上 下
1 / 4

1 真夜中の出会い

しおりを挟む
静かな夜中の住宅街にパンッと乾いた音が響いて、同時に先週買ったばかりのメガネが吹っ飛んだ。

「っっつ、、マジか、、いって、、」
「もうエイくんには二度と会わないから!さよなら!」
「ちょっと、待って!」

頬を抑えたまま、5分前まで彼女だった人が走り去って行くのを引き止めようとして、次の瞬間にはもう諦めていた。
今引き止めたって穏便に解決しないとわかっていたし、第一メガネがふっ飛ぶほど引っ叩かれたのだ。話し合いを提案出来るほど冷静にもなれないだろう。

「あー、、やば、メガネ、、」

マンションの出入り口の灯りがあるので夜中とは言ってもそう暗くはない。それでもメガネを失って視界不良の俺は片手で頬を抑えたまま足元を見回す。そしてたった2メートルほど先に人が立っている事に気がついてギョッとした。

「っうゎっと、、びっくりした、、すみません」
「あ、いや、こちらこそ。見るつもり無かったんですけど、、はい、メガネ。」
「あ、拾ってくれたんですね!ありがとうございます!」
「えっと、、大丈夫ですか?」

メガネをかけて相手を見る。
仕事帰りらしくスーツを着ている。俺より何歳か年上だろう。タレントの何とかって人を彷彿とさせるちょっと個性的な雰囲気のイケメンだ。

「ほっぺ、切れてますよ?爪でかな?血が、、」
彼は自分の頬を指で示してから今度は俺にポケットティッシュを差し出した。
「うわマジだ、、だる、、あ、ありがとうございます。」
「そこ座って拭いたほうが、、それにしてもびっくりしました。そんなドラマみたいに女の人に殴られてる人初めて見た」

俺が花壇の縁に腰掛けてティッシュで頬を押さえる間、彼は俺を放置して立ち去ることをせずに「ついでにこれもどうぞ」と手にしていたコンビニ袋からペットボトルのお茶を取り出して俺の横に置いてくれた。
彼女を怒らせた原因の情けなさもあって、人の良い彼の親切がなんだか身に染みた。

「俺も、あんな派手に平手打ちされたの人生初っすね。あ、何から何まですみません。お兄さんめっちゃイケメンすね。」
たったの何歳かしか離れていなさそうなのに、夜中に女に殴られてる男に親切にしてくれるなんて。俺なら絶対関わり合いたくないから早足で通り過ぎる。性格も見た目もイケメンとは羨ましい、、

「いやぁたまたま、「エイくん」って呼ばれてるの聞こえてきたんで。俺も「エイくん」だから。」
「え!なんていうんですか!?あ、でも俺って書いてって読むんです。友達は皆んなエイって」
「あー、なるほど。あきらくんか。俺は英司エイジ。」
「英司さん、、」
「そう。で、この会社に勤めてて、残業終わったーって出てきたら目の前で君が殴られてました」

彼、英司さんはそう言って苦笑した。
「あぁ!ここの会社の!?俺上の住人なんです!なんか恥ずかしいところ見せてすみません。思いっきりふられちゃって」
ハハハと俺が笑って見せると、英司さんは一瞬迷ってから「浮気でも?」と冗談めかして聞いてきた。

俺の住んでるアパートの一階に入っている会社のひと。俺と同じエイがつくひと。
通り過ぎれば良いのに、わざわざ足を止めて心配してくれたひと。
夜中のノリなのか、変な親近感を感じたのか、俺は初対面のこの人に振られた理由を口にした。

「俺、性欲あんまり無いみたいで、彼女が誘って来てもあんまりこたえられなくて、、結局誰かと浮気してるってことになっちゃったんですよね。俺なりには大切にしていたのになぁ。」

