灰色に夕焼けを

柊 来飛

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芽生え

暑さのせい

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 あの体の熱さの原因がわからないまま、僕は日々を過ごした。
 
 その日からと言うもの、これまで以上に先生と話すことに緊張した。
 目を見て話そうとすると、恥ずかしくなってすぐに逸らしてしまうし、先生に一言褒められるだけで、これ以上ない嬉しい気持ちになる。
 
 先生のそばにいたい、先生と一緒に話したい、そんな想いがずっと僕の心の中を埋め尽くした。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 時は過ぎて夏休みになった。写真部での部活活動は無く、僕はほとんどの時間を家で過ごす。外では太陽がジリジリと容赦なく地面を照りつけ、蝉がうるさく鳴いている。
 しかし、やる事はいつもと変わらない。
 家事が一通り終わったら宿題に取り掛かる。
 何十分か経った後、一休みしようと階段を降りると、先生がアイスキャンディを食べていた。  

「あ、いいなぁ」  

「お前の分も買ってある」  

「やったぁ」

 僕は冷凍庫から先生が食べているのと同じ種類のアイスを見つけて手に取る。
 袋を破り捨てて、ペロリとアイスを舐める。ヒンヤリとしていて美味しい。バニラ味のアイスキャンディだ。内側から体を冷やしてくれる。
 この部屋はクーラーをガンガンにかけているが、外の暑さはそれをも打ち消す勢いで、大量の熱気を送り込んでくる。

「暑い~」

 さっきは宿題に集中していて気にならなかったが、ふと暑いと思ってしまうと暑さが気になって仕方がない。  
 でろでろに溶けてしまいそうな暑さから少しでも逃れようと、クーラーが当たるところを探す。
 しかし、ちょうどクーラーの当たる場所は先生という先客が取っていた。

「先生、ずるいですよ」

「早い者勝ちだ」 

 僕はむっとして、先生が胡座をかいて座っている足の間にストンと座った。
 うん、ここならクーラーが当たって気持ちいい。

「おい、烏坂」

「ふふ、気持ちいです」

「あのなぁ…」

 何か言いたげな先生だったが、結局何も言ってこなかった。
 僕が涼んでいると、のしっと僕の頭の上に顎を乗せ、僕に寄っかかってきた。

「あ、暑いです、先生」

「俺も暑い」 

「じゃあ離れれば良いじゃないですか」

「お前が先に俺の方に来たんだろ」

「ぐぎぎ」

 しょうがないので先生の足の間から抜けようとしたが、ガッチリと先生の逞しい腕でホールドされて動けない。
 むしろ動こうとすると、余計に力が入って身動きが取れなくなる。

「せ、せんせ、離し、あ、暑い」

「道連れだ」

「そ、そんなぁ」

 抵抗すればするほど強まる腕の力。
 2人とも暑いと言っているのに密着している矛盾したこの状況。側から見れば異様な光景だろう。
 でも不思議と不快感はない。先生が近くにいる事。それは僕にとってそれ以上ない幸福だった。

「烏坂、アイス溶けるぞ」

「え、わっ」

 いつの間にか先生はアイスを食べ終わっており、僕のアイスは溶け始めていた。
 僕は急いでアイスを食べ始める。途中、手に溶けたアイスが滴ってきてしまい、ああもうと言ってアイスを舐めとる。品性がまるでないが、許して欲しい。誰だってこんな経験あるだろうし。

 そんな状況を見ていた先生は、グッと喉を鳴らして僕に忠告する。

「おい烏坂。それ、人前でやるなよ。特に男の前では」

「や、やりませんよ。先生の前だけです」

 品性の無い女だと思われてしまうと先生は危惧して言ってくれたのだと思うが、そんなの僕だって分かっている。人前ではやらない。
 しかし、先生の前では自然体でいると言ったのだ。そんなことを建前にしながらアイスを食べ進める。

 最後の一口といったところまで来た時、先生が不意に言った一言に僕は衝撃を受ける。

「お前、美味うまそうだな」

「へっ!?」

 僕はびっくりしてアイスを落っことしそうになる。ギリギリのところでアイスを口に入れて、驚いた目で先生を見る。
 しかし、後ろからホールドされているため、完全には後ろを向けず、横目で先生を見ることになる。

「な、なな、何言って…」

「お前白いだろ。だから」

「し、白いから!?」  

 暑さで頭でもやられたのだろうか。僕がここに座ったばかりに。もしかして、さっき食べたバニラアイスと勘違いしてるのでは?

「ぼ、僕を食べても美味しく無いですよ!」

「…バニラ味で甘くて美味そうだが」
  
 やっぱり勘違いしてる!目を覚ましてくださいよ先生!僕がここに座ったのが全ての原因なら謝りますから!

「か、勘違いしてないで、離してください!ア、アイスもう一本取ってきましょうか!?」  

「いやいい」

 そう言って、先生は僕の手を取って指を絡める。僕の手は溶けたアイスでベトベトだ。それにも関わらず先生は僕の指で遊んでいる。
 突然の出来事に頭が追いつかない。暑さも相まって正常な判断ができなくなる。
 ただ、指を絡めているだけなのに。な、なんだか、いけないことをしている気分になる。
 
 先生は僕の首筋に顔を埋めてきた。髪がふわりと当たる。ビクリと僕の肩が跳ねると、先生はフッと笑った。
 その少し熱を帯びて湿った息も僕の肌に当たる。
 
 目の前がグルグルしてくる。僕は、いま、どんな顔をしている?きっと、酷い顔をしているだろう。こんな顔、先生には見せられない。
 顔が熱い。喉が渇いて、口からは言葉が発せられない。心臓が痛いくらいに忙しく鼓動する。先生に聞こえていないだろうか。
 僕が固まっていると、後ろからカラカラと先生の笑う声が聞こえる。

「フハハッ。すまん、少し意地悪し過ぎたな。つい、可愛くて」

「せっ、せん、か、かわ…?」

「ああ、可愛い」

 先生は僕の顔を見て満足そうに笑うと、自室に戻ってしまった。

 僕は今起こったことを処理しきれず、全てこの夏の暑さのせいだと決めつけた。
 

 その日1日は宿題が手につかなかった。
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