刺朗

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三次元のエピローグ⑤

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「そうです。あれほど凄惨な場面を見たのに、その時はまだ、彼は話せました。とはいえ、彼は人前と、電話など人と対面しない場では、話し方がまったく違うのです。違うというより、対面しない時は別人になっていると言った方がいいでしょうか。彼には申し訳ないが、電話での彼は、普段のスローモーな喋り方ではなく、利発でハキハキと喋ります。
ですから川田の奥さんは、電話での彼の声を聞いた時、普段会っている彼だとは、まず思わなかったと思います。これが結果、時効への伏線になってしまいました」
もし、中井が対面で雪子に知らせていれば、または電話でも普段の喋り方だったら、川田の嘘はたちまちバレていたのだ。とはいえ、当時子供だった中井を責められるはずはないと伊藤は思った。
「この利発な方の彼こそが、私は彼本来の姿だと思います。なぜなら」
今井は紙束を見て
「これを書いたからです」
と言った。
今井と同感だと、伊藤も思った。
「ですから私は、彼をなんとか社会で独り立ちさせたいと思いました。そこで私は、彼にパソコンを学ばせることにしたのです。期待に応えて彼はパソコンを通じて文字を知り、文法を知り、数学を知り、科学や医学を知り、果てはネットを通してのコミュニケーションを知るに至りました。直接の対面さえなければ、彼はその辺のエリートと呼ばれる人らより遥かに上でした。彼はこの施設の運用に必要なソフトやネットワークも構築したんですよ。
言葉を失ったことは、そういう意味で彼にとって幸運だったかも知れません」
ここまで聞いて、伊藤は気になる点を
「今井さん、ひとつだけ彼に聞いていいですか?」
と断り、中井に尋ねた。
「中井君、君が言葉を失った直接の原因は何ですか?辛いだろうが教えてほしい」
中井は即座に
(2回目の電話です)
と書いた。
「それは?」
伊藤の問いに中井は
(赤ちゃんを殺したのは川田だという内容のつもりでした)
「つもりだった?」
(川田が出たんです。電話に。そしておまえが見たことを話せば、俺か警察かどちらかがおまえを死刑にするぞと脅したんです。警察は、おまえが赤ん坊を殺したと思っているぞと。それに俺はおまえの居場所を知っているぞと。
私は子供でしたから、警察に捕まったら即、死刑になると怯えました。
怖い!
そう思った途端、体が痙攣して、声が出なくなりました。
私は、これは神様が私を守ってくれる合図なんだと反射的に思いました。以来、話さない限りは私は安心だと、自分に暗示をかけました)
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