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7話 この感情の名前とは
しおりを挟む7月
学校祭の準備期間に入って、学校全体が落ち着かなくなった。
この浮かれた勢いにのって、告白してくる女子に俺も椎木も呼び出されたりしていた。
椎木はどうかわからないけど俺は他校にいる設定の恋人のために断る。中には彼女がいても良いとか、いつかの先輩のように一回だけ抱いて欲しいとまで言う女の子がいたが、全て断っていた。
たぶんそれは当たり前の事なんだろうけど、今までの俺にその当たり前が出来たかと言うと甚だ疑問だ。
実際の恋人の拓実とは連絡は取り合っているものの落ち着いて会えるようなタイミングもなく、友だちと言うには不自然な俺たちは廊下ですれ違った時に挨拶をする程度しか関わることが出来ない。
「瀬戸っち、ミナミ知らない?」
賑やかな廊下に座っている俺の横にマイがくる。珍しく半袖のTシャツに制服スカートで長い髪の毛を後ろに手で押さえている。
「椎木とどっか行ったぽい。たぶん購買じゃね?」
「瀬戸っち髪結んで。妹のやったことある?」
「うちのお嬢いま中3よ?結んでやったの小学生の頃だわ」
俺は笑って、背を向けて座るマイの髪に手を伸ばす。サラサラとしていて気持ちが良い。
「彼女と最近どう?女の子の誘いいろいろ断ってるんだって?」
「何の調査よ」
マイがアハハと明るく笑う。
「あんまり会えんのよね。そーゆー付き合い方した事ないから何か実感ねーわ。マイは?大学生の彼氏」
「平日は滅多にあわないかなー。週末泊まったりはするけど。」
「ま、友だちと遊べるしちょうど良いべ」
「でも瀬戸っち今回の子結構続いてるよね?もしかして好きなんだー?」
「好きかなんかなぁ?でもその人、初めての相手俺じゃないからジェラシー」
髪を結び終えるとマイはそのまま俺によりかかって恋人のような体勢になる。
「え!?初めての相手とか気にしちゃう??瀬戸っちにそこ気にしてほしくない!むしろ“初めての子なんて面倒くせぇわ”とか言ってよ。キャラ的に。」
「ふっは、俺どんなキャラよ?っつーか、確かに今まで気にした事無かったわ。」
「でも今はジェラシー?」
「あー、たぶんこのモヤモヤはジェラシーっすね。」
俺がおどけて言うと、アハハとマイは楽しそうに笑った。
ジェラシーか、、?何かモヤモヤとした謎の違和感。その感情が初めてなので俺はソレの名前を知らない。
「おーいマイ、1年女子が羨望の眼差しで見てんぞ」
椎木とミナミがお菓子を手に戻ってきた。
「何の話してたのー?」
ミナミの言葉にマイが
「瀬戸っちのジェラシーの話」
「瀬戸にそんな繊細な感情あんのかよ」
言いながら俺のすぐ横に椎木は座って、その足の間に収まるようにミナミが座る。
4人いるのにコンパクトに収まる俺たち。
温かくて心地良い。この距離感は俺に安心感を与えてくれる。
いつか栞里ちゃんが、俺は愛情に飢えてるって言っていてその意味はよくわからなかったけれど、人と触れ合ったり普通より近い距離に安心出来るって、そういう事なんだろうか。
学祭が終わるとすぐに定期試験が近づいて、1度だけ俺は拓実と勉強しようと家に呼んだものの、高校生の俺たちはすぐ別の事に熱中してしまって勉強にならなかった。
拓実に構っていたかったが仕方がないので真面目にそれぞれ勉強に取り組み、どうにか試験から解放された。
次の日、俺にとって笑えない事件が起こった。
その日俺は久しぶりの図書委員の役割が回ってきて図書室にいた。
拓実は頻繁に図書室を覗いているようで、その日も俺が準備室で寝ているとやってきた。
でもその日、拓実のすぐ後からもうひとり入ってきたので、俺はそいつが居なくなるまで準備室でのんびりしようと携帯を見ていた。
「吾妻ってさ、本当に男が好きなの?」
「何、しつこい。」
「学祭の日、見たよ。中学の時の先輩、お前んちに行ったよね?あれって吾妻がヤッたって先輩でしょ?」
ーん?
