リアルな恋を描く方法

ふじのはら

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一章【憧れ】

2 来ても良いよ

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「なぁ龍之介、おまえってF大受けんの?」
「んー?まだあんま決めてないけどたぶん。」
「だよなぁ。」
「何で?ハチは受けないん?」
「あー、迷ってんだよね。おまえも行くなら行きたいけど、ただ頭がねぇー」

1年からずっと同じクラスの蜂谷ハチヤがストローを咥えたまま空を仰ぐ。
「ハチ勉強出来んじゃん。つーか、この学校からF大受けないやつって多いの?ここ入れんならF大行けるっしょ。」
「まぁねー。でも入るなら俺奨学金もらいたいんだわ。んで、奨学金貰うってなるともっと学力なきゃさ、、」
「あぁ、そういう事ね。」
そのままベンチで俺もつられて空を仰ぐ。

F大付属の私立高校に通う3年生のいつもの話題だ。ただでさえ授業料の高いこの私立高校から私立大に進めば更にお金もかかるし、F大は学力がかなり求められる。

ランクの高い公立高校を受験して、失敗して滑り止めだったここへ入学した者も少なくないし、あとは経済的に余裕があって家が近いとかそう言う理由で入学した者と、最初からF大を目指してこの高校に入った者、だいたいその3パターンで生徒は構成される。

俺はあおい書店本店が近いし、幸い経済的にも恵まれていたので迷わずこの学校を選んだ。
ハチは公立高校の受験の日に家庭の事情で受験出来ずに結果ここへ来たレアなタイプ。家は平均より裕福らしいけど、予定外の私立高校に払う授業料はバカにはならないだろう。

まぁ俺としてはハチと仲良くなってずっと楽しく高校生活送って来られたんだから、ハチがここへ来て良かったと内心思っているわけだけど、、。

ふと視線を戻すと見知った顔がこちらへ歩いてくるのが見えて、まだ空を仰いでいるハチを肘で小突いてやった。
「ハチ、桃ちゃん来た」
「あ、マジだ。えっと、、俺ちょっと行ってくるね」
気まずそうな顔をしてハチが立ち上がって、少し離れて立ち止まる彼女に軽く手を上げて見せる。
笑顔で頷く俺を認めるとハチは彼女へ走り寄って、やがて2人は並んで歩き出した。
新緑と青空と白い校舎とカップルがひたすら眩しくて少しだけ目を細めてしまう。

何だかな。まだハチは俺に気つかってんだな、、。俺はなるべく気にしないようにしてるのに。
もう別に彼女の事なんて何とも思ってないのに、、。

今のハチの彼女の上戸桃ウエトモモは、1年の時には俺の彼女だった。俺の初めてを全部捧げた可愛くてしたたかな桃ちゃんは、2年の最後に俺の友達に告白した。
ハチが断ったのを桃ちゃんの親友から聞かされて、俺はハチと腹を割って話し合ったという経緯がある。

そういえば、、宮城ミヤシロさんは彼女いるだろうか?あの人の恋人はきっと凄い美人に違いない。
宮城さんのマスクを外した横顔を思い出して、隣に並ぶ美人なお姉さんを勝手に想像なんてしてみる。

「龍之介くん!」
「ぅわっ!ビビった!瑞樹ミズキじゃん。」
宮城さんの美人な彼女に想いを馳せてる俺の肩を叩いたのは肩までの髪の毛を風で揺らしてニコリと微笑む瑞樹加奈ミズキカナだ。
「隣座っていい?桃行っちゃったから暇になっちゃって。」

さっきまでハチが座っていた場所に、返事を待たずに瑞樹が座る。
「なんか桃とハチくん初々しくて見てるだけで恥ずかしくなっちゃう。」
ふふっと少し嬉しそうに瑞樹が笑って見せるから、思わず大きく頷き返す。
「あいつらまだオレに遠慮してるよな?」
「んー、遠慮かはわかんないけど、、龍之介くんが新しい彼女作ればホッとはするかもね。いないの?」
「いないねー」
「私がなったげようか?」
「うわ、適当だなー。瑞樹彼氏いんじゃん。」
適当そうに言っていて実は本当に俺の事が好きとか、そういうアレじゃないのは見え見えだ。
瑞樹は同じ中学出身で1年の時同じクラスだった。同じ中学から来たのは俺と瑞樹2人だけだったから結構仲良くしていた。そして高校で瑞樹と仲良くなったのが桃ちゃんで、俺と仲良くなったのはハチというわけだ。

「そうだ、龍之介くん来月のF大祭行く?行ったことある?」
「あ~、一応俺F大受験予定だから今年は見に行こうかな。今まで行ったことないんだけど。」
「そっか、桃と私も行く予定だよ!ハチくんもF大受けるなら4人とも大学一緒かも知れないね!」

