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不死者の影

心の傷跡

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────ミユキ(アラクネ種、ニダヴェリール宮廷特務機関、第一補佐官)


 ニダヴェリールのノスフェラトゥに貴族ノーブルが増えたとしても、手放しで喜べないのが残念だ。

 全体的に親の支配は緩和されているらしいが、数千年も異常な状況で生活していたせいで、皆、心がボロボロなのだ。

 先日、ノスフェラトゥの心のケアを推進する政策が施行された。

 現在、第3世代の勅命により、親から子への強要は事実上、禁止状態にある。

 世代ごとに親から隔離されて生活することになった。
 また、皆、本来の容姿に戻され、かなり戸惑っているようだ。
 なかには動物の姿をさせられていた者も少なからずいたらしい。
 下位世代のノスフェラトゥの居住区にいくと、服を着ないで、四つん這いで歩いている人をちょくちょく見かける。
 なかには手足を使わずに這っている人もいた。

 第5世代の生活区画に行ったら、もとの姿のカズ兄を見つけた。
 親から見捨てられた子供のように、寂しげな顔をして、虚空を見つめボーッと突っ立っていた。自由になって何をしていいかわからないといった感じだった。

 医師にカズ兄のカルテを見せてもらったが、別の生命体にされていた人よりは遥かにマシな精神状態とのことだった。なかにはスライムやムカデなどにされていたひともいたらしい。良い親に恵まれて守られて生きてきたのだろうと言われた。

 第4世代の生活区画に行くと、リョウコちゃんがいた。

 話をしたら、普通のリョウコちゃんにしか思えないほどしっかりしていた。
 貴族ノーブルを長くやっていたせいか、狂気の中でも精神が一つの個体として確立していたおかげで、それほど大規模な心のケアは必要ないらしい。

 ただ、ひたすら、引き離されたカズ兄のことを心配していた。
 医師からは子離れを指示されているとのことだった。


 ノスフェラトゥの日課は、イサナギだった。
 ルーノ族の上級シャーマンの指導で、下位世代もかなり上達してきたらしい。
 ただ、最下位世代は二足歩行するとか、手を使うとか、服を着るとか、人間としての生活様式を身に着ける訓練をしている人が多数いた。
 上位世代は影の世界イザナギの領域に入っているので、私とアカネとユキナで、体系的な指導をしている。
 入門編から始めたのだが、意外な気づきがあるようで予想外に好評だった。
 カズ兄も楽しそうに修練に励んでいた。

 ククリンからは、ノスフェラトゥ達を影の世界イザナギの指導者に育てるように言われている。影の世界イザナギの指導者は圧倒的に不足しているので、彼らに期待しているらしい。
 ルカ姉はカグツチの指揮者候補としても期待しているようだった。
 ウルさんは上位世代をロデリクの里に連れ出したくてうずうずしているようだったが、心のケアがひと段落するまでは、ノスフェラトゥ区画への出入りは、ロクシー様から禁止されているらしい。


……


 今日は久々の月影げつえい会だ。
 最近は参加希望者が増えすぎて居心地が悪くなってしまったので、ルカ姉が強権を発動して、再び三人から仕切り直している。ルカ姉は急な仕事が入ったのであとで合流することなっているので、ククリンと二人きりだった。

「ミユキのモヤモヤは晴れてきた?」
 ククリンが聞いてきた。

「うーん、どうかな。でも前よりはましかな。
 下位世代みちゃうと落ち込むけどね」

「ヒューマノイドすらやらせてもらえなかったのだから、深刻だよね」

「うん。しかも自分で考えることをやめちゃった人が多すぎる。
 そういう人を見たら、なんか、とても悲しくなったよ」

「時間はかかると思うけど、彼らも高次元知的生命体だから、そのうち改善すると思うよ」

「他の氏族はどうなのるのかな? ククリンは何か聞いてる?」

「ヴァスタゴが協力して、コロニーの特定を進めてるね」

「始祖を見つけて絶滅させちゃう感じ?」

「相手の出方次第だと思うよ。ヴェルフェゴールはともかく、ルキフェルとマモンはアストレアへの合流に興味を持っているみたいだしね」

「へー初耳。じゃ、ユグドラシルの眷属に仲間入り?」

「それが、そうでもないんだよ。アストレアのアースバインダーは否定的みたいだね。レヴィ氏族の惨状をみて、さらに酷いと思われる氏族の受け入れは容認できないって認識みたい」

「ラフィノス族は?」

「新種族にとっては敵だからね。よくても中立って感じみたい。
 ヴォールフデイルさんとエリューデイルは、まだ結論が出せてない状況。
 うまく受け入れられれば、影の世界イザナギの使い手を大量に確保できる見込みが出てきたからね」

「受け入れて、心のケアして、育てるのはたいへんそうだけどね」

「うん、少数派のレヴィ氏族だったら容認されていたかもだけどね。
 『上位世代以外を粛清するなら容認する』ってのが現状みたい」

「厳しいね。それどこの氏族も無理なんじゃない?」

「多分そうだと思う。そこまで犠牲払って厄介になるつもりはないだろうね」

「ところでさ、始祖ってみつけられそうなの?」

「うん、虚無を抱えているから理論上は見つけられるらしい」

「理論上ってことはまだむりなんだ?」

「うん、ティフォーニアがまだ対応できない。
 カインとは全く接点がない中で育ってきたからね」

「ならカインに見つけさせればいいじゃん」

「あははは、一番難しいだろうね」

「そんなに厄介なの?」

「うん、関わらないで済むなら、絶対関わっちゃダメなくらいヤバイ」

「ククリンでもそんな評価なのか。
 でもさ、孫娘なんでしょ?
 『年頃の孫娘の体内を覗き見するおじいちゃんキモい』とかいったらショック受けて手伝ってくれないのかな?」

「おもしろいね。二人の娘だけでなく、孫娘からも絶交されたら、さすがのカインでも考えるかもね」

「でしょ?」

「ティフォーニアは、カインとエオリアン=ユーフィリアとの会合の席は一切設けていないから、ルーテシア経由でそれとなく調整してもらうのが良さげだね、ダメ元で。
 エオリアン=ユーフィリアには、生命の根源体の状態改善を餌に揺さぶりもかけられそうだしね。もしかしたらカインに口添えしてくれるかもだしね」
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