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少年期

4 特訓です

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「それじゃあペイトン婆さん、お世話になりました」
「たまには顔を出すんだよ」
「もちろん!そのときは扱き使ってくれて構わないよ」
「ふぇっふぇっ、当然さね」
「それじゃあ、またね!」


 ギャヴィンさんに師事することになってすぐ、私は孤児院を出て傭兵団の見習いになった。
 ギャヴィンさんの特訓は孤児院を出たその日から始まったのだが……


「遅い。10周追加な」
「はぁ、えぇ……そこを、なんとか……」
「俺がまけてやるのは美女だけだ。よってガキは10周追加。あわせて20周な」
「酷え!鬼畜だ、この、エロじじい!」
「ああ?おまえ、王子様(笑)目指してるんじゃなかったのか?その口調じゃ下町のガキだぞ。10周追加」
「ふざけん、なぁぁぁぁ!!」

 初日からランニングしかさせてもらえず、ほぼ毎日似たようなやりとりがなされている。しかし言い返さないで黙々と走った場合、「お?このくらいで疲れてんのか?体力ねえなあ。20周追加」と言われるのだ。鬼である。
 しかもギャヴィンさん、いくら走っても息一つ乱さず茶々を入れてくるのが余計に悔しい。

 そしてランニングコースがこれまた酷い。
 舗装された町の中ではなく、外側を走るのだ。私たちが住む首都の南には砂浜が、東には森が、西には岩山があり、それぞれ非常に足場が悪い。北の丘陵地帯は草原のようになっているものの、上り下りが激しい。

 弱音を吐いたら10周追加、躓いたら10周追加、転んだら20周追加、手を抜いたら30周追加……
 まあ、終わるわけがない。

 時間を忘れるほど走って途中で記憶が途切れて、気付けば自分のベッドの上だったことが何回あっただろう。
 正直、普通の人であればとっくに体を壊しているところだ。そうなったら「やってられるか!」とか言ってもっと優しい特訓に変えてもらうのに……
 起きる度に出会う全ての傭兵達から尊敬と哀れみの目を向けられるのだ。明らかにオーバーワークである。


 しかしレミーの体は憎らしいほどにハイスペックであった。
 体を壊すどころか体力がついて、だんだん早く、長く走れるようになってきたのだ。
 そしてついに。

「はい、ノルマ完了ー」
「ノルマ?何の、ですか?」
「え?ランニングのだろ」

 言われた意味が分からず走り続けて、数分経って漸く理解し、立ち止まった。

「…………なんだって?」
「え?ランニングのだろ」
「その前!」
「えーっと?ノルマ完了、だったか?」
「それ、まじですか?」
「うんまじ。お疲れさん」

 あの、体力強化用鬼畜メニューを乗り越えたということか……

「お、おぉぉぉぉ…………」

 言葉にならない感動で呻き声のようなものを上げる私は、まだ気付いていなかった。

「よし、ここまでやれば多少厳しく鍛えても死なねえだろ」
「…………え?」


 本当の地獄はこれからだったのだ。

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