18 / 60
第二章 シャインブレイド
4:イーサンと草原にて②
しおりを挟むアシュリーが草原のイーサンが見える所まで辿り着いた時、ちょうどイーサンが立ち上がるのが見えた。
(いやー、待ってー!!!)
「イーサン殿下ー!!!」
息を切らしながら、何とかそれだけを叫ぶ。
脚はもうガクガクだ。
(すっかり体力が落ちてしまったわ……)
アシュリーの声に立ち止まり振り返ったイーサンを見ながら、アシュリーはそんなことを考えていた。
「ああ、えっと……アシュリーだったな」
「はいっ! こんにちは! ゼエゼエ、ハアハア……」
イーサンの目の前で、両膝に両手を置いて乱れた息で呼吸をしているアシュリーの後頭部を見ながら、イーサンは急に笑った。
「ふっ。それほど急いで来たのか? 伯爵令嬢がそれほど息を切らしているところを初めて見た。ははっ」
(普通に笑えるんだ……)
そんな失礼なことを考えながら、アシュリーは一生懸命に呼吸を整えようとしている。
「はあ、はあ……。はい、お会いしたかったのです……。はい、お急ぎですか?……はあ、はあ……」
「いや、今日はスケジュールに余裕がある。全く急いではいない。アシュリーも時間があるのなら、最近の陛下の様子を教えてくれ」
もう真顔に戻っているイーサンは、先ほどまで座っていた場所に再び腰を下ろした。
「はい、是非っ!」
「話しにくいから座れ」
「はっはい! 失礼いたします」
アシュリーはおずおずと、イーサンの隣1mに腰を下ろした。
「で、私に何の用だったのだ?」
「あっ、先日お会いした時に、陛下の様子を知らせて欲しいと仰っていたので、取り敢えず一度お話が出来たらと思ったのです」
「陛下に何かあったのか!?」
「あっ、いえ……現状をお伝えしていた方が、今後変化があった際にお伝えし易いと思っただけです……」
イーサンはホッとした顔をした。その顔を見て、アシュリーもホッとする。
「そうか。何かあった訳でないのならよかった。で、現在の状況とは?」
「はい。日常生活や仕事への影響は明らかではありませんが、少しずつうっかりした場面が見受けられるます」
「"うっかり"か……」
「はい……。人に貸したことを一瞬忘れてはすぐに思い出すといったことが、本日もありました」
「そうか……病は確実に芽を出して来ているのだな……」
変わらない真顔で何やら考え込んでいる様子のイーサンに、アシュリーは思い切って声をかける。
「あっあの、王子殿下方は大変仲が良いと伺いました。他の王子殿下と、陛下のお話をなさったりすることはありますか?」
「ああ、勿論ある。特に兄上のもとには定期的に訪ねるようにしているし、兄上と話すことが一番多いな」
「ああ、やはりご長男ですものね……」
アシュリーはイーサンがアダムを訪ねる理由を"長男だから"だと捉えて、そう言った。
しかしイーサンは肯定も否定もせずに、無表情で前を見ている。
「……イーサン殿下? どうかされましたか?」
「いや……。陛下も兄上も、体調が心配だからな……」
「ご兄弟で情報共有をなさっているのですね」
「それは勿論だ……。俺は第二王子だ」
淡々と真顔で言うイーサンだが、アシュリーは発言の中に"含み"を感じた。
「……第二王子殿下だから、何ですか?」
「えっ?」
アシュリーの質問に、イーサンは驚いた顔をしてアシュリーを見た。
「……失礼でしたら申し訳ありません。続きがあるように感じましたので……」
イーサンは驚いた顔のまま、少し思考を巡らせているようだ。
「さすがだな。陛下の親友マーズ様のご令嬢……。陛下から、マーズ様は"とても賢くて器量も良い、自分が唯一憧れる女性だ"と聞いている。アシュリーはしっかりとその血を受け継いでいるようだな」
イーサンは"ニッ"っと口角を僅かにあげて笑った。
目も少し笑っているようにも感じる……。
(陛下はお母様のことをそのように王子殿下方に伝えて下さっているのですね……!?)
