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第四章 8
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レーツェルは木々の陰から、何かの様子を窺っていた。
「……」
そんな彼の視線の先には、大きな白い鳥の群れが、草原の中で餌を探しているのか、くちばしで地面を突いて歩きまわっていた。
しかしその鳥は、翼が退化したらしく、飛ぶことが出来なくなったため、逞しい一本足で跳躍しながら移動していた。
そのためなかなか遠くへ移動できないからか、この辺りでは格好の食糧として、人間だけでなく他の動物からも常に狙われる存在だった。
レーツェルもその一人だった。
「……」
鳥に気取られまいと、背中に背負っていたショーテルに静かに手をかけた。
そうしていると、鳥の群れが一斉に大移動を始めたが、一羽だけタイミングを逸したのか、取り残されてしまった。
――今しかない。
意を決したレーツェルが、木陰から飛び出そうとした時だった。
突然、背後から聞こえた声が、彼を呼び止めたのだ。
「何をしているのです!」
女の声だった。
慌てて振り返ると、そこにはまるで雪のように白い肌をし、まるで柳のようにほっそりとしたしなやかな腰つき、か細い腕など可憐で弱々しい要素を詰め込んだような美人だ。
そんな彼女が、元々持っている影のある雰囲気を物ともせず、憤怒の表情でレーツェルを睨みつけていた。
「……お前には関係ない」
レーツェルが適当にあしらうが、女の方は構わずさらに迫ってきた。
「関係大ありです! あなたはあの鳥を食べようとしているんでしょう?」
「……」
レーツェルの目が、女から逸れた。
「ほら。やっぱり。あの鳥は、乱獲のせいで絶滅寸前なんですよ!」
そんな女の説教を意に介さず、レーツェルはショーテルに手をかけて鳥に目を向けた。
そんな彼の手を握り、女が必死に止めようとする。
「離せ」
「いやです!」
彼女の大きな声のせいか、それとも二人の大きな動きを察知したのか、鳥は警戒したように鳴き声を上げながら、一気に跳躍して逃げてしまった。
『……』
あっという間に遠くへと消えていく鳥を、二人は黙って眺めているしかなかった。
安堵の表情する女の一方で、レーツェルは黙って女を睨みつけてから、その場を後にした。
そんな彼の背中に、女が声を掛けた。
「ねぇ。ちょっと!」
その言葉にレーツェルの歩みが止まり、素早く振り返った。ショーテルを構えながら。
「これ以上邪魔するなら――斬る」
しかし女は、そんなレーツェルを目にしても、臆するどころか逆に笑顔で話し続けた。
「そんなに腹を立てないでください。多分、お腹を空かせているから、殺気立っているのでしょう」
「一体、誰のせいで――」
「私の家に来ませんか? ごちそうします」
「……」
思案を巡らして無言のレーツェルの代わりに、腹の虫が鳴っていた。
直後、レーツェルが気まずそうに目線を逸らした。
「ね? お腹が空いているから、絶滅寸前の生物を食べようとするのですよ」
その後レーツェルは、女に手を引っ張られてそのまま付いて行ってしまった。
自分でも、なぜ逃げなかったのか不思議だった。別に“ごちそう”という言葉に誘惑された訳ではないはずだ。……多分。
などと考えながら、しばらく歩いて森の中を抜けると、木の柵で囲まれた小さな牧場のようなところまでやって来た。
しかし、そんな柵のなかには、自分が知っている家畜と呼ばれるような動物は存在していなかった。
草を食んでいたり、駆け回っていたり、それぞれ戯れていたのは、どちらかというと――
「……バグ?」レーツェルが思わず呟いた。
何しろそこにいたのは、まるで異形の存在だった。
たとえば、鶏の頭部のはずなのに、トサカの代わりにいくつもの角が蠢いていたり、または一見タコのように見えるが甲羅を背負い、その手足は刃のように平べったく鋭かった。
そんな、どこか違和感を覚える生物が、いくつも存在していたのだ。
面を食らったレーツェルの言葉に、女は笑顔で答えた。
「みんな、良い子たちです」
「“良い子”って……」
戸惑うレーツェルを後目に、女が柵の中の生物に嬉しそうに手を振り出した。
「みんな。ただいま!」
そんな女の声が聞こえた途端、その異形の存在たちが彼女に集まって触手を伸ばしてきた。
女の方も臆することもなく、いやむしろ“いつも通りの光景”といわんばかりに、当たり前のように触手を優しく握っていった。
おそらくスキンシップのつもりだろうが、見慣れていないレーツェルにとっては、驚きを禁じ得なかった。
それとともに、気味悪さも同居していた。
一方女の方はというと、感情の揺れ動くレーツェルに気づかないのか、やはり笑顔でバグたちにレーツェルを紹介し始めた。
「みんな。お客様よ」
その言葉に、バグたちが思い思いに鳴き始めた。
多分、歓迎しているのだろうが、どうも素直には喜べなかった。
「……」
普段無表情のレーツェルも、どう接すれば良いのか分からず、同時に恐怖に顔を引きつらせるしかなかった。
