リアルな恋を描く方法

ふじのはら

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一章【憧れ】

6 そんなもんじゃん

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土曜日の午後の書店、いつものようにコミックにシュリンクをかけながらあくびを噛み殺した。
シュリンクは透明のビニールの袋をかける作業で、袋に入れたコミックを次々とシュリンカーに入れて熱で袋を本に密着させるという単純作業を繰り返す。
そのせいかしばらく続けるとだんだん眠たくなってしまう。

あくびを噛み殺して涙目になったタイミングで店に宮城さんが入ってくるのが見えた。彼はいつものように新刊の棚に向かわずに、俺の姿を認めると真っ直ぐにこちらへやってきた。

「蒼くん」
「いらっしゃいませ。今日もお洒落っすね」
「キミもなかなか真面目そうで良いね」
目を少し細めてわざとらしく俺を上から下まで見ると、頷きながら返してくる。
もちろん俺は書店員の正装とでも言えるような、白い襟付きシャツに黒いパンツ、紺色の無地のエプロンをつけ、店名の入ったネームプレートを胸にとめている。

「本注文したいんだ。コレ。」
受け取った紙を見ると、どうやら美術関係の本のようだ。
少し待ってて貰ってパソコンで調べる。
「宮城さん、この本出版社に在庫問い合わせになるので少しお時間かかりそうです。月曜日に出版社に聞いてみます。」
「うん、たのむよ。」
「そういえばハヤトさんって同じ学部なんですか?もしかしてハヤトさんも絵を、」
「違う違う。あいつは福祉系。確か作業療法士だか理学療法士だかになるって言ってたかな」
「へぇ~。何かしっくり来ますね。」
注文伝票に名前を書き込む細くて長い指を見る。
顔が良い人って、全体が良いのはなぜなんだろう?顔だけめちゃくちゃ良いのにスタイルが目立って悪いとかあんまり居ない気がする。世の中はズルく出来ている。
そんな事を考えながら俯いて伝票を書いている姿を盗み見ていると、彼がパッと顔をあげて目が合う。
「そうだ、今日うち来る?ハヤトいるよ。どうせ酒飲むだけだろうけど。」
「わ!行きたい!行きます!」

「蒼先輩、お疲れ様です」
少し離れた所から遠慮がちに声をかけられて目をやれば私服姿の音羽が立っていた。
「あれ、音羽!?初めてだね、来るの。」
音羽はエヘヘとはにかんで、宮城さんをチラとみる。
「あ、宮城さん、俺の彼女。音羽こちらF大生の宮城さん。」
「こんにちは。渡辺音羽です。」
「宮城です。」
にこやかに頭を下げる音羽に対して、宮城さんはボソッと名乗って少し頭を下げるだけだ。

うわ、壁高いな宮城さん。そういえばこの人俺とカフェで会った時もこんな感じの無愛想っぷりだったな、、
ハヤトさんが言うには人見知りだそうだ。あの時から考えると俺宮城さんとずいぶん打ち解けたんだな、、

「俺このあとちょっと用事あって家に戻るの夜なんだ。もうハヤトうちにいるから蒼くん仕事終わったら来てて良いよ。」
「うん、じゃあそのまま行って待ってますね!」
「おっけー、じゃあとでね。」
伝票の控えを受け取ると彼は珍しく他の本も見ずに出ていって、俺は手を振って見送った。
横にいる音羽が俺をじっと見ていたことには全く気が付かなかった。

「残念。先輩このあと用事あったんですね。もしかしたら時間あるかなって思ったんです。」
「あー、、ごめんな。音羽くる直前に約束しちゃって、、わざわざ来てくれたのに、、」
「いえいえ、何も言わないで勝手に来たんで、全然気にしないで下さい!ーさっきの人、先輩の友だち?ですか?あ、元うちの高校とか?」
「ああ、友だちなんだ。もともとここの常連さんで、今は友だち。F大の事も話聞けるし、この近くに住んでてたまに家に呼んでくれるんだ。」

普通の説明が何故か言い訳めいているようで居心地が悪い。きっと未だに感じる音羽への恋愛感情の無さに後ろめたさがあるせいだ。
音羽は可愛いし、学校でも昼休みによく一緒にいる。放課後も寄り道をしたりバイトの無い休日にデートをすることだってたまにはある。
だけど好きかと聞かれると、、可愛い女の子に対しての“好意”はあるものの、いつも一緒に居たいとか気持ちが離れていかないか不安を感じるとか、そういう特別なものが芽生えずにいた。

自然と、連絡をとるのも会うのも音羽からばかりだ。もう付き合って3ヶ月近くなるのにキスもしようとしない事実がそろそろ誤魔化せなくなる時期かもしれないなんて思う。
今のところ音羽は何一つ不満を言わないけれど、悲しませているかも知れないということが心苦しくなりはじめていた。


「イトまだだからとりあえずのんびりしてよーぜ」
自分はお酒を持っているハヤトさんが俺にコーラを差し出す。
「ありがとうございます。宮城さん忙しいんですね。」
「なんか出版社の人に呼び出されてたわ。学校も最近忙しそうだからあいつも大変だろうな」

