32 / 41
31 雨音①*
しおりを挟む
橙色の電球が揺れている。
降りしきる雨の音が響いている。
男たちの下卑た笑い声と獣のような息遣いが狭い部屋の中で交差している。
全身に激痛が走る。
体を貫かれた衝撃で意識が飛びそうになる。
既に血だらけになったそこを更に抉られる。
痛い。痛い。痛い。
息を荒々しく吐きながら男が何か叫んでいる。
何を言ってるのか意味が分からなかったけど、凄く嫌なことを言われてるのは分かった。
その直後、内臓をぐちゃぐちゃに掻き回される感覚に襲われた。
苦しい。苦しい。苦しい。
痛くて怖くて泣いて悲鳴を上げた。頬を打たれた。
反射的に「ごめんなさい」を口にすると男は愉しそうに笑って、更に深い場所を抉り抜いた。
部屋の中にまで響く雨の音がより一層強くなる。
拷問のような苦しみから逃げるように、その音に意識を傾けた。
「っ……!」
弾かれるように飛び起きる。
心臓がバクバクと激しい鼓動を打ち鳴らす。
呼吸が上手くできない。
頬を伝う汗が止まらない。
窓ガラスを叩きつける雨の音が耳に響く。
あの男たちの顔が手が声が迫ってくる──頭が真っ白になって全身を恐怖に支配されそうになったその時、楓は温かい何かにその身を包まれた。
康介に抱き締められたのだ。
悪夢に魘されて泣いて錯乱する楓を、康介は懸命に抱き締めた。
「よしよし、大丈夫。大丈夫だぞ」
安心させようと、康介は辛抱強く楓の背をさすったり頭を撫でたりを繰り返す。
康介の肩口に顔を埋めながら、楓は静かに涙を流す。
「辛かったな。怖かったな。よく頑張ったな。偉いぞ」
「…………」
康介の優しい言葉を受けながら、楓はひたすら涙を流した。
ほどなくして楓の体から力が抜けて、その身が完全に康介の腕の中に預けられる。
意識を手放したのだった。
眠りに就いた、とは言い難い。
恐らく、あの悪夢の中に還ってしまったのだろうから。
いずれまた魘されて飛び起きる。
それを何度も繰り返す。
部屋の中に響く強い雨音が、楓を忌まわしい記憶の中に引き摺り込むのだ。
最初は小雨だったものが時間の経過とともに勢いを増し、深夜である今では土砂降りの大雨になっていた。時折、雷の音も聞こえる。
それに合わせて、静かだった楓の眠りは激しい悪夢へと変貌する。
雨の音が楓のトラウマ発動のトリガーになっているのでは? と推測した康介の考えは正しかった。
「可哀想に……」
意識を失っても尚、楓の体は小刻みに震え続けていた。
落ち着かない、浅い呼吸を繰り返している。
(一緒に寝るようにして良かった)
一緒に寝るようにしていなければ、康介は何も分からないままだっただろう。
今にして思えば……入院中に楓は目の下にクマを作り酷くやつれていたことがあったが……あれも、彼が一晩中ずっと一人で雨音と悪夢に耐えていた跡だったのかもしれない。
「これからは俺も付き合うから。一緒に頑張ろうな」
意識の無い楓に呼びかけて、そっと頬に手を当てた。
「…………⁉︎」
ふと、康介が顔を顰める。
触れた頬が思ったより熱を帯びていたのだ。
明らかに発熱していた。
苦しそうに呻いているのは、悪夢だけが原因ではなかった。
(どうする? 処方されてる薬を飲んでるから解熱剤を使うのは良くない。
冷却シートとかあったかな。無ければタオルを濡らして使うか。
それから、水分も取らせないと……)
あれこれ考えている最中、康介は楓の額に汗が滲んでいることに気付いた。
「ああ……まずは服を着替えさせた方が良いな」
そう判断して、康介は楓の部屋からいくらかの着替えの服を持ってきた。
ぐったりとして動かない、何の反応も示さない楓の服を脱がせる。
「う……」
生身の楓の体は骨が浮いて見えるほどに痩せていた。
治りきっていない傷跡が、随所に色濃く刻みつけられている。
本来なら、哀れな姿だと嘆き悲しんでやるべきなのだろう。
しかし、しかし……
「楓……」
康介は横たわる楓をまじまじと見つめる。
薄明かりに照らされた白い体、そこに浮かぶ赤く生々しい傷跡。
力無く弱々しいその有り様は、なぜだか妙に艶かしいものに思えた。
恐ろしく美しい彫刻を目の当たりにしたかのように、康介は呆然とその姿に見惚れる。
「…………」
何かに導かれるように手を伸ばし指先で傷跡に触れると、楓の体がピクッと震えた。
ゴクリと生唾を飲む。
更に彼の肌に指を這わせようとした時、窓の外に鋭い閃光が走った。
「っ……!」
雷鳴が轟いて、康介の意識を正気に戻す。
楓に伸ばしかけていた手を止めて、康介は大きく息をついた。
(バカか俺は。一体何を考えてる)
冷静な思考で自分を戒める。
(あやうく、俺が楓を壊してしまうところだった)
それでも、ギリギリのところで手を止めた自分に心から安堵した。
もう一度、改めて深呼吸をしてから康介は楓に替の服を着せてやった。
冷たいタオルで額の汗を拭き、毛布を被せて様子を見る。
今は落ち着いて見えるが、時期にまた悪夢に魘されることだろう。
「頑張ろうな、楓」
熱い体を抱き寄せて、慈愛を込めて額に口付けをする。
そして康介は、少しでも助けになれたらと思い楓の手を握った。
後は、祈ることぐらいしかできない。
部屋の中には相変わらず雨と雷の音が鳴り響いている。
それは、夜が明けるまでずっと続いた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
これはR-15で大丈夫ですよね?
直接的な表現はしてないし……うん(´ω`)ウーン
降りしきる雨の音が響いている。
男たちの下卑た笑い声と獣のような息遣いが狭い部屋の中で交差している。
全身に激痛が走る。
体を貫かれた衝撃で意識が飛びそうになる。
既に血だらけになったそこを更に抉られる。
痛い。痛い。痛い。
息を荒々しく吐きながら男が何か叫んでいる。
何を言ってるのか意味が分からなかったけど、凄く嫌なことを言われてるのは分かった。
その直後、内臓をぐちゃぐちゃに掻き回される感覚に襲われた。
苦しい。苦しい。苦しい。
痛くて怖くて泣いて悲鳴を上げた。頬を打たれた。
反射的に「ごめんなさい」を口にすると男は愉しそうに笑って、更に深い場所を抉り抜いた。
部屋の中にまで響く雨の音がより一層強くなる。
拷問のような苦しみから逃げるように、その音に意識を傾けた。
「っ……!」
弾かれるように飛び起きる。
心臓がバクバクと激しい鼓動を打ち鳴らす。
呼吸が上手くできない。
頬を伝う汗が止まらない。
窓ガラスを叩きつける雨の音が耳に響く。
あの男たちの顔が手が声が迫ってくる──頭が真っ白になって全身を恐怖に支配されそうになったその時、楓は温かい何かにその身を包まれた。
康介に抱き締められたのだ。
悪夢に魘されて泣いて錯乱する楓を、康介は懸命に抱き締めた。
「よしよし、大丈夫。大丈夫だぞ」
安心させようと、康介は辛抱強く楓の背をさすったり頭を撫でたりを繰り返す。
康介の肩口に顔を埋めながら、楓は静かに涙を流す。
「辛かったな。怖かったな。よく頑張ったな。偉いぞ」
「…………」
康介の優しい言葉を受けながら、楓はひたすら涙を流した。
ほどなくして楓の体から力が抜けて、その身が完全に康介の腕の中に預けられる。
意識を手放したのだった。
眠りに就いた、とは言い難い。
恐らく、あの悪夢の中に還ってしまったのだろうから。
いずれまた魘されて飛び起きる。
それを何度も繰り返す。
部屋の中に響く強い雨音が、楓を忌まわしい記憶の中に引き摺り込むのだ。
最初は小雨だったものが時間の経過とともに勢いを増し、深夜である今では土砂降りの大雨になっていた。時折、雷の音も聞こえる。
それに合わせて、静かだった楓の眠りは激しい悪夢へと変貌する。
雨の音が楓のトラウマ発動のトリガーになっているのでは? と推測した康介の考えは正しかった。
「可哀想に……」
意識を失っても尚、楓の体は小刻みに震え続けていた。
落ち着かない、浅い呼吸を繰り返している。
(一緒に寝るようにして良かった)
一緒に寝るようにしていなければ、康介は何も分からないままだっただろう。
今にして思えば……入院中に楓は目の下にクマを作り酷くやつれていたことがあったが……あれも、彼が一晩中ずっと一人で雨音と悪夢に耐えていた跡だったのかもしれない。
「これからは俺も付き合うから。一緒に頑張ろうな」
意識の無い楓に呼びかけて、そっと頬に手を当てた。
「…………⁉︎」
ふと、康介が顔を顰める。
触れた頬が思ったより熱を帯びていたのだ。
明らかに発熱していた。
苦しそうに呻いているのは、悪夢だけが原因ではなかった。
(どうする? 処方されてる薬を飲んでるから解熱剤を使うのは良くない。
冷却シートとかあったかな。無ければタオルを濡らして使うか。
それから、水分も取らせないと……)
あれこれ考えている最中、康介は楓の額に汗が滲んでいることに気付いた。
「ああ……まずは服を着替えさせた方が良いな」
そう判断して、康介は楓の部屋からいくらかの着替えの服を持ってきた。
ぐったりとして動かない、何の反応も示さない楓の服を脱がせる。
「う……」
生身の楓の体は骨が浮いて見えるほどに痩せていた。
治りきっていない傷跡が、随所に色濃く刻みつけられている。
本来なら、哀れな姿だと嘆き悲しんでやるべきなのだろう。
しかし、しかし……
「楓……」
康介は横たわる楓をまじまじと見つめる。
薄明かりに照らされた白い体、そこに浮かぶ赤く生々しい傷跡。
力無く弱々しいその有り様は、なぜだか妙に艶かしいものに思えた。
恐ろしく美しい彫刻を目の当たりにしたかのように、康介は呆然とその姿に見惚れる。
「…………」
何かに導かれるように手を伸ばし指先で傷跡に触れると、楓の体がピクッと震えた。
ゴクリと生唾を飲む。
更に彼の肌に指を這わせようとした時、窓の外に鋭い閃光が走った。
「っ……!」
雷鳴が轟いて、康介の意識を正気に戻す。
楓に伸ばしかけていた手を止めて、康介は大きく息をついた。
(バカか俺は。一体何を考えてる)
冷静な思考で自分を戒める。
(あやうく、俺が楓を壊してしまうところだった)
それでも、ギリギリのところで手を止めた自分に心から安堵した。
もう一度、改めて深呼吸をしてから康介は楓に替の服を着せてやった。
冷たいタオルで額の汗を拭き、毛布を被せて様子を見る。
今は落ち着いて見えるが、時期にまた悪夢に魘されることだろう。
「頑張ろうな、楓」
熱い体を抱き寄せて、慈愛を込めて額に口付けをする。
そして康介は、少しでも助けになれたらと思い楓の手を握った。
後は、祈ることぐらいしかできない。
部屋の中には相変わらず雨と雷の音が鳴り響いている。
それは、夜が明けるまでずっと続いた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
これはR-15で大丈夫ですよね?
直接的な表現はしてないし……うん(´ω`)ウーン
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
5回も婚約破棄されたんで、もう関わりたくありません
くるむ
BL
進化により男も子を産め、同性婚が当たり前となった世界で、
ノエル・モンゴメリー侯爵令息はルーク・クラーク公爵令息と婚約するが、本命の伯爵令嬢を諦められないからと破棄をされてしまう。その後辛い日々を送り若くして死んでしまうが、なぜかいつも婚約破棄をされる朝に巻き戻ってしまう。しかも5回も。
だが6回目に巻き戻った時、婚約破棄当時ではなく、ルークと婚約する前まで巻き戻っていた。
今度こそ、自分が不幸になる切っ掛けとなるルークに近づかないようにと決意するノエルだが……。
軟禁兄弟
ミヒロ
BL
両親の不仲に耐えられず、家出した優、高校1年生。行き場のない優はお兄さんに養われていたが...。
※表紙イラスト as-AIart- 様(素敵なイラストありがとうございます!)
謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません
柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。
父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。
あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない?
前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。
そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。
「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」
今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。
「おはようミーシャ、今日も元気だね」
あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない?
義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け
9/2以降不定期更新
【完結】苛烈な陛下の機嫌を取る方法
七咲陸
BL
セシリアはこの国の王子であるが、父である陛下に抱いてはならない感情を抱えている。
父に嫁いだ新たな幼い姫の教育係となったセシリアは、ある日姫の脱走に出くわしてしまい…
◾︎全5話
◾︎おおらかな心で読める方のみ推奨です。
14歳になる精通前から成人するまで、現陛下から直接閨を教える
うさぎ2
BL
創作BLとなっております!
苦手な方は、回れ右をお勧めします!
父親×息子×ショタ×挿入はなしで書きます!(後からつけ出すかも…)
内容⬇️________
ある世界では、男でも妊娠出来るようになっている。
その王族には、古くからのルールがあった。
それは、『皇子が14歳になる精通前から成人するまで、現陛下から直接閨を教える』という決まりがある。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる