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保健室の先生
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今井先生はティーカップをデスクに置くと、デスクの前の座り心地の良さそうな椅子へと戻った。ゆったりと腰を掛け、そして、私の方を見ると、微笑みながら言った。
「入学式が終わりましたね。もう行かないと、ホームルームに遅れますよ?」
言えない。今ので、身体に力が入らなくなってしまったなんて、言えない。じわり、顔が熱くなってくる。私がなにも言えずに黙り込んでいると、今井先生は溜め息を吐いた。
でも、その溜め息は嫌な気分で吐いたものじゃなかったらしい。今井先生の顔には、嫌な表情は浮かんでいなかった。代わりに浮かんでいたのは、困ったような微笑み。
「もしかして、身体に力が入らなくなってしまったんですか?」
なんでわかるんですか。
「雛ちゃんは、本当に可愛らしいですね。でも、これ以上サービスをしたら、サービスのし過ぎになってしまいますからね。自力で立ってください」
今井先生の意地悪。今度は、目頭が熱くなってきた。悲しいわけじゃない、けど、今井先生の甘さが後を引いて、もっともっと、と求めてしまう。私が求めているのもわかっていて、今井先生は意地悪を言っているのだろうか。
今井先生が、クスリと笑った。
「……いいですよ?立たせてあげても。ただし、」
そこで言葉を区切って、今井先生は再び席を立った。そして、私の背後に回り込んで、耳元に口を近付けて、囁くように続きを言った。
「また、保健室に来てくださいね。理由は紙で指を切った、でも、仮病でも構いませんから、また来てください」
ちゅ。再び、音を立てて、耳に口付けられる。耳に口付けられた瞬間、背筋がゾクリとした。その感覚を味わう間もなく、両脇に腕を入れられ、私は若干強引に椅子から立たされた。
駄目だ、頭がぽーっとして、なにも考えられない。
「……返事は?」
今井先生は、やっぱり意地悪だ。私が、ノーと言わないのを、言えないのをわかっていて、聞いてくるんだから……あぁ、私は入学早々、とんでもない人に落ちてしまったらしい。
「また、来ます」
私が小さく、そう返事をすると、今井先生に頭をポンポンされた。
「よく言えました。じゃあ、迷子にならないように気を付けて」
手を離す時は、これでもか、というくらいあっさりと。今井先生は私の背を押して、保健室の扉に向かわせる。ぼんやり、今井先生が扉の鍵を開けるのを見ながら、考えていた。
たぶん、私はこれから保健室に入り浸るんだろうな。でも、あんまり保健室に入り浸っていたら、ゆきちゃんが心配するかな。どうしようか、来ないという選択肢は……選べない。
「今井せんせ、」
「なんですか?」
私が振り向くと、今井先生はすぐ後ろで、機嫌の良さそうな顔をしていた。こんな顔も出来るのか、というほど、嫌な顔をしている時と違っていて、少し驚いた。
「私、お昼休みと放課後にお腹が痛くなるんです。だから、毎日、保健室に来るかもしれません」
私の口からするりと出てきた、嘘の理由。それを嘘とわかっていて、今井先生は頷く。
「いいですよ。女子生徒は診ない主義なんですけど、君は特別に診てあげます……雛ちゃん」
どんな主義だ、と言いたくなったのを我慢して、私はにへっと笑ってみせた。
「絶対ですよ!」
私はそう言うと、保健室の扉を開けて、自分の教室を目指して走り出した。走らないと、嬉しいドキドキでおかしくなりそうだったから。
今井先生。私は心の中で、今井先生の名前を呼んだ。雛ちゃん。今井先生が私を呼ぶ甘い声が、頭の中で再生された。
「入学式が終わりましたね。もう行かないと、ホームルームに遅れますよ?」
言えない。今ので、身体に力が入らなくなってしまったなんて、言えない。じわり、顔が熱くなってくる。私がなにも言えずに黙り込んでいると、今井先生は溜め息を吐いた。
でも、その溜め息は嫌な気分で吐いたものじゃなかったらしい。今井先生の顔には、嫌な表情は浮かんでいなかった。代わりに浮かんでいたのは、困ったような微笑み。
「もしかして、身体に力が入らなくなってしまったんですか?」
なんでわかるんですか。
「雛ちゃんは、本当に可愛らしいですね。でも、これ以上サービスをしたら、サービスのし過ぎになってしまいますからね。自力で立ってください」
今井先生の意地悪。今度は、目頭が熱くなってきた。悲しいわけじゃない、けど、今井先生の甘さが後を引いて、もっともっと、と求めてしまう。私が求めているのもわかっていて、今井先生は意地悪を言っているのだろうか。
今井先生が、クスリと笑った。
「……いいですよ?立たせてあげても。ただし、」
そこで言葉を区切って、今井先生は再び席を立った。そして、私の背後に回り込んで、耳元に口を近付けて、囁くように続きを言った。
「また、保健室に来てくださいね。理由は紙で指を切った、でも、仮病でも構いませんから、また来てください」
ちゅ。再び、音を立てて、耳に口付けられる。耳に口付けられた瞬間、背筋がゾクリとした。その感覚を味わう間もなく、両脇に腕を入れられ、私は若干強引に椅子から立たされた。
駄目だ、頭がぽーっとして、なにも考えられない。
「……返事は?」
今井先生は、やっぱり意地悪だ。私が、ノーと言わないのを、言えないのをわかっていて、聞いてくるんだから……あぁ、私は入学早々、とんでもない人に落ちてしまったらしい。
「また、来ます」
私が小さく、そう返事をすると、今井先生に頭をポンポンされた。
「よく言えました。じゃあ、迷子にならないように気を付けて」
手を離す時は、これでもか、というくらいあっさりと。今井先生は私の背を押して、保健室の扉に向かわせる。ぼんやり、今井先生が扉の鍵を開けるのを見ながら、考えていた。
たぶん、私はこれから保健室に入り浸るんだろうな。でも、あんまり保健室に入り浸っていたら、ゆきちゃんが心配するかな。どうしようか、来ないという選択肢は……選べない。
「今井せんせ、」
「なんですか?」
私が振り向くと、今井先生はすぐ後ろで、機嫌の良さそうな顔をしていた。こんな顔も出来るのか、というほど、嫌な顔をしている時と違っていて、少し驚いた。
「私、お昼休みと放課後にお腹が痛くなるんです。だから、毎日、保健室に来るかもしれません」
私の口からするりと出てきた、嘘の理由。それを嘘とわかっていて、今井先生は頷く。
「いいですよ。女子生徒は診ない主義なんですけど、君は特別に診てあげます……雛ちゃん」
どんな主義だ、と言いたくなったのを我慢して、私はにへっと笑ってみせた。
「絶対ですよ!」
私はそう言うと、保健室の扉を開けて、自分の教室を目指して走り出した。走らないと、嬉しいドキドキでおかしくなりそうだったから。
今井先生。私は心の中で、今井先生の名前を呼んだ。雛ちゃん。今井先生が私を呼ぶ甘い声が、頭の中で再生された。
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