僕の恋人

ken

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それから1週間、僕達は毎日激しく求め合った。今までの8年間を埋め合わせるように、斗真さんが帰ってくる時間には僕は斗真さんを受け入れる準備を済ませ、今か今かと彼の帰りを待ちわびた。斗真さんが部屋の鍵を回す音が聞こえると、僕は小走りで玄関に行き、斗真さんに抱きついた。斗真さんも、もう靴を脱ぐのももどかしい様子で僕に口付けし、僕達は玄関から寝室に行くまで待ちきれず互いの服を脱がせ合った。
寝室で、僕達は貪るように互いの身体中を口付けあい、撫で合い、互いの快感を引き出そうと必死で舐めまわした。斗真さんは優しく、でも激しく、僕の中に挿入し僕はあまりの快感に身体を震わせながら咽び泣いた。腹の奥に感じる斗真さんの身体が、愛おしくてたまらなかった。何度も何度も斗真さんは僕の中で果て、僕もその度に果てた。抱き合えば抱き合う程に、互いに対する愛情が溢れ出し、僕はもう自分の皮膚が溶けて無くなって、斗真さんとひとつになれれば良いのにと思った。
僕達は食事も摂らずに愛し合い、繋がったまま眠った。
まるで動物のようだった。

そして7日目の朝、斗真さんはついに高熱を出した。寝不足と疲れと栄養不足。僕は理性を失った自分に深く反省した。
「ごめん。ごめんよ。」
そう言いながらお粥を食べさせ、おでこに冷たくしぼったタオルをのせる。
「ごめんはぼくの方だよ。優斗さんの方が体の負担が大きいんだから。それなのにぼくが熱を出すなんて、不甲斐ないよ。」

リモートでの打ち合わせや図面の仕上げをしながら、それでも斗真さんの看病ができるのは在宅ワークの利点だった。斗真さんが熱を出して2日目、僕も発熱した。結局、インフルエンザだったのだ。
僕達は2人で病院に行き、そろって処方されたタミフルを飲みながら、ベッドに並んで寝た。斗真さんがクスクスと笑い出した。
「ぼく達、お互いにインフルエンザをうつしあったんだね。SEXのし過ぎじゃなかった。」
「そうだね。僕も睡眠も食事もせずやり過ぎたからだと思った。」
「猿みたいだったね、ぼく達。」
「猿ってそんなにするの?」
「え?知らないよ。するんじゃない?」
「動物って子作りの為にしかしないんじゃなかったっけ?」
「チンパンジーの仲間のボノボってのは、挨拶とか仲直りの印にするらしいよ。オス同士、メス同士でも。」
「あ、じゃあ僕達ボノボだ。」
「そうだね。ボノボだ。」
くだらない話を延々としながら、熱く怠い身体を寄せ合った。
先に熱が下がった斗真さんが、今度は僕の看病をしてくれた。僕は熱に浮かされながら幸せを噛み締めた。実家では体調が悪いと部屋から出る事を許されず、1人で熱にうなされた。奏さんといた時も1度、インフルエンザに罹った事があった。その時は、熱のせいで熱くなった僕の口内が気持ち良いと、朦朧とする意識の中で必死に奏さんのものを咥えさせられた。悪寒でガタガタと震えながらも許されず、裸にされて何時間も犯された。早く終わって眠りたい。それだけを考えていた。
そんな事をチラリと思い出した。ほんの少し胸が痛んだが、その痛みはもう鮮明なものではなかった。
それよりも優しく看病してくれる目の前の斗真さんが愛しくてたまらなかった。この人を生涯信じて、大切にしていこう。そう改めて思った。

インフルエンザの熱と共に取り憑かれたようなSEXの熱も収まって、また年齢相応の穏やかな生活に戻った。それでも数日に一度は僕達は身体を求め合った。激しく求め合う時もあったが、僕達はどちらも性的快感を貪り合うというよりは、互いの身体を慈しみあうSEXを好んだ。達するかどうかよりも、互いの身体を優しく触り合うだけで、僕達は満足できた。

そうして、僕達はより強く愛し合った。


さらに10年の年月が過ぎた。

10年の間に、兄夫婦はイギリスに拠点を移した。兄はイギリスの舞台に出演する為オーディションを受け、脇役ではあるが徐々に重要な役を勝ち取る事ができるようになっていた。イギリスは、もともと高校を卒業した葵が大学進学のために住んでいた。植物の好きな葵は、ロンドンの大学でアートを学び、植物を使った装飾を仕事にしていたが、今はイギリスの田舎で師匠についてガーデナーを目指して修行中だ。大学生だった葵を訪ねるために度々ロンドンに行くようになった兄は、イギリスの舞台にのめり込んでいった。全くの無名の俳優達と共にオーディションを受け始めたのは葵の大学生活にも触発されての事だった。最初はオーディションの度に日本とロンドンを行ったり来たりしていたが、茜が高校を卒業し北海道の大学に行くことになり、それを機に兄夫婦はイギリスに移り住んだ。玲香さんは日本で仕事があると帰って来る。小さな甥や姪がどんどん大きくなって巣立っていくのは、寂しいけれど嬉しい事だった。彼らの成長をすぐ近くで見られて、関わる事ができて、子の持てない僕達は得難い体験をさせてもらった。彼らが巣立ち、兄夫婦がイギリスに行き、40代後半に差し掛かった僕達も何か環境を変えたいとうっすら思い始めていた。

「家を、建てない?」
そう言い出したのは、斗真さんだった。

彼は今でも原田左官に在籍しているが、引退した原田社長に変わって会社を牽引する存在だった。確かな腕と明るく誠実な人柄で、彼は国内外の有名建築家から名指しで依頼される事も多い。出張も多く、月の半分は海外にいるような時もあった。
僕自身も忙しくなり、アシスタントの女性を1人雇って、自宅ではなく事務所を借りて仕事をしていた。未だに人と会うのは苦手だが、アシスタントの女性は朗らかで、底抜けに明るく人と話すのが大好きな質で、彼女が僕の窓口になってくれるようになって仕事が劇的に増えた。打ち合わせも、彼女と一緒に行くと僕はクライアントの話を聞く事に専念できて、対外的な交渉や折衷も彼女に任せれば安心だった。彼女はまだ30代になったばかりだったが、地に足のついた聡明な女性で、信頼がおけた。図面に没頭して、斗真さんがいないと寝食を忘れがちな僕を、厳しくも温かく真っ当な生活に引き戻してくれる。

そんな生活の中で、僕達はマンションで2人で過ごすことが少なくなっていった。寂しさはお互いに感じていたが、今は仕事に邁進する時期だとも互いに思っていた。特に僕達は互いの仕事ぶりや才能を知っていて、尊敬しあっているからこそ、邪魔になるような事は極力したくなかった。どんな時にどんな集中力が必要か、互いによく分かっていたからだ。

「いつか、優斗さんの設計した家に住むのがぼくの夢って、いつも言ってたでしょ。優斗さんも自分の住む家を設計してみたいって言ってたし。それ、そろそろ実現させない?」
「え!?今?だって僕達、ただでさえ忙しくて顔を合わせるのも毎日って訳にいかないのに。」
「だからだよ。2人で共通の目標があったら、離れていてもより心が繋がってるって思える気がするんだ。」
「ごめん、斗真さん。僕、忙しさにかまけて斗真さんを不安にさせてた?」
「そんな事はないよ。それに、忙しいのはお互い様で、ぼく達はお互いの仕事の事もよく分かるから、不安になるってよりは応援したいって気持ちでしょ。」
「うん、僕もそうだよ。」
「そう、そうなんだけど。でも、もう一つ何か繋がりが欲しいっていうか、共通の目標があったらお互いにがんばれる気がするんだよね。それにさ、去年の夏に行ったフランスの家、覚えてる?トムがプロヴァンスに持ってる、あの家。」
「もちろん覚えてるよ。」

トムはイギリスに住む熱心な舞台作品の観客でパトロンでもあり、兄の才能を認めてくれていろいろなカンパニーに売り込んでくれた。気さくで陽気な彼は個人的に兄の友人でもあり、僕と斗真さんが葵と兄夫婦に会いにイギリスに行った時に、互いにゲイカップルである事がきっかけで僕達は意気投合した。株のトレーダーでもある彼は、僕と話も合った。彼の恋人はフランス人の男性で、彼らはフランスのプロヴァンスにある別荘に招待してくれた。そこで過ごした1週間は奇跡のように美しかった。

「少し郊外にさ、ぼく達もあんな家が持てたらな~って、ぼくあれからずっと夢見てるんだよね。」
「フランスの??」
「うんん、日本でも良いし。もちろんヨーロッパでも。タイとかラオスでも良いよね。」
「なんだか夢みたいだな。」
「何言ってるの!?ぼく達、もう良い歳だよ。そのくらい、頑張ればできるよ。」
斗真さんが僕の手を握ってぶんぶんと振りながら強い目で言った。
僕はその目を見たら、そんな夢のような事も出来るかも知れないと思い始めた。
「そうだね。そうだよね。」
「もちろん日本でも良いんだ。急がずに、ゆっくりゆっくり、2人の夢を育てていこうよ。とりあえず、土地を探してみない?時間がある時に、少しずつさ。本当に気に入った土地に、本当に気に入った物だけで小さな家を造る。2人の、終のすみか。」

終のすみか。

この言葉に、僕は涙が出そうになった。
思えば、僕の住宅建築家としての原点は、幼い頃のあの孤独な日々だった。どこにも居場所がなかったあの頃、僕は必死で自分が存在を許される空想の家を思い浮かべた。詳細に、ディテールまで思い描けば、僕は束の間、そこの住人になれた。その時間が、僕の壊れそうな心を何とか繋ぎ止めたのだ。
そして今、そんな空想が現実となり、愛する人と終のすみかを建てる。
なんて幸せなんだろう。
叶わなくても良い、それを2人で思い描き、それに向かって進めるだけで、それだけで幸せだ。

僕は思わず斗真さんを抱きしめた。

何年経っても、もう2人ともおじいちゃんって言われるような歳になっても、僕はこの人を美しいと思うし、抱きしめて口付けしたいという衝動にかられるのだろう。


僕達は戸籍上はまだ他人だった。

斗真さんは養子縁組をしようと言っていた時期もあったが、そうすると年齢が上の僕の戸籍に入るしか道はなく、僕は斗真さんのお母さんから斗真さんを奪うような気がしてできなかった。僕の、たった1人の寂しい戸籍に、斗真さんを、愛する家族に囲まれた彼の戸籍から移ってもらうのは、気が引けた。
斗真さん自身も、別の理由で躊躇いがあった。養子縁組したら戸籍上とはいえ親子になってしまう。もし日本でも同性婚が認められる日が来ても、養子縁組してしまっていたら僕達は親子なので結婚できない。そのため、僕達は何度も話し合ったが戸籍はそのままにしていた。
斗真さんのお母さんは僕にとって、初めて母親の温かさや可愛らしさを体験させてくれた人だった。斗真さんの妹の春美ちゃんが結婚した時は、僕は結婚式で誰よりも泣いてしまってみんなを笑わせてしまった。彼女は僕にとっては妹というよりは歳の離れた友達だった。葵や茜にとっては頼もしいお姉さんで、時々僕も彼女がずいぶんと歳下である事を忘れてしまう。そんな温かな家庭の中で、僕達は次第に戸籍の事はそれほど考えなくなった。でも、2人で家を持つとなると、もう一度その事も考えていかないといけないのかも知れない。

春美ちゃんと彼女の夫は、子供ができた事を機に鶴見の家で斗真さんのお母さんと同居する事にした。家を建て替えて二世帯住宅を造る事にして、その設計を任せてくれた。その設計をしながら、僕は何となく僕達の終のすみかについても考え始めた。


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