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共和国編

11 楽しそうな親友:リヒター視点

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「研究室に新人を入れるぞ!」

 この研究室の責任者であり、我が愛する悪友のアランが研究室に入るなり宣言する。
 この男はこと、魔導具研究という分野ならば異才とでも言うほどの実力を発揮するのだが、学生時代から言葉足らずな面があるんだよな。

「……アラン、それだけではわからんよ。新人というが、学生か? それとも在野の魔導具師か?」

「ああ、それもそうか……学生、いや、今度入学する新入生だ」

 そう言えば、そろそろ新入生が入ってくる季節か。
 とはいえ、他国の学園からの報告でそれほど才気のある学生がいるという報告はなかったはずなんだがなぁ。

「どこから来た学生なんだ?」

「王国……いや、卒業は皇国だから皇国と言った方が良いか?」

「皇国? 学生の資料は一通り見ていたがアランが気になるような人材はいなかったはずだぞ?」

「去年、皇国の学園に入学して、今年、卒業したとか聞いたな」

 ああ、そう言えば皇国は飛び級制度というか、入学時に優秀な成績を出せば基礎学科の履修が免除されるのだったか。
 確かに、俺の元に入ってきていた情報は去年の時点での成績だから、去年に入学したのなら知らなくても当然か。

「アランには悪いが、卒業直後の学生がこの研究室に入るのは大丈夫なのか? というか、お前だろ、もう学生の研究生はいらないと言ったのは」

「ふむ、彼女は大丈夫だ。なにせ魔導具師のアイは自分自身だという猛者だからな」

「アイ……って、あのアランがご執心の王国の魔導具師か? でも、皇国の学園卒……って、王国には学園がないから皇国の学園に行ったのか」

「経歴はどうでもいい。今日、授業に乗り込んで実力を見てみたが、確かにアイを名乗るだけあって奇抜な発想をする」

 は~、新進気鋭の魔導具師で、界隈の支持も厚いアラン・コールマンがここまでべた褒めするなんてどんな魔導具師なんだ?
 というか、こいつ、いま彼女って言ったか?

「ほうほう。あの女に微塵も興味のないアランが気になる女か」

「女として気になったわけではない。魔導具師としての姿勢が気に入ったのだ」

「姿勢ねぇ」

「ああ。彼女は魔導具師になった後のことをきちんと考えている。そんじょそこらの名声や金のために魔導具師を目指している連中とは違う」

 まあ、アランの言いたいことは分かる。正直、この業界というか魔法関連の事業は名声や金を得ている人間が多いから、碌に目的のないまま魔導具師を目指す輩が後を絶たない。
 とはいえ、そんな甘い業界でもなく、魔導具を一つ作るのに試作と実験を繰り返すのなんて日常茶飯事だし、新人なら素材の目利きから学ばなければならない。
 正直言って、脚光を浴びているアランのような人間からは想像できないほど地味で、地道な作業が多いのが魔導具師だ。

「俺は兵士の損耗を減らすための回復魔導具、アランは大規模攻撃にも耐えられる防御魔導具の開発が命題だが、その子は何を?」

「はっきりと聞いたわけではないが、作った魔導具からして省魔力化と低価格の魔導具だな」

「省魔力はともかく、低価格?」

 魔導具と言えば高価なもので、戦争に使う攻撃用、あるいは防御用が主流……生活に使われる魔導具も貴族や王族、豪商やそれに準ずる立場が使うもので、低価格にするという発想はなかったな。

「彼女は光の魔導具を作るようにとの指示に、魔導ランプではなく銀ボタルを使用した新しい魔導具を作り出した」

「銀ボタルっ!?」

「そうだ。俺とお前が共同で作り出した通信用魔導具に必要不可欠な銀ボタルを使っていた」

「まさか、発光器官をっ!?」

 通信用魔導具は俺とアランがこの研究室を立ち上げるきっかけになった魔導具で、今や周辺国の王族や政府に必ず設置されていると言われるほどの魔導具だ。
 この魔導具の中には銀ボタルの発光器官が使用され、それまで箸にも棒にも掛からなかった銀ボタルの需要を一気に押し上げた原因にもなった。

「いや、使ったのは銀ボタルの鱗粉だ。そもそも発光器官は通信用魔導具のために他には渡していないからな」

「……鱗粉」

 銀ボタルは求愛のために発光器官を使用するのだが、そもそも同種を発見するために鱗粉も発光することは広く知られている。
 とはいえ、所詮は虫の鱗粉なので明度は低く、発光器官を取るついでに鱗粉も採取されてしまうという、ただそれだけのものだ。

「確かに出来上がった魔導具はお世辞にも明るいとは言えないものだったが、暗闇の中、移動をしなければならないメイドや侍従、兵士にはありがたいものと言えるものになっていた」

「……そうか、魔導ランプは火が出るから移動時には不向き。……それを考えれば明るさが落ちても火を使わない魔導具は需要がある」

「さらに、銀ボタルの鱗粉は現状使い道がなく、価格は最低ランク。だが、通信用魔導具のために採取しないわけにもいかない」

 暗闇の中、灯りを持って移動するのは庶民だけ……金持ちは暗闇の中、わざわざ移動しないし、屋敷の中なら魔導ランプを点けておけばいいだけだからな。
 だが、庶民が高価な魔導ランプを買うことは出来ず、買っても魔導ランプを持って移動するのはリスクが高すぎる。

「……確かに、よくできている。銀ボタルの鱗粉ならそれなりの量を使っても、魔石の使用は少ないからその点でも価格を抑えられるのか」

「魔導ランプなら1週間も使えば中型の魔石が空になるが、銀ボタルの鱗粉なら同じ期間使っても小型の魔石……いや、下手したら使い道のない極小魔石でもいけるか?」

「……はぁ~、わかったわかった。そいつは奇才も奇才。アランが研究室に誘うに足るだけの実力者だな。……だが、その一発で終わらなければいいがな」

「その点についても問題ない。皇国から送られてきた推薦状には在学中に採点魔導具を改良して、新たな魔導具の設計をしたそうだ」

「はっ!?」

 採点魔導具って、あのほぼほぼブラックボックス化していて、どんな素材を使っているのかもよくわからない、アレだよな!?

「本人は魔導具師の資格を持っていないこと、皇国が作り出した魔導具を元に製作したことなどを理由に権利を放棄したらしいが、皇国の魔導具師からは資格取得後に権利を譲渡する旨の書類が送られてきた」

「……呆れて物も言えんわ」

「別にこの推薦状や書類だけなら放っておいてもよかったんだがな」

「まあ、他の研究室はコネ作りか補習用だから、確かにここに誘ったのは正解だ。とはいえ、本人はどう言ってるんだ?」

「……多分、来る」

「多分ってお前……」

 こりゃ、確約はとれてないな。
 研究室に所属したいという学生は多々いるが、所属するのは本人の意思があってのこと。
 いくら優秀でも、本人が所属したくないと言っているのに囲うことは出来ないんだぞ?

「両親に相談しなくては答えられないと」

「そりゃあ、まっとうだ。野郎ならともかく、女学生が勝手に研究室に入るだなんて言えないだろ」

「……まあ、それは俺もわかっている。それに彼女は元貴族だからな。いろいろとあるのは分かる」

「……元貴族なのか?」

「王国の王太子の婚約者だったと聞いたな」

「偉い人じゃねーか!? なんで魔導具師に!?」

「学園長との話では婚約破棄されて、ということらしいが、元々王国で魔導具を作っていたという話だ」

「ああ、それでアイを名乗るって話につながるのね。……というか、王太子の婚約者が魔導具を作って問題ないのか?」

「趣味の範疇なら問題ないだろう」

 いやいや、問題、大アリだろ!
 魔導具の製作は火も使えば刃物も使う、素材の中には肌がかぶれるモノや触ると指先が傷つくものも少なくないし、どう考えても令嬢が趣味にするもんじゃない!

