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国軍少佐期

10 和解です

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 アリアは何も言わなかった。
 ただひたすら、口を引き結んで目に涙を溜めていた。きっと瞬きの一つでもしようものなら、その涙は溢れてしまうことだろう。

 ここで開き直ることをしなかったのが、彼女の答えだ。
 突然知らない世界に転生をして、都合の良い考えに依存してしまったのは愚かだったとしか言い様がない。しかし彼女は、ここで嘘がつけないくらいには素直な子だったようだ。

 私は彼女の目の前に立ち、彼女の頭をできるだけ優しくなるようになでた。

「突然こんな世界に来て、驚いたでしょう。私もそうだったからね」
「……うっ、ぇぐっ……うわぁぁぁん!」

 急なことで驚いたのか、肩をはねさせたアカネは涙をこぼしてしまい、そこから堰を切ったように声を上げて泣き出した。

「うっ、だって……お、お母さん置いて死んじゃって……ひぐっ、気付いたら1人で……」
「うん……うん。寂しかったんだよね。味方が欲しかったんだよね」

 アリアの話を聞く限り、アカネに前世の記憶が戻ったのは1年前、14歳の時だ。
 気付けば知らない土地。知識はあっても、感情が追いつくには体が成長しすぎていたのだろう。

 そんな中で、“アカネ”としてではない彼女が経験としてよく知っている『ホリヴァル』の攻略対象者達は“アカネ”の幼なじみ。
 まるで雛鳥の刷り込みのように、彼らだけが信じるべき、手離してはいけない味方だと考えたとしてもおかしくはない。


「君は今まで1人のつもりでいたでしょう? 本当のことを言ったって信じてもらえないかもしれないって。それは寂しかっただろうね」

 少し落ち着いたアカネは、私の言葉にはっとした表情になる。

「でもね、同じ境遇の人間が少なくとも3人はここにいる。君の『寂しい』は、私たちが引き受ける。だから……戦乙女が召喚されたとき、その子を同じ人として扱う1人になってくれないかな?」

 私がゆっくりと言葉を繋ぐと、一拍おいて彼女はこくり、と小さく頷いた。


「うん、良い子だね」

 私が言うと、アカネは少し恥ずかしそうに目をそらした。
 しかし。

「ほんと、さっきまでの威勢はどこに行ったのかしら?」
「…………なに?なんか文句でもあんの?」
「あら?私にはくってかかるのかしら?」
「あんたみたいに態度が悪かったら当然でしょう!」

 アカネが素直になったかと思ったら、アリアと喧嘩を始めてしまった。
 ……うん、アリアは甘ったれが嫌いだったよね。

「大た──むぐっ!?」
「っ!?」

 アカネが口を開いたタイミングで彼女の口に団子が放り込まれ、続いてアリアの口には煎餅が押し込まれた。

「お腹が空くといらいらするよねー」

 犯人であるユナは、のんびりとした口調でそう言いながらどら焼きを囓る。

「ユナ……あなたね……」

 アリアは低い声で呟くと、次に声を張り上げた。

「くれるなら私もどら焼きが良かったわ!それかカステラ!急にお煎餅なんて痛かったじゃない!」
「あははっ、ごめんごめん。次は気をつけるねー」
「次はアカネだけで良いのよ」
「はーい」
「なんでそうなるのよ!?」

 呆気にとられた様子でその様子を見ていたアカネは、そこで怒ったように2人の間に入っていく。
 そうやって言い合う姿は様子はもう、仲の良い友達同士のじゃれ合いにしか見えなかった。


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