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なくなったもの

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「嫌な夢……」

 伸ばしていた手をじっと眺めながら呟く。夢の内容を明確に覚えているのは初めてのことだった。
 気を取り直すためにカーテンを開け、窓の外を見る。薄々と感じてはいたが、外は夢と同じように雨が降っている。

「嫌な天気……」

 夢と同じ天気のせいか、とても嫌な予感がする。優馬と同じくらいとても大切なものが……

「約束通り、ノートを返してもらいに来たわ」

 お昼を過ぎたあたりにゆずねぇがやって来る。外は相変わらず雨のままだった。中に入ってと言うと断られた。

「ゆずねぇ「そう呼ばないでって言ってるでしょう!」……柚葉さん、あのノートを私にください。お願いします!」

 私はゆずねぇの前で、地面に頭をつける。

「そんな事をされても困るだけなんだけど……はぁ。何? あのノートに大事な事でも書かれてた? そっか、あなたが好きだと書いてある部分だけを読んだのね」

 私は無言で首を横に振る。

「じゃあ何? 全部最後まで読んだ上であのノートが欲しいの? あなたへの恨みつらみしかなかったじゃない」
「それでも、私の罪だから……」

 あのノートには私が優馬へした仕打ちが書かれている。罪が書かれている。優馬の心の叫びを全部受け止めたい。だから――
 
「あっそ。結局あなたは最後まで自分が大切なのね」
「な……んで……」
「なんで? だってそうでしょ。あのノートを読んで、優くんが苦しんだ事を知って、自分の罪深さを知って、苦しんで。それからどうしたいの?」
「どう……」
「あのノートを読み込んで、後悔して、慣れたいんでしょ、優くんの言葉に。そして前に進みたい。……絶対にそんなことさせない。優くんの未来を奪ったあなたに明るい未来なんて進ませない」

 違う、違う! 私はそのためにノートを……私は罪を自覚した。ノートを見返さないと忘れるの? 私はそんな人間なの……?

 雨で冷えていた体がさらに冷え込むのを感じる。

「まぁいいよ。そのノートはあげる。もう2度と会わないんだもの。それぐらいはしてあげる」
「えっ……もう2度と……」
「そう。私たち引っ越すの。あなたのいないところに。だからもう会わない。わかった?」

 私は何のためにあの時誤魔化したのだろう。家族という関係を壊したくなかったから。それなのに……
 好きな人は私を恨み居なくなった。そして家族も今から失う。全部、あの時から今までに間違え続けたから。

 涙が頬を伝い、雨と一緒に流れる。私は声に出して泣き叫んだ。
 失ったものを後悔しながら、声が枯れるまでずっと……。

 最後まで見届けてくれたのはゆずねぇの優しさか厳しさか。泣き疲れ意識が無くなるまでゆずねぇは私の前に居てくれた。
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