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宿屋の娘は美男美女に付き合ってほしい

3 セールストーク(下手)

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 常に爽やかかつスマートなテオさんをもってしても、突然彼女候補を紹介されると思考停止するらしい。

「うん?俺の聞き間違いかな?ちょっとなんて言ったか分からなかったよ」

 テオさんがなんとか立ち直って聞き返してきた。が、爽やか笑顔は少し引きつっている。

「ああ、少し早足になっていましたね。こちらの美人さんを、ぜひ!彼女にどうでしょうか!名前はリリーさんです!私のおすすめです!ええ、そりゃあもう、ぜひくっついていただきたい!」

 ジャ〇ネット並のハイテンションでセールストークのように女性を薦める私に、引き攣った笑顔のテオさん。一緒にいたラスターさんとジィールさんは面白そうに傍観している。
 ちなみにこの二人も、チュートリアルで選べる先輩冒険者だ。ラスターさんは褐色の肌に赤茶色の髪と瞳をした、オッサンとお兄さんの間くらいのワイルド系イケメン。ジィールさんは緑の瞳に軽く結われた銀の長髪、眼鏡をかけたインテリ系だ。



 私の奇行によってできる混沌とした空気を変えたのは、唖然としていたリリーさんの一括だった。

「ま、マリアちゃん、何てことしてんの!?見ず知らずの女を彼女にしろなんて、相手の迷惑も考えなさいよ!」
「良いじゃないですかー。だって好みなんでしょう?」
「っ!し、仕事してくるっ!ごちそうさまっ!」

 私の一言に彼女は真っ赤になって、しかし律儀にお金は置いて出て行ったのだった。




「……ね?可愛くないですか?」

 彼女が去って行った後、私はぼそりと呟く。

「ま、確かに珍しいモンは見れたな。というか、お嬢はいつ『紅の女帝』と仲良くなったんだ?」
「確かに大分噂と違う印象だったな。彼女がこの町に来たのは一昨日だと聞いたが、ここの宿に泊まっていたのか?」

 クツクツと笑いながらラスターさんが言って、ジィールさんがそれに同意した。二人とも私とリリーさんの接点が思いつかないようだった。

「リリーさんには今日会いました。仲良くなったのは、うーん……共通の趣味みたいなものです!」
「趣味ぃ?何だそれ?」
「これ以上はプライバシーに関わるので、伏せさせていただきます!」

 笑顔で言い切った私に三人は、顔を見合わせるとしょうがないなといった感じで苦笑する。この兄様方の包容力ですよ。



「ところで、『赤の女帝』って何ですか?リリーさんに関係あるんですか?」

 話しの区切りが付いたところで、さっきから気になっていたことを聞いてみた。
 すると三人は一瞬ぽかんとした後、ラスターさんは爆笑し、ジィールさんは頭痛をこらえるように額に手を当て、テオさんは再び苦笑していた。

「彼女を目の前にして平然としていると思ったら、気付いていなかったのか……」
「知らないで声かけるとか、どんな強運だよ!」
「私は冒険者ではありません!ただの宿屋の娘が、他国の冒険者をそこまでよく知るわけが無いじゃないですか!」

 心底呆れたという風なジィールさんと、爆笑し続けるラスターさんには、とりあえず抗議しておく。

「まあ、それもそうだね。本人は目立つのが嫌いらしくてあまり表には出ないけど、冒険者の中では有名なんだ。大剣を背負った赤髪の女性冒険者と言えば『あかの女帝』、上級冒険者のリリーだって」

 ふてくされた私を説明付きで宥めてくれるのはやはり皆のお兄ちゃん、テオさんなのでした。


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