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第二章 17

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 しばらく歩くと、水が流れているところとは別に、人が歩けそうな岩場が出てきた。

 そろそろ、水温で体が冷え切って限界が近づいていたので、本当にありがたかった。


 とりあえず岩場に上がり、上着を絞る。


 その後、乾いた苔を集めて、松明の火を移した。

 湿気で燃えるかどうか心配だったが、なんとか着火できたので、緊張の糸が少し解れた。


 その小さな火を、三人は囲んで必死に体を温めた。


 しかし、それだけでは熱が足りず、互いの体温と体をこすり合わせる摩擦熱も合わせて、温めあった。


 「……酒臭い」


 「うるせぇ」


 上半身裸の男三人が、抱き合っている姿は、奇妙というか滑稽というか……。子供には見せられない光景だった。


 ――ライナスがいなくてよかった。


 アイザックが心の底から涙を流して喜んでいた。


 三者三様が、生きていることを実感し、喜びに浸っていた。


 普段は何気なく呼吸し、食事をし、睡眠をとっているが、そんな生活がこれほど幸せだったとは……。


 などと、珍しく物思いに耽っていると、何かが、そんな思考という名の陽光を一瞬にして消し去った。


 さきほどの獣の咆哮のような声が聞こえたのだ。


 『!』


 三人の体が弾かれたように硬直した。


 咆哮は、岩場の向こうから聞こえた。もしかしたらバグなのかもしれない。


 忘れていたが、レッドたちはバグを退治にきたのだ。現実に一気に引き戻されてしまった。


 「……」


 レッドが、大げさに唾を呑み込んだ。


 三人は慌てて上着を着直して、哮りの聞こえる方へと恐る恐る歩みを進めた。


 奥はやはり光源など一つもなく、そのためか全身に纏わりつく空気は、気色の悪い湿気を孕んでいた。


 だが、こちらに何かがいるのは間違いない。


 地面に転がる動物の死骸が大きいものへと変化し、しかも新しいものが増えていったのだ。


 これは、何かが成長しながら、奥へ移動している証拠でもあった。


 「!」


 しばらく、暗いところを歩いてきたせいか、突然の光に目が射抜かれたときは、あまりの痛みに驚きを禁じ得なかった。


 だが、痛みに負けて瞼を閉じるわけにはいかなかった。

 なぜなら、閉じようとした瞬間、なにか不思議な光景が映り込んできたのだ。


 痛みに慣れると、少しずつ状況が呑み込めてきた。


 どうやら、開けた空間に辿り着いたらしい。


 それだけではなく、頭上にはギラギラと照りつける太陽が、こちらを睨みつけているではないか。


 そんな陽光に照らされて、周囲の岩壁が鈍く黒く反射していた。高さは二メートル、広さは五メートルほどだろうか。


 それなのに、なぜか圧迫感があった。


 空間の真ん中に、大きな“なにか”が鎮座していたのだ。


 バグではない。だが、いびつな球体をしている。


 「卵……?」


 最初に口を開いたのは、レッドだった。


 確かに、卵のようにも見える。


 薄い黄色のような、いやそれよりも白に近いような物体が、地から伸びた剣のような鋭い岩に突き刺さっていたのだ。


 そんな、まるで抽象画のような景色を前にして、レッドとリュウランゼは呆然と口を開けているしかなかった。


 抽象画の作者の意図を汲み取ることができず、思案を放棄した二人の横で、アイザックだけは静かにその身を震わせていた。


 彼の目は、卵から離すことができずに――。いや、逆に睨みつけていた。


 「カ、カマキリ……」


 自身の口から飛び出た言霊なのに、信じられないとでもいうように、感情の高ぶりのあまり唇から血が垂れていた。


 その目には、驚きと恐怖の色が滲み出ていた。


 よく見ると、その物体からは、さまざまなものが飛び出していた。


 まるで“戦利品”のようだった。


 たぶん、さっき地面に転がっていた亡骸たちの所持品も含まれているのだろう。


 靴やら着物やら、骨やら木やら……。――そして、アイザックの家に伝わる先祖伝来の剣も刺さっていた。


 これでもか。と、でもいうほど“証拠”が揃っていた。


 もう、疑う余地など残されていなかった。


 ――こ、こんな形で出会うとは……。


 「……」


 その目からは、驚きと恐怖が消え失せていた。代わりに現れたのは、覚悟の色だった。


 ――アイツがいる……!


 そんなアイザックの隣で、リュウランゼが薄っすらと歯を覗かせた。


 「へぇ。これがバグの卵だとすると、なかに子供がいるのかな? ――畜生どころか、化物にも家族あり、ってか」


 その言葉を口にしたリュウランゼの胸倉を、誰かが唐突に掴み上げた。


 無防備だったリュウランゼの上半身が、暴力的に揺さぶられた。「イテテテ……。何するんだよ」


 アイザックだ。


 覚悟の色をした目なのに、なぜか悔し涙が溢れて、止まらなくなっていた。


 「家族だとっ! コイツに俺は家族を……大事な家族を殺されたんだぞぉ……!」


 涙声のアイザックの魂の叫びが、まるで噴火したマグマのごとく、喉から絞り出された。

 感情のマグマが、空間にいびつに反響してしまった。


 その声が、言霊が、“ヤツ”を呼び寄せてしまった。


 あの咆哮が、こちらに向かってきていた――。

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