灰色に夕焼けを

柊 来飛

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2人を引き裂く手

話し合い

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 約束のその日まで、その人を見る時はなかった。前日の夜、先生は僕に言う。

「怖かったら相席しなくていいんだぞ」

「それは駄目ですよ。僕の問題なんですから」

「…まぁ、手は出させない。逆に、俺がアイツに手を出しそうになったら止めてくれ」

 先生は僕に頼む。その時が来ないことを祈るばかりだ。
 あの人が来るのは明日の土曜日の午前10時から。そのときまでに、僕は強く心を持たなくては。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 約束の時間にインターホンが鳴る。先生が出ると、そこにはあの人がいた。

 リビングで僕は先生の隣に座り、その人と向き合う。

「結論から言う。烏坂をそっちに渡す気はない」

 先生がピシャリと言い放つ。
 しかし、その人も短い期間の間に色々考えてきたのだろう。前とは違い、少し威勢よく話し始める。

「お前がどう思おうが、決めるのは烏坂だ。なぁ烏坂、少し聞いてくれるか?」

「………何をですか?」

 本当は話なんて一ミリも聞きたくない。でもそれでは話し合いの意味が無いし、相手も諦めてくれないだろう。
 僕の答えを了承と受け取った相手は話し始める。

「まず、お前をあんな扱いをしたのは悪かった。あの時は人数も多かったし、お前一人に割く時間が無かったんだ」

「人数が多かったのにも関わらず、烏坂に全部家事を任せたのか」

 先生が少しイラついた声で言うと、相手は視線を流して押し黙る。僕は先の話を催促する。

「酷い扱いをしたと思ってる。異常者の妹だからと距離を取って。でも分かって欲しい、みんな怖いんだよ。関わって自分まで被害者になったらって思うと」

「被害者は烏坂だろ。それをお前も知っていたはずだ、なのに何故話を聞こうともしない」  

 僕が言いたいことを先生は言ってくれる。僕がこの人に上手く意見を言えないことを知っているからだ。

「だから、それを今謝ってる!すまない、烏坂。お前がいなくなってお前の偉大さを痛感したんだ。お前はあんなに大変だったことをほぼ一人でやってくれた」

「……だって、やらなかったら、怒られたから、」

 僕はその皮肉を絞り出すように言う。この言葉だけでも、何を言い返されるか僕はビクビクしている。
 
「すまなかった、烏坂。あの時はみんなピリピリしてたんだ。人数が多くて予算がカツカツで」

 それは事実だ。まぁそのせいで僕はろくに生活できなかったけど。

「でも今は違う。施設の人数も少なくなってきて前よりも楽な環境なんだ。賃金だって上がってる。だから、」

「楽な環境なら今いる人数で足りるんじゃ無いのか?」

「違う、楽だからこそサボるんだよアイツら。だから働き者の烏坂に戻ってきて欲しいんだよ、施設は」

 何となく話が見えてきた。僕に戻ってきて欲しいのはこの人の思いでもあるけど、施設の思いでもある。そのため、僕の担当だったこの人が今ここに来ているのだろう。

「働き者ね…。まさか、烏坂が自分から率先して仕事をしていたとでも思っているのか?」

「そんなこと思ってない、誰だって楽したいだろ。ただ、言われたことをちゃんとこなしてくれる烏坂に戻ってきて欲しいんだよ」

「お前、気づいているのか?」

「何をだよ」

 先生は大きく溜息を吐く。頭をガシガシと掻いて、呆れたように言う。

「それ、昔と変わってないぜ」

「は?何言って、」

「昔と同じで、烏坂をこき使うことしか考えてない」

「違う!ちゃんと金は払うって言ってるだろ!それに、烏坂の賃金は高めにするって話も出てる!」

「話が出ているだけで決定では無い」

 先生は淡々と事実を話す。本人はうまく騙そうとしたのだろうが、何しろ相手が先生だ。一筋縄では行かない。

「あの、」

 僕が声を出すと、二人の視線が集まる。

「その話って、僕を正社員として雇うって話ですよね?」

 それを言うと、その人は何か閃いたように前のめりで言う。

「そうだけど!別にバイトでも全然OKだよ!流石に、正社員より額は下がるけど」

「なんか、その話、僕がそこに行く前提で進められてませんか?」

 僕は質問する。

「僕はそこに戻る気は無いし、バイトでも行く気は無いです。なのに、僕の給料は上げるとか、そう言う話は、嫌です」

 僕は俯きながら言う。その人の目を見て話すことができない。もしも見てしまったら、僕はきっと何も言えなくなってしまう。

「……だそうだ、本人の意思だ」

 先生が言うと、相手の方から舌打ちの音が聞こえる。

「烏坂」

 その声にビクリとする。怖い、怖い。その声が。

「お前は、そんな奴だったんだな」

 失望の声。その声に僕はサッと血の気が引く。
 僕は誰かに求められないと生きていけない。誰かの役に立つことが僕の存在意義だと、この人に教えられたから。
 そんな僕の主人のような人から見切られた。それは、僕の世界が崩壊したようなものだ。

「ごめ、」

「もう謝らなくていいぞ、烏坂。お前のことはよく分かったし、変わったんだな。昔の素直で扱いやすいお前じゃなくなった」

 僕の視界が揺れていく。声が掠れて呼吸が荒くなる。僕は手を握りしめる。

「あの、」

 僕が言いかけたその時、低い声が両者の耳を貫く。



       「ふざけるなよ」





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