言った後で、さすがに耳が熱くなるのを感じた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

【完結】そっといかせて欲しいのに

遊佐ミチル
BL
「セックスが仕事だったから」 余命宣告を受けた夜、霧島零(21)はひったくりに合い、エイト(21)と名乗る男に助けられる。 彼は東京大寒波の日なのになぜか、半袖姿。そして、今日、刑務所を出所してきたばかりだと嘘とも本気とも付かない口調で零に言う。 どうしても人恋しい状況だった零はエイトを家に招き入れる。 過去を軽く語り始めたエイトは、仕事でセックスをしていたと零に告げる。 そして、つけっぱなしのテレビでは白昼堂々と民家を襲い金品を奪う日本各地で頻発している広域強盗犯のニュースが延々と流れていて……。

神は絶対に手放さない

wannai
BL
 神が先か、神子が先か。  現代オカルトBL。途中からルート分岐があるちょっと特殊な構成です。

異世界で愛され幸せに生きる話

かな
BL
虐待されて育った柊 百花(ひいらぎ もも)は、16歳の誕生日の日に事故で死んでしまった…。 気づくと真っ白な空間が広がっていて、神様だという男に抱きしめられていた。 幸せになって欲しい、と送られた世界で囲われ、溺愛されながらほのぼのと暮らすお話___。 溺愛過保護な王子×トラウマを抱えた無自覚な神子 ※若干虐待表現あり ※男性妊娠

大嫌いな後輩と結婚することになってしまった

真咲
BL
「レオ、お前の結婚相手が決まったぞ。お前は旦那を誑かして金を奪って来い。その顔なら簡単だろう?」 柔和な笑みを浮かべる父親だが、楯突けばすぐに鞭でぶたれることはわかっていた。 『金欠伯爵』と揶揄されるレオの父親はギャンブルで家の金を食い潰し、金がなくなると娘を売り飛ばすかのように二回りも年上の貴族と結婚させる始末。姉達が必死に守ってきたレオにも魔の手は迫り、二十歳になったレオは、父に大金を払った男に嫁ぐことになった。 それでも、暴力を振るう父から逃げられることは確かだ。姉達がなんだかんだそうであるように、幸せな結婚生活を送ることだって── 「レオ先輩、久しぶりですね?」 しかし、結婚式でレオを待っていたのは、大嫌いな後輩だった。 ※R18シーンには★マーク

【完結】君が僕に触れる理由

SAI
BL
八田台美術大学に通う高橋歩は同じ学科に在籍する早瀬のことが好きだ。叶わない思いを胸に抱いたまま早瀬の親友である佐倉の手で欲望を発散させる日々。 これは自分の気持ちに鈍感な主人公の恋愛物語。 ※性描写を伴う箇所には☆印を入れてあります。 全17話+番外編 番外編の5年後にだけ挿絵があります。 8/24 番外編3話 追加しました。 9/12 アンダルシュ様企画 課題【お月見】に参加予定の為、一時的に完結表示が消えておりますが、本編は完結済みです。ショートストーリー【お月見】は9/18公開予定です。 10/19 こちらの作品の続編にあたる【酷くて淫ら】完結しました。早瀬メインのストーリーになっております。

花の聖女として異世界に召喚されたオレ

135
BL
オレ、花屋敷コガネ、十八歳。 大学の友だち数人と旅行に行くために家の門を出たらいきなりキラキラした場所に召喚されてしまった。 なんだなんだとビックリしていたら突然、 「君との婚約を破棄させてもらう」 なんて声が聞こえた。 なんだって? ちょっとオバカな主人公が聖女として召喚され、なんだかんだ国を救う話。 ※更新は気紛れです。 ちょこちょこ手直ししながら更新します。

夫の告白に衝撃「家を出て行け!」幼馴染と再婚するから子供も置いて出ていけと言われた。

window
恋愛
伯爵家の長男レオナルド・フォックスと公爵令嬢の長女イリス・ミシュランは結婚した。 三人の子供に恵まれて平穏な生活を送っていた。 だがその日、夫のレオナルドの言葉で幸せな家庭は崩れてしまった。 レオナルドは幼馴染のエレナと再婚すると言い妻のイリスに家を出て行くように言う。 イリスは驚くべき告白に動揺したような表情になる。 子供の親権も放棄しろと言われてイリスは戸惑うことばかりでどうすればいいのか分からなくて混乱した。

処理中です...