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8:何も知らないくせに
しおりを挟むマストと一緒にケーキを食べながらお茶を飲んでいる時に、マストを見ながらマリーは尋ねた。
「ケーキのお味は如何ですか?」
「ああ、まあ良いのではないか」
この返事は合格点だったという事だ。
マストは美味しくない時や物足りない時にはっきりと言う。
そして美味しい時の返事は、決まってこれであった。
(どうして美味しいって言わないのかしら? ……面倒臭い)
マリーは溜め息をつきながら、黙々とケーキを食べているマストを見た。
(……本当にいつもながら、作り甲斐がないわね……)
そう心の中で呟き、もう一つ大きな溜め息をつく。
「また少し太ったのではないか?」
ふいにマストに言われて、マリーは一瞬顔が引き攣った。
「……旦那様が私の外見について何か発言をする時は、本当にいつもそれですね」
「そう見えたから言っただけだ」
「……」
「また、君の母上が大量の菓子を持ち屋敷へ訪問して来たのであろう」
マストは明らかに呆れた顔をして言った。
マリーの母は数ヶ月に一度、大量の菓子を持参し屋敷へ来るのだった。
その時はいつも一緒に菓子を食べながら、夫でありマリーの父親であるブラックの愚痴を数時間延々と話してから帰って行く。
「……」
マリーは何も言わず、不満気な顔を露わにしてマストを見る。
しかし、マストがマリーの顔を見ることはなかった為、マリーの表情に気付くことはなかった。
マリーの母の来訪は、マリーにとっては全く喜ばしい事ではないのだ。
自分の子どもに自分の配偶者の愚痴を言う母親を、マリーは軽蔑していた。
マリーはいつも、
”母のような大人にはならまい"
”母のような妻にはならまい"
”母のような母親にはならまい"
そう心の中で誓いを立てながら、苦痛な時間が過ぎ去るのをただ只管耐えるのだ。
その為、自然に菓子へ手が伸びる。
母の話を話半分に聞き流しながら、ひたすら母の持って来た菓子を無心に胃に流し込み続けるのだ。
それほど嫌ならば受け入れなければ良いではないか、と思うかもしれない。
マリーは、母を嫌いにはなれずにいるのだ。
貧乏男爵家だった頃、母が苦労していた姿を見ている。
そんな中、マリーと兄をちゃんと育ててくれた。
裕福ではなかったが、ひもじい思いもせず、特に苦労をすることなく成長することが出来たのだ。
育ててもらった感謝の気持ちはある。
そのため、親孝行だと思って母親の相手を断らずにいるのだ。
(お母様は他に捌け口がないのよね……)
それもマリーはよくわかっているため、突き放せないのだ。
母が帰宅した後はいつも胃もたれを起こしているが、母の手土産である菓子が無くなるまでは呪いの様にマリーの中に不快感が漂い続ける。
その為マリーはいつも、母が来た後の数日間はお菓子が無くなるまで、ひたすら食べ続ける。
そして、その度に脂肪も蓄えられるのだった。
マストはただ単に、”マリーが菓子が好きで自分の欲求を抑えられずに食べたいだけ食べている”と、呆れているのだろう。
(何も知らないくせに……)
マリーはマリーのことを知ろうともしてくれない夫へ、不満を募らせる。
それと同時に自分に優しくない夫を再認識し、いつも悲しい気持ちにもなるのだった。
(両親のようにはなりたくないのに……。私は仲の良い、お互いを思い遣り合う夫婦になりたいのに……)
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