われたのだ。
店へ向かいながら、ヴィクターは説明をしてくれる。
「新鮮な物は入り難いが、小麦は隣の領地からたくさん仕入れることができていて豊富なのだ。それを、町の物が日持ちのする主食を……と、色々試行錯誤してくれているのだ。町には騎士の家族が多いからな」
「なるほど、遠征へ出る時に持って行けたら良いですものね」
「そうなのだ。パンは嵩張るしな。これは、薄くて持ち運びやすい。しかも小麦の密度が高くて、腹持ちも良いのだ」
とても丁寧にアシュリーに説明してくれるヴィクターの真面目な横顔を、アシュリーはジッと盗み見ていた。
「王都にはないからな。興味があるのなら、俺が持って行ったのに。わざわざアシュリーに遠路はるばる来させなくても……」
「陛下はきっと、私にサンブルレイドを見せたかったのだと思います。陛下は私に、勉強する機会を下さったのかと……」
エリザベスは、ヴィクターと二人の時間を過ごすだけではなく、アシュリーに外の世界を見せようとしてくれたのではないかと、アシュリーは思っていた。
「そうか……。"アシュリーのことは頼んだ"と母上から手紙を貰っている。短い間だが、しっかりエスコートするから任せてくれ!」
またしてもヴィクターの満面の笑みに、アシュリーは眩暈がしそうになる。
(この人は何というか……人たらし?)
アシュリーは、どんどんヴィクターから目が離せなくなって行っていた。
無事におつかいを済ませたあとは、ヴィクターが領内を馬で案内してくれた。
そうこうしているうちに日が暮れ、夕飯を済ませたあと、ヴィクターはアシュリーを町の宿へ連れて来てくれた。
「ヴィクターでん……ヴィクター様、本日は大変ありがとうございました。宿の手配までしていただき、申し訳ありません」
「町の宿で申し訳ない。本当は公爵邸へ宿泊させてもらえる予定だったのだが、公爵のご両親が急遽屋敷へ泊まることになったそうだ。久しぶりにお会いになるのに、私たちに気を遣わせては申し訳ない。私たちはここへ泊まろう」
アシュリーは別れの前に一日のお礼を言ったつもりだったが、何やら信じられない言葉が聞こえて来た。
「へっ……私たち?」
「ああ、俺も泊まる」
「えっ! そんな! ヴィクター様はどうぞ公爵様のお屋敷へお戻り下さいませ!」
「言っただろう? 治安が悪いのだ。アシュリー一人で町の宿に泊めるなんて出来ない。母上もお許しにならないだろう。隣の部屋も考えたが、それでは何かあった時にすぐに対処出来ないし心配だ。不満だろうが、同室を許してくれ」
「ど……同室!???」
テーブルへ荷物を置きながら淡々と言うヴィクターを見ながら、部屋の入り口でアシュリーは目を真ん丸に見開いて固まっている。
「母上にアシュリーのことを託されたのだ。俺には責任がある。我慢してくれ」
ヴィクターは真面目な顔でアシュリーを見て言う。
アシュリーが何も返事を出来ずにいると、ヴィクターが再び口を開いた。
「安心しろ。襲わないから」
"ニヤッ"とした笑みを浮かべてそう言うヴィクターに、アシュリーは一気に顔を真っ赤にした。
「なっ、そのような心配は全くしておりません!」
「そうか、なら問題ないな」
(ああ、もう。心臓がもつかしら……)
そう思いながらも、アシュリーは観念した。
「ああ、けど、俺以外は信用したら駄目だぞ? 俺以外の男は全員、ちゃんと疑えよ!」
そう言うヴィクターを、アシュリーはただ呆然と見ることしか出来なかった。
(……ヴィクター様は疑わなくて良いんだ……)
アシュリーは何故か、少しの寂しさを感じたのだった……
0
お気に入りに追加
78
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい
宇水涼麻
恋愛
ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。
「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」
呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。
王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。
その意味することとは?
慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?
なぜこのような状況になったのだろうか?
ご指摘いただき一部変更いたしました。
みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。
今後ともよろしくお願いします。
たくさんのお気に入り嬉しいです!
大変励みになります。
ありがとうございます。
おかげさまで160万pt達成!