しばらくハヤトさんとテレビを見ながら喋っていたけど宮城さんが帰ってこないまますっかり夜になってしまった。ハヤトさんは既にだいぶお酒を飲んでいて、暇を持て余した俺たちは何故か恋愛について話し始めた。

「じゃあ何、まだ彼女とキスもしてないの!?え、蒼くんて童貞?」
「違いますよ!、、でも、好きって気持ちがないのに手を出すのが申し訳ないっていうか、、」
「へぇ~え。高校生なんてやりたい年頃だろうに。俺なんて未だに年頃だもんな。」
アハハと酔っているハヤトさんが豪快に笑う。
「ハヤトさんは?恋人、うまくいってるんですか?」
「どうかなぁ。イトといる方が多いから不満には思われてる。」
「好きなんですよね?もちろん。」
「まぁそれなりにはね。」
「はぁ~、、どうしよ彼女の事、、」
背中のソファにもたれて天井を仰ぐ。
「んなのキスくらいすりゃいいじゃん。誰とだってキスくらい出来るでしょ」
「えぇ、出来ます?誰とでも??」
「できるでしょ」

怪訝な顔をした俺の横からハヤトさんの手が伸びて俺の肩を掴んだ。
「え」
「たとえば蒼くんとでも」
そう言うとハヤトさんはスッと顔を近づけて、一瞬あの挑発的な顔をした。そして俺がまだ状況を理解してない間にあろうことか唇を重ねて、そして離れる。
「は!?ちょ、ちょっと、なに、」
「あはは。ジョーダン。まって蒼くん顔真っ赤。ごめんごめん。」
驚いておもいっきり怯んだ俺を見て酔っぱらいのハヤトさんは楽しそうにヘラヘラと笑う。

タイミングが悪いのか良いのか、俺が動揺したまま赤い顔をしているところに宮城さんが帰ってきて、俺たちを見ると怪訝な顔をする。
「え、、なにどうした、、おい、ハヤト?」
ハヤトさんは相変わらずヘラヘラしたまま両手を顔の横にあげる。
「蒼くんをからかってしまいました。」
「何したんだ?蒼くん?」
「な、何って、この人今俺に、キスを、、」
「おい!ハヤト!!」
宮城さんがツカツカとハヤトさんへ歩み寄ると頭をバシッと殴った。

「だってさ蒼くん彼女に恋愛感情持てないってキスもしないって言うから、キスくらいそんな感情なくても出来るじゃんって、、」
「だからって俺にしなくても!体張ってからかうのやめて下さいよ!」
「えー、イトだって蒼くんにしようと思えば出来るよな?」
「あ?俺?あー、まぁ出来るかどうかだけなら、、出来るんじゃないの。でも普通おまえみたいにしないんだよ。」
「ちょ、ちょっと待って。宮城さんまで何言ってるんですか!?」
俺はまた顔が熱くなってあたふたしてるのをハヤトさんはニヤニヤして見ている。完全に面白がられているようだ。

ハヤトさんの横でお酒を飲み始めた宮城さんがテーブルに頬肘をついたまま呆れたという顔をして、
「男ってそんなもんじゃん。しようと思えばキスなんて意味なくたって出来るでしょ。」
どこか冷めてる口調で言いながらハヤトさんが作ったパスタを食べている。

「え、えぇ?なんで2人ともそんなひねくれてんですか!?何か拗らせてます!?」

俺の考えが子供すぎるのか?たった2、3歳の違いってそんなに?それともこの2人がやっぱり拗らせてる?

「宮城さんなんて、あんな切ない恋愛漫画描いてるのにそんなこと、、」
宮城さんは俺を軽く無視して酒を飲み、代わりにハヤトさんが
「ばっかだねぇ。蒼くん。あれはファンタジーの世界だよ。現実にあんな美しい話があるわけないっしょ。あのファンタジーを作り出すためにどんだけの苦労があることか」
「それ俺の苦労な。ーま、でも高校生にはわからなくて良いんじゃない。大好きな人とずっと一緒にいれると思ったり、将来結婚すると本気で約束したり、そういう年代でしょ。」
ハヤトさんの言葉を受けて宮城さんは続けたが、また何だか線引きされている気がする、、いや、“気”じゃない。
俺がまだ子供だと言っているのか、それとも“男のことは仕事柄俺たちの方がわかっている”という意味なのか、、

俺の知らない世間を知っていて、俺の飲めない酒を飲んで、お互いに気心知り尽くしている風で、、少し仲良くなれたと思ったのに、俺はひどく疎外感を感じて悔しくなった。
なんでそんなにその仲に自分も入りたいと思ったのか。

「あの!俺も宮城さんの仕事の手伝いしたいです!アシスタントでも、雑用でも掃除係でも何でも良いんで!」
「え、何でも?」
「は、はい!」

2人は顔を見合わせた後、揃って俺を意味ありげにじっと見る。そして同時に言った。

「モデルでも?」

「ーえ?モデル?」
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