「家は、あっちよ」
そんな彼を、女が手招きして家の中に案内した。
「……」
そんな彼の視線の先には、大きな白い鳥の群れが、草原の中で餌を探しているのか、くちばしで地面を突いて歩きまわっていた。
しかしその鳥は、翼が退化したらしく、飛ぶことが出来なくなったため、逞しい一本足で跳躍しながら移動していた。
そのためなかなか遠くへ移動できないからか、この辺りでは格好の食糧として、人間だけでなく他の動物からも常に狙われる存在だった。
レーツェルもその一人だった。
「……」
鳥に気取られまいと、背中に背負っていたショーテルに静かに手をかけた。
そうしていると、鳥の群れが一斉に大移動を始めたが、一羽だけタイミングを逸したのか、取り残されてしまった。
――今しかない。
意を決したレーツェルが、木陰から飛び出そうとした時だった。
突然、背後から聞こえた声が、彼を呼び止めたのだ。
「何をしているのです!」
女の声だった。
慌てて振り返ると、そこにはまるで雪のように白い肌をし、まるで柳のようにほっそりとしたしなやかな腰つき、か細い腕など可憐で弱々しい要素を詰め込んだような美人だ。
そんな彼女が、元々持っている影のある雰囲気を物ともせず、憤怒の表情でレーツェルを睨みつけていた。
「……お前には関係ない」
レーツェルが適当にあしらうが、女の方は構わずさらに迫ってきた。
「関係大ありです! あなたはあの鳥を食べようとしているんでしょう?」
「……」
レーツェルの目が、女から逸れた。
「ほら。やっぱり。あの鳥は、乱獲のせいで絶滅寸前なんですよ!」
そんな女の説教を意に介さず、レーツェルはショーテルに手をかけて鳥に目を向けた。
そんな彼の手を握り、女が必死に止めようとする。
「離せ」
「いやです!」
彼女の大きな声のせいか、それとも二人の大きな動きを察知したのか、鳥は警戒したように鳴き声を上げながら、一気に跳躍して逃げてしまった。
『……』
あっという間に遠くへと消えていく鳥を、二人は黙って眺めているしかなかった。
安堵の表情する女の一方で、レーツェルは黙って女を睨みつけてから、その場を後にした。
そんな彼の背中に、女が声を掛けた。
「ねぇ。ちょっと!」
その言葉にレーツェルの歩みが止まり、素早く振り返った。ショーテルを構えながら。
「これ以上邪魔するなら――斬る」
しかし女は、そんなレーツェルを目にしても、臆するどころか逆に笑顔で話し続けた。
「そんなに腹を立てないでください。多分、お腹を空かせているから、殺気立っているのでしょう」
「一体、誰のせいで――」
「私の家に来ませんか? ごちそうします」
「……」
思案を巡らして無言のレーツェルの代わりに、腹の虫が鳴っていた。
直後、レーツェルが気まずそうに目線を逸らした。
「ね? お腹が空いているから、絶滅寸前の生物を食べようとするのですよ」
その後レーツェルは、女に手を引っ張られてそのまま付いて行ってしまった。
自分でも、なぜ逃げなかったのか不思議だった。別に“ごちそう”という言葉に誘惑された訳ではないはずだ。……多分。
などと考えながら、しばらく歩いて森の中を抜けると、木の柵で囲まれた小さな牧場のようなところまでやって来た。
しかし、そんな柵のなかには、自分が知っている家畜と呼ばれるような動物は存在していなかった。
草を食んでいたり、駆け回っていたり、それぞれ戯れていたのは、どちらかというと――
「……バグ?」レーツェルが思わず呟いた。
何しろそこにいたのは、まるで異形の存在だった。
たとえば、鶏の頭部のはずなのに、トサカの代わりにいくつもの角が蠢いていたり、または一見タコのように見えるが甲羅を背負い、その手足は刃のように平べったく鋭かった。
そんな、どこか違和感を覚える生物が、いくつも存在していたのだ。
面を食らったレーツェルの言葉に、女は笑顔で答えた。
「みんな、良い子たちです」
「“良い子”って……」
戸惑うレーツェルを後目に、女が柵の中の生物に嬉しそうに手を振り出した。
「みんな。ただいま!」
そんな女の声が聞こえた途端、その異形の存在たちが彼女に集まって触手を伸ばしてきた。
女の方も臆することもなく、いやむしろ“いつも通りの光景”といわんばかりに、当たり前のように触手を優しく握っていった。
おそらくスキンシップのつもりだろうが、見慣れていないレーツェルにとっては、驚きを禁じ得なかった。
それとともに、気味悪さも同居していた。
一方女の方はというと、感情の揺れ動くレーツェルに気づかないのか、やはり笑顔でバグたちにレーツェルを紹介し始めた。
「みんな。お客様よ」
その言葉に、バグたちが思い思いに鳴き始めた。
多分、歓迎しているのだろうが、どうも素直には喜べなかった。
「……」
普段無表情のレーツェルも、どう接すれば良いのか分からず、同時に恐怖に顔を引きつらせるしかなかった。
「家は、あっちよ」
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