短い話たち

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虫にはたいてい「虫編」というものが付いている。
蝶はチョウだし、蝉はセミだし、蜻蛉はトンボ、蚊はカ、蛾ならガだし、蝿はハエだ。
虫の嫌いな人にはここまででたまらない話だろうが、ここから話すのも虫の話なのでたまらなければ閉じていただいた方がいいと思う。

さて、私が話す虫とは「蛹」という虫だ。

え?蛹は虫の名前ではありません。
と、虫が好きな人なら即座に思うだろう。そして「蛹」は虫の名前ではなく状態のことですと答えるだろう。

たしかに状態といえば状態だ。
虫の中には幼虫と成虫が同じような姿をしているものがある。例えば先に言ったトンボやセミだ。
彼らは羽さえちゃんと付けば親も子もほとんど同じ姿になる。
よく夏の夜に、土の中から出て来たセミの幼虫が木に上って脱皮する。脱皮してセミの姿になるが直前まで脚で歩いている。
要は羽を伸ばしただけなのだ。姿も仕草も同じ。
このようにほとんど親子の姿が変わらないのを「不完全変態」という。
不完全があれば完全がある。「完全変態」だ。
それはどういうことかというと、親子で姿が全然違うのだ。
分かりやすいのがチョウで、チョウの幼虫はイモムシだ。親とは全然違う姿をしている。
そのまま脱皮してもチョウにはなれない。イモムシに羽が付いてもチョウにはならない。顔も目も口も脚も胴体も全然違うから。
ではどうやって親と同じ姿になるのか?
蛹になるのだ。
蛹とは、幼虫の体の中に出来る成虫の型だ。
幼虫は糸で木に体をくくり付けたりマユという糸の家(カイコガのマユは絹糸になるので有名だ)の中で脱皮して、親の姿を思わせる型になる。これが蛹という状態だ。
羽みたいなもの、目みたいなもの、脚みたいなものはあるがまったく機能はしない。
この状態があるかないかで「完全」「不完全」が分かれる。
だからたしかに「状態」なのだが、私はこの姿が蛹という虫なんだなと思ってしまう。

ただ、一部の例外はあって、中には泳いだり歩いたり噛みついたりする蛹がいるそうだが、それはそれこそホラーの世界で、私の言う蛹という虫ではない。
私の言う蛹は、親を思わせる型としてじっとしている奴なのだ。
そしていずれ蛹は親に体を破られる。
でもここからが蛹という虫の「人生」が始まるのだ。
自分を作ったのは子供であるイモムシで、自分から出て行ったのは親であるチョウなのだが、じゃ、蛹はなんなんだ?
それは親でも子でもない「状態」という虫なのだ。その状態とは、いつか羽の型に羽が入って飛べるんだ、目の型に目が入って見えるんだ、口の型に口が入って食べられるんだ、脚の型に脚が入って歩けるんだという、夢見る状態なのだ。夢が現実になった親を見送っても、夢を見る姿のまま蛹は半透明でずっと生きている。

私のそばには、何年も前に蝶を見送った蛹が何体かある。
彼らの世話は楽だ。何も食べないし、逃げ出すこともない。だからエサ代を要求しないしカゴや檻なんて物騒なものも要らない。私のすぐそばで「いつか」をじっと穏やかに待っている。蝶になった親はもうとっくに死んでいるのに、蛹はまだまだ生きている。

夢はずっと生きている。
だから蛹は生きた虫だし、その虫を私は愛するのだ。

羨ましいなという感情の中で。
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