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25 不安の影②*

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強烈な痛みに貫かれて薄れかけていた意識が引き戻される。
思わず悲鳴を上げると頬に鋭い衝撃が与えられた。
また、視界が白く染まり意識が飛ぶ。

学校帰りの途中の道で、突然襲われた。
無理やり車に詰め込まれて薬を嗅がされて意識を失った。
頬を打たれて覚醒した時、見知らぬ男性が目の前にいた。
その人は大柄で角ばった顔をしていて、恨めしい色をした目が酷く吊り上がっていた。
訳が分からず混乱していると、容赦なく顔を殴られた。

『ショウタの仇だ』

そう叫んで、殴ってきた。何度も何度も。
ショウタなんて人は知らない。
なぜ、こんなにも怒りをぶつけられているのか分からない。
「やめて下さい」と訴えるとより強い拳で鳩尾を抉られた。

「寝てるんじゃねえぞ!」

気絶したかと思うと脇腹を蹴りつけられて強制的に起こされる。
それが何度も繰り返された。
痛い。
怖い。

「苦しめ……もっと苦しめ!!」

呼吸を荒くして男は叫ぶ。口角が上がってる。狂気じみた笑みだった。
こんな顔の男の人は、以前にも見たことがある。ずっと昔の、幼い頃に。

「ごめんなさい……ごめんなさい」

恐怖に支配されて、訳も分からないまま謝り続けた。あの頃と同じように。
助けて下さい。殴らないで下さい。もう許して下さい。
泣いて懇願するように「ごめんなさい」を繰り返した。
でも、そんなものが効かないことはよく知ってる。

「これは罰だ!」

そう叫ぶと、髪を掴まれて乱暴に床に叩きつけられた。
衝撃で口から血が吐き出される。
こうやって吐血するのも何度目なのか、もう分からない。
とにかく逃げ出したくて玄関扉の方を見ると、もう一人男の人がいた。
その人は、ニヤニヤと笑いながらこっちを見ていた。
逃げられないことを悟って絶望した。

やがて体は本当に動かなくなり、呼吸もままならなくなった。
視界が白くぼやけてゆく。
そんな中で見えたのは、男が構えるナイフの輝きだった。
そのまま殺されるのだと思った。
けど、彼は振り下ろしたナイフで服を切り裂いただけで、心臓を一突きにはしなかった。
何が起こっているのか分からなかったが、意識はどんどん薄れてゆく。

それから……
それから……





「────!」

楓は飛び起きた。
上手く息が吸えなくてゼエゼエと荒い呼吸を繰り返す。
心臓がバクバクと激しい鼓動を鳴らしている。
体中が痛い。
慌てて周囲を見回すと、そこが自分の部屋であることを理解する。

「夢か……」

そう呟くと、冷たい汗が頬を伝い手の甲に落ちた。
ゾクリとする感触が楓に現実感を与える。

(夢じゃない。あれは夢なんかじゃない)

記憶だ。浦坂実という男に拉致・監禁されていた時の、忌まわしい記憶だ。
恐怖で頭がおかしくなる。
泣いて叫びそうになる。
でも、そんなことをしたら康介に迷惑がかかる──そう思って楓は歯を食いしばって耐えた。
首に掛けているアメジストのペンダントを握り締めて、気持ちを落ち着かせる。
入院中に何度もやっていたことだ。

「…………」

縋るようにアメジストを握り締めながら、「大丈夫、大丈夫」と自分に言い聞かせる。
やがて、呼吸も心拍数も徐々に落ち着きを取り戻してきた。
ゆっくりと深呼吸をして気持ちを整える。その時だった。

──死ねば良かったのに──

「──!」

──お前なんか、生きていても迷惑だ──

「あ……」

謎の声が楓の脳内にこだまする。

──死ね。死ね。今すぐ死ね──

「やめて……やめて……」

ボロボロと涙がこぼれ落ちる。
実は楓は、意識を取り戻してから時折この「謎の声」が聞こえるようになっていた。
周りの人たちの反応から、自分だけに聞こえる幻聴だと悟った。
いつも聞こえるわけではないが、ふとした瞬間に聞こえるのだ。

原因は分からない。
あるとすれば、浦坂実に拉致・監禁されていたことによるストレスだろうか。

分からないが、その「謎の声」は常に楓を追い詰めるようなことを囁いてくる。
今がそうであったように。

自分の頭がおかしくなったのではないか、と楓は怯えた。
医者には何と説明すれば良いのか分からなかった。
康介には、このことを知られたくないと思った。
だから、「何でもない」と言ってずっと誤魔化してきた。

放っておけばその内に聞こえなくなるだろうと思っていた。
しかし、その「謎の声」は、日を追うごとに存在感を増してくるばかりだった。

──死ね。お前なんか死ね──

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

何かに許しを乞うように、楓は涙を流しながら謝り続けた。
どれだけ強く耳を塞いでも、その声は容赦なく彼の脳内に響き続けた。
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