俺は突然始まった話の内容に心臓がドキリとした。
「、、、影山に何の関係あんの」
「関係あるって。ー俺さ最近気づいたんだけど、お前のこと好きだわ。」
ーおいおいおいおい
準備室の小窓から図書室を見る。
あぁ、あいつだ。前に拓実のことを図書室でいろいろ言ってたヤツ。
「俺好きな人いる。」
拓実は睨むようにそいつを見て言い切った。
「その先輩?まだ続いてんの?」
「違う。」
「ウソくせ。じゃあ何で今もあの先輩に会ってんの?ヤったってあいつだろ?中学卒業する前から付き合ってたんだろ?」
「ーだったら何!?」
俺は拓実を助けに行こうとしたのに行くことが出来なかった。その影山と呼ばれた男と拓実のやりとりに動くことが出来なかったからだ。
ーそうだ、、、モヤモヤとした違和感の正体がわかった。
拓実は中学の時から俺をずっと好きだったって、俺に言っていた。
ーじゃあなんで男との経験があるんだ?何かしらの出来心があったとしても、たった1回の経験であんなに簡単に男を受け入れられるモンじゃないよな?
俺だってちゃんと下調べしたさ。男同士がヤるのはそんな簡単じゃねーんだよ。
影山は拓実に近づいて、拓実は本棚を背にじりじりと追い詰められる。
「俺ともやろうよ。付き合わなくて良いから」
そう言って拓実の腕を掴むと顔を寄せて、キスをした。
「やめろよっ!」
瞬間拓実がキレて影山を突き飛ばす。
「俺に近づくな!」
「っつ、、何だよ、チクショウ」
派手に机にぶつかったそいつは拓実を睨みつけると図書室から出ていった。
拓実は腕で口元を乱暴にごしっとこすると、力が抜けたようにその場にしゃがみ込む。
「拓実」
俺の声に、しゃがみ込んだままビクッと体を震わせて俺を見上げた。
「!!、、瀬戸さん、、」
「ーあいつボコボコにしようか?」
顔をそむけて首を横にふる拓実に、同情と怒りのようなものが同時に湧き上がる。
「ごめんなさい」
「ーさっきの、キスのこと?」
「はい」
「あー、、、別に、怒んないよ。アレはお前のせいじゃないっしょ」
自分では普通に言ったつもりだったのに、笑って言うことが出来なかった。
俺は横にしゃがんで拓実を見る。
男にしておくには勿体無い容姿をして、でも中身は結構ちゃんと男だからアンバランスで。
弱そうに見えて強い。芯が通っている。
そんな拓実がずっと俺を好きだったと言ったから、俺はその言葉に少し心を動かされたんだ。
「でも聞きたいんだけど、、」
その続きを言うなと俺の中で警鐘が鳴る。もうそれ以上しゃべるな、と。なのに自分の意思とは関係なく口が動く
「学祭の日、その先輩とヤったの?」
「ヤってない!!」
弾かれたように否定する。
「、、、」
「確かに会ったけど、、何もしてない。」
ー瀬戸大地、頼むからそれ以上首を突っ込むな。たぶんそれは良い結果にならない。
「そいつ、拓実の最初の相手?付き合ってた?」
俺の射るような視線に耐えかねて俯いた拓実は「はい」と小さく肯定した。
俺は声をあげて笑った。
驚いたように拓実が顔を上げたのがわかったけど、俺は拓実を見なかった。
「ーなんだ、、ずっと俺のこと好きだったワケじゃねーじゃん」
「!!それは、、」
拓実が何か言いかけたが俺は手でそれを遮る。
「悪いけど、もうココ閉めるから、帰って」
「瀬戸さん!」
「、、、」
自分の方を見ようとしない俺に暫く立ち尽くしていた拓実は、やがて静かに図書室を出て行った。
ーわかってる。俺が怒る立場じゃねぇよ。
俺と付き合う前の話だろ。
拓実と付き合ってすぐ浮気した俺を拓実が責めたか?
だけど俺は無性にイラついている。
ステータスでも一時の好奇心でもなく、拓実だけは本当にずっと俺を想っていたんだと思ったから。
胸の中に黒いドロドロしたものが押し寄せる。
図書室があまりにも静かで、その静寂に吐きそうだ。
ずっと刺さったままだった棘は、もう取れないほど深く刺さっている気がした。
こんな感情の名前を、俺はまだ知らなかった。
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