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31 雨音①*

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橙色の電球が揺れている。
降りしきる雨の音が響いている。
男たちの下卑た笑い声と獣のような息遣いが狭い部屋の中で交差している。

全身に激痛が走る。
体を貫かれた衝撃で意識が飛びそうになる。
既に血だらけになったそこを更に抉られる。
痛い。痛い。痛い。

息を荒々しく吐きながら男が何か叫んでいる。
何を言ってるのか意味が分からなかったけど、凄く嫌なことを言われてるのは分かった。
その直後、内臓をぐちゃぐちゃに掻き回される感覚に襲われた。
苦しい。苦しい。苦しい。

痛くて怖くて泣いて悲鳴を上げた。頬を打たれた。
反射的に「ごめんなさい」を口にすると男は愉しそうに笑って、更に深い場所を抉り抜いた。

部屋の中にまで響く雨の音がより一層強くなる。
拷問のような苦しみから逃げるように、その音に意識を傾けた。





「っ……!」

弾かれるように飛び起きる。
心臓がバクバクと激しい鼓動を打ち鳴らす。
呼吸が上手くできない。
頬を伝う汗が止まらない。
窓ガラスを叩きつける雨の音が耳に響く。
あの男たちの顔が手が声が迫ってくる──頭が真っ白になって全身を恐怖に支配されそうになったその時、楓は温かい何かにその身を包まれた。
康介に抱き締められたのだ。
悪夢に魘されて泣いて錯乱する楓を、康介は懸命に抱き締めた。

「よしよし、大丈夫。大丈夫だぞ」

安心させようと、康介は辛抱強く楓の背をさすったり頭を撫でたりを繰り返す。
康介の肩口に顔を埋めながら、楓は静かに涙を流す。

「辛かったな。怖かったな。よく頑張ったな。偉いぞ」
「…………」

康介の優しい言葉を受けながら、楓はひたすら涙を流した。
ほどなくして楓の体から力が抜けて、その身が完全に康介の腕の中に預けられる。
意識を手放したのだった。
眠りに就いた、とは言い難い。
恐らく、あの悪夢の中に還ってしまったのだろうから。
いずれまた魘されて飛び起きる。
それを何度も繰り返す。
部屋の中に響く強い雨音が、楓を忌まわしい記憶の中に引き摺り込むのだ。

最初は小雨だったものが時間の経過とともに勢いを増し、深夜である今では土砂降りの大雨になっていた。時折、雷の音も聞こえる。
それに合わせて、静かだった楓の眠りは激しい悪夢へと変貌する。
雨の音が楓のトラウマ発動のトリガーになっているのでは? と推測した康介の考えは正しかった。

「可哀想に……」

意識を失っても尚、楓の体は小刻みに震え続けていた。
落ち着かない、浅い呼吸を繰り返している。

(一緒に寝るようにして良かった)

一緒に寝るようにしていなければ、康介は何も分からないままだっただろう。
今にして思えば……入院中に楓は目の下にクマを作り酷くやつれていたことがあったが……あれも、彼が一晩中ずっと一人で雨音と悪夢に耐えていた跡だったのかもしれない。

「これからは俺も付き合うから。一緒に頑張ろうな」

意識の無い楓に呼びかけて、そっと頬に手を当てた。

「…………⁉︎」

ふと、康介が顔を顰める。
触れた頬が思ったより熱を帯びていたのだ。
明らかに発熱していた。
苦しそうに呻いているのは、悪夢だけが原因ではなかった。

(どうする? 処方されてる薬を飲んでるから解熱剤を使うのは良くない。
 冷却シートとかあったかな。無ければタオルを濡らして使うか。
 それから、水分も取らせないと……)

あれこれ考えている最中、康介は楓の額に汗が滲んでいることに気付いた。

「ああ……まずは服を着替えさせた方が良いな」

そう判断して、康介は楓の部屋からいくらかの着替えの服を持ってきた。
ぐったりとして動かない、何の反応も示さない楓の服を脱がせる。

「う……」

生身の楓の体は骨が浮いて見えるほどに痩せていた。
治りきっていない傷跡が、随所に色濃く刻みつけられている。
本来なら、哀れな姿だと嘆き悲しんでやるべきなのだろう。
しかし、しかし……

「楓……」

康介は横たわる楓をまじまじと見つめる。
薄明かりに照らされた白い体、そこに浮かぶ赤く生々しい傷跡。
力無く弱々しいその有り様は、なぜだか妙に艶かしいものに思えた。
恐ろしく美しい彫刻を目の当たりにしたかのように、康介は呆然とその姿に見惚れる。

「…………」

何かに導かれるように手を伸ばし指先で傷跡に触れると、楓の体がピクッと震えた。
ゴクリと生唾を飲む。
更に彼の肌に指を這わせようとした時、窓の外に鋭い閃光が走った。

「っ……!」

雷鳴が轟いて、康介の意識を正気に戻す。
楓に伸ばしかけていた手を止めて、康介は大きく息をついた。

(バカか俺は。一体何を考えてる)

冷静な思考で自分を戒める。

(あやうく、俺が楓を壊してしまうところだった)

それでも、ギリギリのところで手を止めた自分に心から安堵した。

もう一度、改めて深呼吸をしてから康介は楓に替の服を着せてやった。
冷たいタオルで額の汗を拭き、毛布を被せて様子を見る。
今は落ち着いて見えるが、時期にまた悪夢に魘されることだろう。

「頑張ろうな、楓」

熱い体を抱き寄せて、慈愛を込めて額に口付けをする。
そして康介は、少しでも助けになれたらと思い楓の手を握った。
後は、祈ることぐらいしかできない。

部屋の中には相変わらず雨と雷の音が鳴り響いている。
それは、夜が明けるまでずっと続いた。






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これはR-15で大丈夫ですよね?
直接的な表現はしてないし……うん(´ω`)ウーン
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