そうか、無事に合格すれば来年の今頃は皆んな大学生か、、。
大学かぁ。まだ大学生の自分が想像出来ないけど、あおい書店で働くなら経営学科とかに進むべきなんだろうか。

もう別の話をしている瑞樹の横で、俺はぼんやりと将来の事を考えていた。

その週末。

「いらっらしゃいませ~!あ、宮城ミヤシロさん、おはようございます!」
「おはよ」
俺がまだ新刊の箱を開ける作業をしているところに、相変わらず眼鏡とマスク姿の宮城さんが来店した。
「宮城さんて、家この近くなんですか??」
「すぐ近く」
「実家?」
「いや、1人暮らし。」
「へ~。自炊とかする人っすか?」
「まぁたまにはね。」
箱を開ける近くに立って、その日に入荷したコミックの新刊を眺めながら彼は短く答える。

「宮城さんの家、行ってみたいなぁ。仕事してるところ見てみたいです」
純粋な好奇心を口にしたが宮城さんの返事を聞く前に他の客に呼ばれてその場を離れる。
戻った時には彼は別の棚を眺めていて、話はそれっきりになってしまった。
1時間近く書店のあちこちの棚を見てまわった彼はやがて本を手に俺の立つレジにやってきた。

「別にいーよ。」
「へ?」
「家。来ても良いよ。」
「え!マジすか!?すげー意外!宮城さんて、あんまりプライベートに踏み込んで欲しく無さそうなイメージでした」
「今バイトしてくれる人探してんだよ」
「バイト??何の??」
「本当にうち来るならその時話すけど、、」
宮城さんは、レジをうつ俺の手元を見ている。
どうやら社交辞令じゃなく家に来て良いと言ってくれてるようで少し嬉しくなった。
「行きたいです!」
「何時に終わんの?ここの仕事。」
「今日は夕方までです。16時。、、え、今日行っても良いんですか!?」
「家近いんだけど説明しにくいから16時過ぎに迎えに来るわ。」
そう言い残すと宮城さんはさっさと店を出て行ってしまった。

本当に少し意外だった。
話した感じだと、あまり人に距離を詰めて欲しくなさそうなとっつきにくさを感じるけど、すんなり家に招待してくれてしかも迎えに来てくれるんだ、、
一見冷たそうなのに、行動は優しいとか、あの容姿でそれはモテ要素しかないだろ。


「どーぞ、入って」
「お邪魔します。ーって、え、ひろ、、」

外観からも薄々気がついていたけれど、宮城さんの暮らすアパートは大学生の一人暮らしのイメージとずいぶん違った。そもそも単身者向けなんだろうか?
新築らしい白い壁。玄関の先のガラスドアの向こうにリビングが見える。廊下には右に扉が1つ、左に2つ。
リビングは12畳ほどで、キッチンと2人掛けのダイニングテーブル。テレビの方にはソファと小さめのテーブルが置いてある。
そのリビングの隣にはスライドドアが開放された8畳ほどの洋室が続いていて、そこには本棚やベッドがあるから寝室なんだろうと思う。

「キョロキョロしてないで適当に座りなよ。」
宮城さんが俺から受け取ったコートをハンガーに掛けながら、所在無げに立っている俺に言う。
「宮城さんちって、大学生の一人暮らしとは思えない広さですね。、、あなたもお金持ちだったんだ、、?」
とりあえずソファに座って宮城さんを見ると、彼は俺の言葉に少し顔をしかめて見せた。
「俺は自分で稼いでんの。」
“おまえとは違う”と少し突き放す言い方をする彼が、眼鏡やマスクを外していて、とんでもなく魅力的な顔でこちらを見ていたものだから思わず赤面してしまった。
それを誤魔化すように焦って話し続ける。

「漫画ってこの家で書いてるんですか?」
「そーだよ。廊下の左手の部屋。興味あったら入っても良いよ。」
「わ!やった!見せてもらいます!」
純粋な好奇心もあったが、同性の顔に赤面して挙動不審になりそうな自分を隠すために勢いよく立ち上がると教えられた部屋に足速に向かった。

寝室より少し広そうな部屋。壁の一面に本棚。窓際に大きな机。机にはパソコンやペンタブやノートや何かスケッチブックのような物が置いてある。
一人暮らしなのにこの部屋にもベッドがあって少しだけ違和感を覚えたものの、俺の目は机に開かれたスケッチブックに囚われて無意識にそれを手に取っていた。

裸の男が鉛筆で書かれている。均整の取れた身体。その男は下着も身につけておらず挑戦的な眼差しでベッドに寝そべっている。
ページをめくる。
裸の男がベッドに立ち膝をつき、股間の勃ちあがった物を手に握り天井を仰いでいる。自慰をしているのは一目瞭然で、見てはいけないものを見たようで鼓動が速くなるのを感じた。
またページをめくる。
その手をふいに掴まれて、ハッと振り返るといつの間にか部屋に入って来ていた宮城さんが無表情で俺を見ていた。
綺麗な顔だった。時が止まったようなその空気の中で、その絵に鼓動が速くなったのか宮城さんに手を掴まれて速くなったのか一瞬わからなくなる。

「何勝手に触ってんの?しかも顔真っ赤。」

その時、初めて宮城さんがからかうような小さな笑顔を見せた。それは少し扇状的なあやしい笑顔で俺は息をのんだのだった。
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