「まあ、いいや。詳しいことは本人が来たら聞くわ。……んで、俺にこの話を持ってきたのは何? 彼女を口説いて研究室から離れなくしろと?」

「いや、節操なしのお前は彼女になるべく近寄るな。俺が研究室を空けているときに彼女が来たら、所属の手続きをしてほしいだけだ。彼女がなんらかの条件を付けてきたら、お前の権限の範疇なら許可を出していい」

「はいはい。そもそも、俺は年上のお姉さんが趣味だから、学生には興味ないよ」

 とはいえ、あの女嫌い……まあ本人は女嫌いじゃなくて、顔や名声、金に惹かれてくる連中が鬱陶しいだけといっているが……なアランがここまでするなら、悪友の俺としては応援するだけかな。
 まあ、アランが研究室を空けるのは月に4~5日程度、この調子なら俺が出るまでもないとは思うけどな。


 な~んて、思っていたら、ちょうどアランが政府から通信用魔導具の整備を頼まれた日に限ってそのお嬢さんが研究室を訪ねてくるんだもんなぁ。

「はじめまして、アイリス・エンダーハイムと申します」

「はいはい、アランから聞いているよ。俺は研究室所属の研究員でリヒター・ジェンスね」

 アランが執着するだけあって、なんて言ったら悪い気もするけど、20年も経てばいい感じのお姉さんになりそうな素質はありそうなお嬢さんだ。

「はい、アラン様に研究室に所属してほしいと言われたので、見学というか……に来たのですけど……」

「ごめんねぇ、当人のアランは今ちょっと外していてね。どうする? 日を改める?」

「いえ、ちょうどいいです。アラン様がなぜ私にそこまで執着するのか、リヒター様にも聞きたいです」

「……様付け。……まあいいや。アランが執着するのはアイリス君の能力が魅力的だからだろうね。俺もアランも魔導具と言えば高価で強力なものと決めつけていた。だが、君の作った魔導具はその逆を行っていた」

「……誰でも気軽に魔導具を使えるというのは、やはり既存の考えとは違うのですね」

「そうだねぇ。アイリス君の師匠がどう考えていたかはわからないけれど、世間では魔導具師と言えば強力な魔導具を作って大金を稼いでいる連中だからね」

「……そうなんですね。私は趣味で魔導具を作ったり、設計していたので、その辺の感覚がどうもあいまいで。……あと、私には師匠はいません」

「……ん? 師匠がいない?」

「はい、王国には私の知る限り魔導具師はいなかったので、他国から輸入した教本などを利用して独学で学びました。なので、いろいろと常識から外れていることは自覚しています」

 え? 独学? いや、確かに小国では魔導具師がいなくて、教本を見ながら学ぶ人もいるとは知っているが、そのほとんどは共和国の学園にもこれずに魔導具師になることを諦めるんだぞ?

「……ふむ。……気が変わった。アランの推薦がなくても君はこの研究室に所属するべきだ」

「? 研究室に所属するか否かは本人の意思によるのでは?」

「だが、見学に来たということは興味があるということだろう? 何が問題だ? 両親を説得できなかったのかい?」

「……両親は説得できたというか、むしろ乗り気でした。……問題はメリッサです」

「ふむ、察するに君の隣にいるメイドさんかな?」

「はい。メリッサは学生ではないので教室への立ち入りはできません。ですので、研究室に所属すると、メリッサは休憩室でずっと待つことになってしまうのです」

「ああ、そんなことか。なら、メリッサさんも研究室にいると良いよ。各教室のルールは学園が作っているけれど、研究室は室長となった人間がルールを作れるからね。今日からこの研究室ではお付きの人間も入室可能というルールを設けよう」

「えーと、リヒター様が勝手にそんなルールを作っていいのでしょうか?」

「ふふん。アランも君を研究室に入れたがっていたから良いだろう」

 この常識外れでありながら奇才としか言いようがない才能の塊を囲うことができるのなら、その程度のルールの追加は問題にもならない。
 それに我が悪友の幸せが叶うかどうかの瀬戸際でもあるからね、この子が他の人間に見つかる前になんとかしておかなくっちゃね。
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