アシュリーは僅かな記憶しか残っていない母マーズに対する賛辞が、嬉しくて嬉しくて、身体中が暖かくなるのを感じた。
「……会話の内容は、全て陛下に報告するのか?」
イーサンはもう真顔に戻り真面目にそう言うので、アシュリーも緩みかけていた頬を引き締める。
「……話した方が良いと思うことは報告いたします」
「そうか……」
少しの間があく。
この小高い草原からは武術練習場がよく見える。
(今度から、何かあればここからイーサン殿下の様子を伺えば良いわね……)
アシュリーがそう思いついた時、イーサンが
口を開いた。
「……私は第二王子だ。兄上が王位継承出来なければ、またはしなければ、次の候補は私だ」
アシュリーは目を見開き、"バッ"とイーサンの顔を見た。
イーサンは変わらず、武術練習場の方を真顔で見ている。
「……次期国王におなりになりたいのですか……?」
アシュリーは"ゴクリ"と一つ唾を飲んでから尋ねた。
「兄上は素晴らしいお方だ。王になる器もあると思う。だが、病弱な国王では悪人が付け入る隙も多く、国が不安定になってしまう。国民も安心出来ないだろう」
イーサンは視線をそのままにそう言うと、立ち上がった。
そしてアシュリーを見て言った。
「そろそろ戻る。何かあれば、またいつでも来てくれ。連絡をくれれば私からも会いに行く」
アシュリーは去るイーサンの大きく広い背中を見つめながら思った。
(王子殿下方は、陛下の耳に入れたくないことを私には言わないはず。イーサン殿下は伝えるかどうかをわざわざ確認してから言ったということは、陛下に伝えて欲しくてわざと私に言ったに違いないわ……)
その夜、アシュリーはエリザベスへ報告した。
「一つ気になったのです。イーサン様なら、陛下へ直接お話になるのではないかと思いまして……」
書斎でいつものようにエリザベスの机の前に直立して、アシュリーは言う。
「言って来たことはあるのよ」
「えっ?」
真顔で言うエリザベスに、アシュリーは少し驚いたが、すぐに(やっぱりそうなのね)そう思った。
「けれど私は、"次期国王は私が決める"それだけを伝えて、話をそこで打ち切ったの。だからイーサンは、私にはもう直接言って来ないのよ。ふふっ。空気も読む子なの」
最後はわざとふざけた様にエリザベスは言った。
「やはりまだ、同じ考えなのね……」
エリザベスはそう呟くと、少し目を伏せた。
目の下にはクマが出来ている。
「陛下、お疲れなのではありませんか?」
「ええ、少しね。最近噂話がよく耳に入ってくるの……」
エリザベスはそう言って、アシュリーを見て苦笑いした。
「噂話?」
「ええ、国民の間でも、次期国王に誰がなるのかという関心が増えているようなの。……皆を不安にさせているようね……」
「そうなのですね! 私も少しでも多く情報を聞き出せるように頑張ります!」
アシュリーは思った。
(ゆっくりしてられないわ)
0
お気に入りに追加
78
あなたにおすすめの小説
記憶喪失になったら、義兄に溺愛されました。
せいめ
恋愛
婚約者の不貞現場を見た私は、ショックを受けて前世の記憶を思い出す。
そうだ!私は日本のアラサー社畜だった。
前世の記憶が戻って思うのは、こんな婚約者要らないよね!浮気症は治らないだろうし、家族ともそこまで仲良くないから、こんな家にいる必要もないよね。
そうだ!家を出よう。
しかし、二階から逃げようとした私は失敗し、バルコニーから落ちてしまう。
目覚めた私は、今世の記憶がない!あれ?何を悩んでいたんだっけ?何かしようとしていた?
豪華な部屋に沢山のメイド達。そして、カッコいいお兄様。
金持ちの家に生まれて、美少女だなんてラッキー!ふふっ!今世では楽しい人生を送るぞー!
しかし。…婚約者がいたの?しかも、全く愛されてなくて、相手にもされてなかったの?
えっ?私が記憶喪失になった理由?お兄様教えてー!
ご都合主義です。内容も緩いです。
誤字脱字お許しください。
義兄の話が多いです。
閑話も多いです。
追放された薬師は騎士と王子に溺愛される 薬を作るしか能がないのに、騎士団の皆さんが離してくれません!
沙寺絃
ファンタジー
唯一の肉親の母と死に別れ、田舎から王都にやってきて2年半。これまで薬師としてパーティーに尽くしてきた16歳の少女リゼットは、ある日突然追放を言い渡される。
「リゼット、お前はクビだ。お前がいるせいで俺たちはSランクパーティーになれないんだ。明日から俺たちに近付くんじゃないぞ、このお荷物が!」
Sランクパーティーを目指す仲間から、薬作りしかできないリゼットは疫病神扱いされ追放されてしまう。
さらにタイミングの悪いことに、下宿先の宿代が値上がりする。節約の為ダンジョンへ採取に出ると、魔物討伐任務中の王国騎士団と出くわした。
毒を受けた騎士団はリゼットの作る解毒薬に助けられる。そして最新の解析装置によると、リゼットは冒険者としてはFランクだが【調合師】としてはSSSランクだったと判明。騎士団はリゼットに感謝して、専属薬師として雇うことに決める。
騎士団で認められ、才能を開花させていくリゼット。一方でリゼットを追放したパーティーでは、クエストが失敗続き。連携も取りにくくなり、雲行きが怪しくなり始めていた――。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください。
アーエル
ファンタジー
旧題:私は『聖女ではない』ですか。そうですか。帰ることも出来ませんか。じゃあ『勝手にする』ので放っといて下さい。
【 聖女?そんなもん知るか。報復?復讐?しますよ。当たり前でしょう?当然の権利です! 】
地震を知らせるアラームがなると同時に知らない世界の床に座り込んでいた。
同じ状況の少女と共に。
そして現れた『オレ様』な青年が、この国の第二王子!?
怯える少女と睨みつける私。
オレ様王子は少女を『聖女』として選び、私の存在を拒否して城から追い出した。
だったら『勝手にする』から放っておいて!
同時公開
☆カクヨム さん
✻アルファポリスさんにて書籍化されました🎉
タイトルは【 私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください 】です。
そして番外編もはじめました。
相変わらず不定期です。
皆さんのおかげです。
本当にありがとうございます🙇💕
これからもよろしくお願いします。
三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃
紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。
【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。
国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。
ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。
即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。
そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。
国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。
⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎
※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!
【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。
海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】
クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。
しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。
失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが――
これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。
※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました!
※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。
婚約破棄された地味姫令嬢は獣人騎士団のブラッシング係に任命される
安眠にどね
恋愛
社交界で『地味姫』と嘲笑されている主人公、オルテシア・ケルンベルマは、ある日婚約破棄をされたことによって前世の記憶を取り戻す。
婚約破棄をされた直後、王城内で一匹の虎に出会う。婚約破棄と前世の記憶と取り戻すという二つのショックで呆然としていたオルテシアは、虎の求めるままブラッシングをしていた。その虎は、実は獣人が獣の姿になった状態だったのだ。虎の獣人であるアルディ・ザルミールに気に入られて、オルテシアは獣人が多く所属する第二騎士団のブラッシング係として働くことになり――!?
【第16回恋愛小説大賞 奨励賞受賞。ありがとうございました!】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる