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18:マストの配慮

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マリーの願いに、マストは驚いた顔をした。

(これほど驚いた顔を見るのは初めてね)

マリーはマストを見つめながら、そう思った。

「本気か?」

「はい。子ども達と離れたくないのです。離縁はしますから、どうかそれで私をこの屋敷へ置く事をお義母様に許して頂ける様、旦那様から頼んでは頂けないでしょうか?」

マリーは目に涙を浮かべながら言った。

「……」

マストは"ジッ"とマリーを見た。

「宜しくお願い致します……」

マリーは縋るようにマストのシャツを右手で掴み、"クシャッ"と思い切り握った。

「……この屋敷の主人は俺だ。離縁をするかどうかも俺が決める事だ。……それでも、それがお前にとって最善の案か?」

マリーは驚いてマストを見上げた。
遠回しに、『離婚をしたくない』と言っている様に聞こえたのだ。

見上げたマストの眉間には、僅かに皺が刻まれていた。

「……この様な事があり、流石にお義母様に逆らってまで妻として居座る事は出来ません・・・。ギスギスした環境の中で子ども達を育てる事も極力したくはありません」

マリーはマストを見上げたまま言う。
マストは眉間の皺を一瞬更に深くしたが、すぐに顔を逸らした。

「……わかった。お前の良い様にすると良い。母上には私から言っておく。反対をしても、私の決定がこの屋敷の決定だ。お前を侍女として雇う」

マストはそう言って、夫婦の寝室から出て行った。
そしてその夜はもう、戻っては来なかった。
その翌日以降も、マリーがいる間はマストがその寝室で眠る事はもうなかった。



マリーがマストに侍女として雇って欲しいと頼んだ翌々日、タンブール伯爵邸へブルースが来訪した。
ローレルに会っているとのことで、マリーは応接間近くの廊下で話が終わるのをソワソワしながら身を潜めて待っていた。

「お兄様!」

応接間からローレルが退室し、その後出て来たブルースに、身を潜めていたマリーは駆け寄って声を掛けた。

「マリー……」

マリーを見て、ブルースは優しく微笑んだ。

「マリー、少し二人で話せるかい?」





マリーはブルースを自室へ案内した。

「マリー、ローレル婦人へ全額返金したよ」

「えっ!?」

マリーは驚きに目を見開いた。
そして"ゴクッ"と唾を飲み込んでから、尋ねた。

「……あの様な大金をどのように準備されたのですか??」

ローレルに全額返金をしたと聞き、ブルースが悪事に手を染めたのではないかとマリーは心配になる。
そんなマリーの心配そうな表情を見ながら、ブルースは苦笑いをした。

「やはり知らないのだな。……実は、タンブール伯爵が立て替えて下さったのだ」

「えっ……」

マリーはあまりにも意外な名前が出て来て驚いた。

「ローレル婦人にはその事は言わずに、自ら用立てた事として返済をして欲しいと言われたのだ。伯爵が立て替えた事を知れば、ローレル婦人の怒りは収まらないだろうからと」

「……」

「……離縁の事を聞いたよ。伯爵が直々に訪ねて来て下さり、金を貸してくれた。マリーを侍女として雇うに当たり屋敷の中で居づらくない様に、ローレル婦人の怒りを出来るだけ収めたいと」

マリーは驚きの感情しか湧かず、何も声が出なかった。

「更に、我がプルドー男爵家を立て直す為の金まで貸して下さった。全て無利息、無期限で良いと……」

「旦那様……何故、そんな……。離婚をするのに……そこまで……」

「伯爵はただ、迷いはなく俺のことを信用している……とだけ仰ったよ」

ブルースはそこで穏やかな微笑みを浮かべ、明るい声で言った。

「伯爵は、お前と子ども達の事を大切に想っているのだな」

マリーはブルースの発言を聞き、一気に冷静さを取り戻した。

(そうか、だからか。私のためではなく、子供たちの為ね……。全額返済されたからといって、お義母様はもうプル度ー男爵家を許さないわ。私のことも許さない。離縁は免れないわ。だから、私の希望を叶えて下さるために、考えて下さったのね……。)

 
「母上の事も心配は不要だ。以前の貧乏生活に戻るだけだ。お前も新しい生活を頑張るんだぞ。俺は伯爵に必ず完済するからな!」

そう明るく断言をしてから、ブルースは帰って行った。








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