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4 大切な宝物④

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河戸晴子が殺害された事件の重要参考人として、警察は浦坂実の行方を追っている。
そんな中、とある道路に設置されていた防犯カメラに重要な証拠が記録されていた。
それは、晴子が拉致される様子だった。
道を歩いていた晴子が、白いワゴン車から出てきた二人の男によって襲われ、無理やり車の中に詰め込まれた。
そうして車はあっという間に立ち去っていった。
荒い画質の映像だったが、晴子を襲った男の一人は浦坂実で間違いない。
この瞬間、浦坂実は重要参考人から容疑者に変わった。
もう一人の男についてはこれから調べなければならない。
更に、浦坂実について分かったことがある。
彼は出所後は定職につかず裏社会に身を置いていたことが判明した。
具体的に言うと、麻薬の売人をやっていた。
裏社会の人間に匿われてしまうと、一気に捜索が難しくなる。
警察としては、とにかく一刻も早く浦坂実を見つけ出さなければならない。

「なかなか成果が出ませんね」
「そうだな」

河戸晴子が拉致された現場の周辺で聞き込みをしていた康介が小さくため息をつく。
同行している横井祐子が言うように、ここまで有力な目撃証言は得られていなかった。
ただ時間が削られるだけだった。
秋深まる風の冷たさが、体力をも削る。

「浦坂の動機は復讐なんですよね」
「ああ。河戸さんにあんな脅迫文を送り、敢えて娘の方を狙ったんだ。
 復讐で間違いないだろう」
「理不尽ですよね。元はと言えば、殺人を犯した浦坂が悪いのに」
「もっと突き詰めると、浮気した嫁さんが全てのきっかけなんだが……
 本来怒りをぶつけるべき嫁さんが、もう居ないからな」
「居ない?」
「ああ。浦坂実の妻・知美は後に自殺してるんだ」
「え?そうだったんですか」
「浦坂が逮捕されて程なく、だったな。
 幼い息子と一緒に自宅のマンションから飛び降りちまった」
「ああ……」
「だから、遺された浦坂としては、証人の河戸さんを逆恨みして、
 復讐のターゲットにするしかなかったんだろう。全くもって理不尽だよなあ」
「酷い話ですね」

康介に同調し、頷く。
が、ふと見ると隣に康介が居ないことに気付いて、祐子は辺りをキョロキョロと見回した。
見れば、康介は通りすがりの百貨店のショーウィンドウを眺めていた。

「ちょっと、藤咲さん。どうしたんですか?」
「ああ、悪い。こういうの、息子のプレゼントにどうかなって考えてた」

ショーウィンドウの中では、マフラーや手袋がお洒落に飾り立てられていた。

「誕生日プレゼントですか?」
「ああ。まだもう少し先なんだけど、今の内に考えておきたくて」
「そのマフラーとか、カッコ良くて良いと思いますよ」
「うーん、でももうちょっと可愛い感じの方が似合うと思うんだよなあ」
「因みに、去年は何をあげたんですか?」
「掃除機」
「掃除機?」
「軽くて音の小さいやつ。本人がそれを希望してな」
「その前は?」
「コーヒーメーカー。これも本人が希望したものなんだけど、
 俺に上等なコーヒーを作る為だった。結局、俺が美味しい思いしてるんだよな」
「なんていうか、凄く実用的ですね」
「そうなんだよ。だから、今年は本人の希望を聞かないで、
 俺の一存でプレゼントらしいものをあげようと思って」
「はあ……」
「エプロン……ってなると、結局実用品になるか。
 料理とかいつもやってくれてるしなあ」
「いつも、なんですか」
「ああ。料理に限らず、家のことは全部あいつに任せっきりなんだ」
「父子家庭、なんですよね」
「ああ。早くに母親を亡くしてるからか、やたらしっかりしててね。
 わがままを言って困らされたことも殆ど無かったな。
 そんなだから、俺の方が息子に甘えちまってるんだよな。
 俺、つくづく駄目な父親だなあって思うよ」
「…………」

言葉とは裏腹に、微笑む康介の目には父性的な愛情が見て取れた。

「だからせめて、誕生日プレゼントで喜ばせてあげたいんだけど、
 いざとなると何が良いのか分からないもんだな」
「そんな風に悩むなんて、良いお父さんですね」
「そりゃあ、あいつは……俺の大切な宝物だから」

照れ臭そうに笑い、痒くもないのに頭を掻く。
その指にきらりと光る指輪を、祐子は切なげな眼差しで見つめた。



結局、聞き込みによる成果はゼロだった。
依然として浦坂実の行方は分からないまま、時間だけが過ぎてゆく。
このままだと今日も深夜までかかってしまいそうだ。

(もうすぐ7時半か。楓に、遅くなるって連絡を入れないと)

そう思っていた時、木野井係長が声を掛けてきた。

「藤咲、そろそろ休憩してきて良いぞ」
「あ、良いんですか?」
「ああ。90分目安な」
「はい。ありがとうございます」

良いタイミングで休憩時間を与えられた康介は、嬉しそうに笑いながら外に出た。
90分もあれば、いったん自宅に帰って楓の手料理を食べることができる。

(自宅から徒歩15分の距離に職場があって良かった)

そんなことを思いつつ、携帯端末を手に取る。
「今から帰る」と電話で伝えようとしたのだ。が……

「あれ?出ないな」

いつもなら2コールほどで電話に出てくれるのだが、今日は10コール以上経っても繋がらない。

「どうしたんだろう」

怪訝に思いつつ、電話を諦めてメッセージを送る。
が、そのメッセージにも反応は帰ってこない。

(昨日のこと、やっぱり怒ってるのかな。そんなことなら良いけど)

康介の中で、少しずつ嫌な予感が芽生え始める。

(何かあったんじゃないよな。部屋で倒れてるとか……)

電話に出ることができない理由をあれこれ考える。
嫌な想像を払拭するように頭を振り、康介は自宅マンションに向かって駆け出した。

「楓!」

急いで帰宅して、乱暴に玄関扉を開ける。
そこに、いつも出迎えてくれるはずの笑顔は無かった。
部屋が暗い。人の気配がしない。
夜の8時。
高校生が街を彷徨いていても何ら不思議ではない時間ではある。
だが、生真面目な楓は今までこんなことは無かった。
しかも、連絡の一つも取れないなんて……

「…………」

戸惑いの最中、康介は下駄箱の上に置かれていた封書に気付く。
妙に既視感のある封書だった。

「…………!」

途端に、嫌な予感が康介の全身を駆け巡り、一気に緊張する。
破るように封を開け、中の紙を手元に広げた。

『お前の大切なものを奪い取ってやる』

河戸正憲に送られた脅迫文と全く同じ文言が、そこに記されていた。
差出人は浦坂実。

「大切なものを奪い取る……」

呆然と立ち尽くす康介の耳に、突如けたたましい電話の音が鳴り響く。
木野井係長からだった。

「係長、一体どうし……」
「緊急事態だ。今すぐ捜査本部に戻れ」
「緊急事態って……」
「…………」
「係長!」

ありとあらゆる状況が、一つの結論に繋がっていた。
信じたくない、受け入れたくない現実が、すぐ目の前に迫っている。

「藤咲、落ち着いて聞いてくれ」
「…………」
「君の息子さん、楓くんが拉致された」
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