↓これよりネタバレあらすじ
第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。
親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。
ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。
大好きだった旦那様に離縁され家を追い出されましたが、騎士団長様に拾われ溺愛されました
Karamimi
恋愛
2年前に両親を亡くしたスカーレットは、1年前幼馴染で3つ年上のデビッドと結婚した。両親が亡くなった時もずっと寄り添ってくれていたデビッドの為に、毎日家事や仕事をこなすスカーレット。
そんな中迎えた結婚1年記念の日。この日はデビッドの為に、沢山のご馳走を作って待っていた。そしていつもの様に帰ってくるデビッド。でもデビッドの隣には、美しい女性の姿が。
「俺は彼女の事を心から愛している。悪いがスカーレット、どうか俺と離縁して欲しい。そして今すぐ、この家から出て行ってくれるか?」
そうスカーレットに言い放ったのだ。何とか考え直して欲しいと訴えたが、全く聞く耳を持たないデビッド。それどころか、スカーレットに数々の暴言を吐き、ついにはスカーレットの荷物と共に、彼女を追い出してしまった。
荷物を持ち、泣きながら街を歩くスカーレットに声をかけて来たのは、この街の騎士団長だ。一旦騎士団長の家に保護してもらったスカーレットは、さっき起こった出来事を騎士団長に話した。
「なんてひどい男だ!とにかく落ち着くまで、ここにいるといい」
行く当てもないスカーレットは結局騎士団長の家にお世話になる事に
※他サイトにも投稿しています
よろしくお願いします
ドアマットヒロインにはなりません!
こうじ
恋愛
『これって不遇ルートまっしぐらじゃないっ!?』母親の葬儀の直後に父親が再婚宣言をした。その時、今の私の状況がよく読んでいた小説と似ている事に気づいた。『そんなの冗談じゃない!!』と自らの運命を切り開く為にしたヒロインの選択は……?
【完結】「父に毒殺され母の葬儀までタイムリープしたので、親戚の集まる前で父にやり返してやった」
まほりろ
恋愛
十八歳の私は異母妹に婚約者を奪われ、父と継母に毒殺された。
気がついたら十歳まで時間が巻き戻っていて、母の葬儀の最中だった。
私に毒を飲ませた父と継母が、虫の息の私の耳元で得意げに母を毒殺した経緯を話していたことを思い出した。
母の葬儀が終われば私は屋敷に幽閉され、外部との連絡手段を失ってしまう。
父を断罪できるチャンスは今しかない。
「お父様は悪くないの!
お父様は愛する人と一緒になりたかっただけなの!
だからお父様はお母様に毒をもったの!
お願いお父様を捕まえないで!」
私は声の限りに叫んでいた。
心の奥にほんの少し芽生えた父への殺意とともに。
※他サイトにも投稿しています。
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
※「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
※タイトル変更しました。
旧タイトル「父に殺されタイムリープしたので『お父様は悪くないの!お父様は愛する人と一緒になりたくてお母様の食事に毒をもっただけなの!』と叫んでみた」
【完結】婚約解消を言い渡された天使は、売れ残り辺境伯を落としたい
ユユ
恋愛
ミルクティー色の柔らかな髪
琥珀の大きな瞳
少し小柄ながらスタイル抜群。
微笑むだけで令息が頬を染め
見つめるだけで殿方が手を差し伸べる
パーティーではダンスのお誘いで列を成す。
学園では令嬢から距離を置かれ
茶会では夫人や令嬢から嫌味を言われ
パーティーでは背後に気を付ける。
そんな日々は私には憂鬱だった。
だけど建国記念パーティーで
運命の出会いを果たす。
* 作り話です
* 完結しています
* 暇つぶしにどうぞ
【完結】愛されないのは政略結婚だったから、ではありませんでした
紫崎 藍華
恋愛
夫のドワイトは妻のブリジットに政略結婚だったから仕方なく結婚したと告げた。
ブリジットは夫を愛そうと考えていたが、豹変した夫により冷めた関係を強いられた。
だが、意外なところで愛されなかった理由を知ることとなった。
ブリジットの友人がドワイトの浮気現場を見たのだ。
裏切られたことを知ったブリジットは夫を許さない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる