リアルな恋を描く方法

ふじのはら

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四章【九条ゆい】※R18含む

6 これって、、?

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大学2年の秋。
バイト先の書店でその名前を聞く機会があった。

「蒼くんて、前は本店にいたんだよね?」
レジにくる客の波が途切れた時に、パソコンで本の検索をしていた塚本くんが俺に聞いた。
「去年の12月までいたよ?何で?」
そう答えたところでお客さんに声をかけられて接客に戻る。

相変わらず“あおい書店”でバイトをしているけれど、ここは本店じゃない。あの店にどうしても居ることが出来なくて隣駅の店舗に移してもらったのだ。
今度は夕方から閉店までの遅番で入っていて、同じ大学の同じ2年生の塚本くんとはすぐに仲良くなった。遅番は全員が同じ大学の学生だった。

「ぁ、あった。これだ。」
お客さんと話を終えて塚本くんを振り返った時、パソコンの画面が目に入ってドキリと心臓が高鳴った。
「このさ、“九条ゆい”って、本店でよく本買ってたらしいよ?蒼くん会ったことあるんじゃない?」
「え、え!?あ、そうなの!?や、でも流石に顔わかんないや」
しどろもどろの俺には気が付かずに、塚本くんは予約フォームを伝票を見ながら入力していく。
「それが顔出ししてるらしいんだよね。しかも男だったんだって。かなりイケメンの若い男で、BLファンの人達の中では相当騒がれてるって。友だち情報だけど。」
「え、うそ!?どこで見れんの!?顔!」

どう言うことだ??何かの弾みに素顔がばれた?素顔を晒すのを嫌っていたのに?

「SNSで九条ゆいのアカウント探したら見つかると思うよ?顔出しって言ってもマスクもしてるから全部がわかるような写真じゃないんだけど、、」
「へぇ~。本人が顔出ししたのかな?もしかして流出?」
「本人本人。ほら、連載が来週で最終回だからその宣伝?みたいな感じで。コミックもたぶんあと2巻かな?」
「帰ったら探してみようかな」

あぁ。小鳥遊タカナシ穂積ホヅミの話、遂に終わるのか。
去年の春にテレビアニメ化して、今年の冬は映画をやる筈だ。
元々エロシーンの多い漫画をアニメ化するって言うんで、ほとんど描き直しに近い状態になってあの人はすごく忙しくなったんだよな、、。
もとの原作の、手を拘束されるシーンはモデルを俺がやったし、話を真似して2人で目隠しや拘束して実際にやったこともあった。そのせいで話を描く時に俺の姿がチラついて苦労した、と当時あの人は笑っていたっけ。

思い出も、思い入れもありすぎて、その話はあの時から読んでいない。SNSのチェックもずっと避けていた。塚本くんの話では相変わらずBLコミックの中では注目度は高く、コミックの予約も多くなりそうだ。

顔出ししているという話がもの凄く気になった。ハヤトさんは知っているだろうか?
久々にその名前を聞いた俺は、まだ変わらず胸の奥に痛みを感じた事に少しだけ呆れて、同時に少しだけ安心した。


「珍しいな、こんな遅い時間に急に来るの」
「急にごめんなさい。ちょっとハヤトさんに聞きたい事あって、、」
閉店後すぐにハヤトさんに連絡をして、そのまま彼のアパートへ来た。
ハヤトさんもバイトから帰ってきたところで、夜の10時を過ぎている。

「あの、、、」
「?どーした?、、、あ、もしかして、イトの事?」
察しの良いハヤトさんに俺はおずおずと頷いて見せた。
「バイトの友だちが”九条ゆい”が顔出ししてるって、、」
「あー、、うん」
「SNSで簡単に見つかるって言われたんだけど、見る勇気ないっていうか、、」
「うんうん、それで俺に経緯を聞きに来たってことか。ー変わらないねぇ、蒼くん。」
ハヤトさんは懐かしそうに俺をみて笑う。

「その友だちの言う通り。“小鳥遊タカナシ穂積ホヅミ”が連載終わるのと映画の番宣を兼ねてるみたいよ?」
「じゃあやっぱり自分から、、」
「いや~イトが好きでやってるってより周りの提案とかじゃない?今1人でやってることって少ないと思うし。」
2人はテーブルに広げたコンビニ弁当を食べ終わり、ハヤトさんの淹れたコーヒーを飲んでいた。
ハヤトさんの知っている事は、殆ど塚本くんの知っている事と変わらず、顔出ししたと言っても素顔を出したのではなくて、よく外でしていた眼鏡とマスク姿だった。
それでも作者が若い男だったと言うだけで話題性は充分だったようだ。

「な、蒼くんもう読んでないんだっけ?」
「連載?読んでないです。まだちょっと無理かも、、」
「そっか、、俺は、蒼くんは絶対読んだ方が良いと思うけど」
「?」
「あ、いや、ごめん。忘れてくれていーわ。俺が口出す事じゃないよな」
彼はそう言って何だか残念そうな顔をした気がした。


翌週月曜日。
今日はバイトが休みで、俺はまっすぐアパートへ帰ってきた。
服を着替えてゴロリとベッドへ身を投げ出すと目を閉じた。
結局1週間、九条ゆいの事が、、いや、宮城さんの事が頭から離れなかった。
どうせ彼の活躍を知れば知るほど嬉しい気持ちと悲しい気持ちの板挟みになって辛いのに。それがわかっているのに。

よし。

覚悟を決めて、手にしたスマホで前は必ずチェックしていた九条ゆいのアカウントを探す。

あ、、宮城さんだ、、

アイコンが既に眼鏡とマスク姿の宮城さんだ。

最新の投稿が、連載終了に関係しているもので
「“小鳥遊と穂積”は僕にとって忘れる事の出来ない作品になりました。一緒に作り上げてくれた人たちが、たとえば遠い所にいたとしても、小鳥遊と穂積の作品での最後の姿をどうか共に見送ってくれることを願います。
僕の手を離れ、小鳥遊と穂積が歩くこれからの道をどうか皆が変わらず応援してくれますように。」

たとえば遠い所にいたとしても、、
あぁ、本当に終わってしまったんだ、、


文章を何度も何度も眺めていると、突然電話が鳴った。ハヤトさんだ。

「蒼くん?今日バイト?」
「俺今日休みでもう家ですよ?もしかしてハヤトさんも休み?」
電話の向こうはシンと静かで、部屋からかけているのだと思った。
「休みじゃなくて、今出るとこなんだけどさ、、えっと、、」
「ん?どうかしました?」
「一応な、一応だよ?小鳥遊と穂積のコミック全巻と、コミックの先から今日発売の雑誌、うちにあるんだわ。んで、家の鍵、横の配電盤の奥に隠してる。から、、」
ハヤトさんが、らしく無い口調で言うのを聞いて俺は思わず笑った。
「あはは、ハヤトさんも面倒見の良いところほんと変わってない。」
「いや、だって、、本当に、見たほうが良いと思って。ーでも無理に進めるわけじゃないんだ。もし見たくなったら、どうぞってこと。」

電話を切って、そのすぐ後に家を出た。
ハヤトさんの気持ちも嬉しかったし、九条ゆいの投稿の通り、ほんの一瞬でも小鳥遊と穂積に関係した人間として、あの2人を見届けようと決心したからだ。

既にハヤトさんはバイトに行っていて部屋にはいなかったので、勝手に鍵をあけて入ると上着も脱がずにベッドの枕元から読んでいなかったぶんのコミックを手に取る。

絵を見ただけで、1年以上も前の宮城さんとのいろいろなことを思い出してしまったが、これが最後と思って読み始める。

小鳥遊と穂積はちょっとしたSMの性癖で繋がっていて、カップルと言えばカップルだけど対等ではなかった。受けの穂積はMっけがあるというより、もともと一生懸命に小鳥遊にアプローチして彼のやりたい事を受け入れて来た。小鳥遊はそれには気が付いていない。
それがいつの間にか小鳥遊の穂積に対する気持ちが変わっていって、2人のSMで繋がった関係が崩れ始める。

コミックを読み終わり、続きの話を掲載している雑誌を手に取る。時期的にはこの雑誌分は俺と会わなくなってから描いた事になると思う。
雑誌を何冊か読み進めるうちに、とあるページで俺は手を止めた。

ーあれ?これって、、

心臓が跳ねた。

物語の中で、少しずつ罪悪感を持ち始めた小鳥遊が謝ると穂積が笑って言うのだ。

「俺だって男なんだから、少しぐらい大丈夫だよ。」

いつか、宮城さんが俺に言った言葉だった、、そこから更に読み進めて手が震えた。いろいろな場面に、宮城さんと俺の間で交わした言葉や約束や出来事があるのだ。
小鳥遊と穂積という宮城さんが創り出した人たちの生活の中に、形を変えて俺と宮城さんの時間が流れている、、。

小鳥遊は、穂積はマゾであって自分の事を好きで関係している訳じゃないと思っているので、そんな穂積と自分の気持ちに混乱と苛立ちはどんどん大きくなる。そして遂に穂積を手離す決意をすると、最後に気持ちをぶつけるように穂積をレイプしてしまうのだ。

ダメだ、、手が震えて、眩暈がする。
宮城さんはわざとコレを描いたのだ、、ストーリーは全然違うし2人の関係性も全然違う。なのに、俺に見せるために描かれているとしか思えないシーンが多すぎる。

、、、これは俺への復讐なのか?

でも、、、涙を流しながら穂積に乱暴する小鳥遊の姿は、行為とはうらはらに読者の同情のようなものを刺激する。
小鳥遊の心の中の苦しみがよく描かれていて、行為のあと何も言わずに立ち去る小鳥遊と、ベッドに取り残された穂積が声を殺して泣くシーンで俺はページをれない程泣いた。
もうここで読むのをやめてしまいたかった。

このあとが今日発売の雑誌に掲載された最終回だ。目を擦って、心を奮い立たせて最終回のページを繰る。

小鳥遊はそのまま穂積に会いにいく事はなかった。彼は穂積に軽蔑されて、彼を解放して終わったつもりだった。
ある日小鳥遊は月に一度必ず訪れている実家へ向かう途中に懐かしい場所を通った。
思い出のあるその場所で小鳥遊はふと立ち止まり、、

俺はその先のページを食い入る様に見た。
そして、一番最後の見開きのページに唖然とする。

俺は本を片付ける事も忘れ、ハヤトさんの家を出た。震える手で鍵をかけてもとの場所へ隠す。
俺は迷わず駅への道を走り始めたのだった。
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