灰色に夕焼けを

柊 来飛

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止められない想い

迫る悪手

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「今年は、俺もゆっくり年越しできそうだ」

「本当ですか!?」

 不意に先生から言われた言葉に僕はパッと顔を上げる。

「じゃぁ蕎麦一緒に食べれますね!僕、沢山茹でます!」

「ありがたいな」 

 先生は僕の頭をわしゃわしゃと撫でる。
 先生と一緒なのが嬉しくて、頭を撫でてくれるのが嬉しくて、その日僕はずっと笑顔で過ごしていた気がする。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

〈みんな、勉強どうよ〉

 スマホの向こう側から声が聞こえてくる。今年もみんなで通話をしているが、流石に去年より参加する人数は減っている。しかし、それでも多い方だ。

〈無理ー!解答見ても分かんないところとかマジでムカつく!〉

 女の子が愚痴を言う。それは分かる。本当に何を言ってるか分からない時があるのだ。その時は先生に聞いたりしている。

〈小論文とかも、よくわかんねぇしよ〉

 クラスの男の子が言うと、ノンアルビールを飲んでいた先生が口を挟む。

「小論文のどこが分からないんだ?」

〈わっ、烏坂の先生、そういや大学の先生だっけ。そうなんすよ、コツとかあります?〉

「よく勘違いしてしまうが、小論文は感想文では無い。あくまでも、自分の意見や主張を書く文だ」

 サラサラと小論文のことや書くコツを言っていく。流石、現大学教授ということもあって分かりやすい。

〈すげー!よく分かりました!〉

「何かあったら聞いてくれ。こんな時間も、もう無しだろうしな」

 すると、みんな先生に質問攻めだった。勉強のことだけでなく、大学生活や授業についての質問もあった。先生は全ての質問に分かりやすく答えていた。

〈あっ!もうそろそろ年変わる!なぁみんなでジャンプしようぜ!〉

〈よくあるやつじゃん〉

「先生、僕たちもジャンプしますか?」

「俺がジャンプすると結構音響くんだよな」

「そうですね…じゃあ手を繋いで僕だけジャンプしましょう」

「手をつなぐ理由は?」

「僕と手を繋いでいるので先生もジャンプした判定です」

「ゴリ押しだな」

 と言いながらも先生は僕の手を握る。時計の針がちょうど上を回る時、みんなが一斉にジャンプをする。画面の中からドンと床に足を着く音がする中、僕は足が地に着く前に先生に抱き抱えられる。先生が僕の膝下に腕を入れ、先生の向かい合う形になる。

「へっ!?」

〈きゃあああーー!!〉

〈スッゲー!!今どうやった!?一瞬だった!!〉

 女子の黄色い悲鳴と男子の高揚の声が響く中、先生は僕の耳元でみんなには聞こえない声で言う。


「明けましておめでとう、夕」

「…、明けまして、おめでとうございます、鷹翔さん」


 僕が言い返すと、先生は柔らかく笑う。その顔があまりにもかっこよくて、僕は急いで先生から降りる。

「そんなすぐ離れなくてもいいだろ」

「べ、勉強が、あるから、」

「つれないな」

 先生は不満そうに言う。僕はとにかく切り替えようと席に座ると、先生も隣に来て数式を指差す。

「ここ、間違えてる」

「え?…あ、ほんとだ」

 僕が直していると、先生が口を開く。

「今日、初詣行こう」

「はい。………え?」

「合格祈願だ。寒くない格好していけよ」

 先生はそう言って持っていたスマホに目を移す。

〈夕ちゃん、初詣行くなら早めに寝る?〉

「そ、その方がいいかな…。先生、どう思います?」

「別にどちらでも構わない」

「んー、前も僕寝落ちしちゃって先生に迷惑かけちゃったし、今日はこのくらいで」

〈わかった!また学校でね!〉

「うん」

 僕が通話から抜けると、先生は僕に言う。

「寝落ちしてもいいんだが」

「だめですよ、迷惑かけちゃう」

「迷惑じゃない」

 そうは言っても僕は何回も運んでもらっている。毎回お世話になるわけにもいかない。
 僕は勉強道具を片付けて2階に上がろうとすると、先生は僕を引き止める。

「先生?」

「約束、忘れるなよ」

「忘れるわけ…」

 言い切る前に先生に力強く抱きしめられる。足元に勉強道具が散らばる。

「今日、施設から連絡があったんだ」

「…………なんて、内容だったんですか?」

「お前が高校卒業したら、こっちに寄越せと。施設の職員として雇ってやると」

「…そう、なんですね」

「勿論断ったさ。そしたら逆上してな。勝手に決めるなと、元はコチラの子供だと。どの面下げて言ってるんだと思ってすぐ切ってしまったんだが」

「正解ですよ」

「ただ、コチラの家の場所も知られてる。もし職員が来ても絶対出るなよ。後、知らない奴は全員出るな」

「分かりました」

 僕は先生の背中に腕を回す。

「先生、心配しないで。僕がそっちに行くことなんてあり得ないから」

「……ああ」

 先生の声はすごく頼りない。とても強い力で僕を離さないと言わんばかりに抱きしめてくる。

「先生、今日先生と一緒に寝ます」

「は、」

「先生、寂しがり屋だから」

「………そうか」

 いつもなら理由をつけて断る提案も、今日はスムーズに許可された。
 僕は先生の腕の中で守られながら意識を手放した。
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