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47、誓いの指輪

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リビングのソファーに座り、康介はひとりウイスキーを呷っていた。
彼の目の前には小さな写真立てがある。
飾り棚から取り出したものをソファーテーブルの上に置いていた。
11年前の、桜と楓と康介の3人で撮った写真がそこに収められていた。

「…………」

感慨深い思いでグラスに口を付ける。
そんな中、食事の後片付けを終えた楓がやってきた。

「楓、ここにおいで」
「はい」

康介に呼ばれて楓はその隣に座った。
その時、目の前に置いてある写真に気付き、気まずそうに目を逸らす。
構わずに、康介は話しはじめた。

「これを見て、昔のことを思い出してた」
「昔のこと?」
「ああ。桜に振られた時のことだ」
「え? 振られた?」

思いがけない言葉に、楓は大きく目を見開いて康介を見る。
楓の記憶では、二人は仲睦まじい恋人のはずだった。
遠い昔の笑い話だと言わんばかりに、康介は仄かな笑みを浮かべる。

「俺はさ、ずっと喧嘩ばかりしてる両親を見て育ったから、
 結婚とか家庭を持つとか興味が無かったし、絶対にしたくないって思ってた」
「…………」
「そんな俺を変えたのが、楓と桜だった」
「そ、そうなの?」
「ああ。楓と桜と俺で過ごす時間は本当に幸せだった。
 ずっと一緒にいたいって心から願った。
 だから、桜に結婚を申し出た」

ウイスキーの入ったグラスを傾けて、康介は少し目を伏せる。

「でも振られちまった。心から愛しているのは別の男だって言われてな」
「別の男の人?」
「ああ。楓の実の父親のことだろうな」
「え……」
「もうこの世には居ない人だと言って笑ってた」
「そう……なんだ」
「ああ。楓は、実の父親のことについて何か聞いたことはあるか?」
「ごめん、分からない」
「そうか。……いや、良いんだ」

困り顔で俯いた楓の頭を撫でて、康介は話を続けた。

「まあ、そういうわけで俺は振られたんだ。
 良い人止まりだった。桜の一番の相手にはなれなかった」

自嘲的に笑い、グラスの中のウイスキーをぐいっと飲み干す。

「それでも俺は、家族になりたかったんだ。
 楓の父親代わりで良いから、3人で一緒に居たかった」

グラスをテーブルに置いて、康介は楓の肩を抱き寄せる。

「家族になりたかったんだよ」

切ない響きを伴った声だった。
それを受けて、楓は康介に身を預けるように体を傾けた。

「家族にしてくれたじゃない」
「そうだな。その時に思い描いてた形とは違うけど。
 でも、今の俺は確かに幸せだ」
「……うん。僕も」

目に愛おしさを乗せて微笑み、康介は楓の髪を撫でる。
そっと目を閉じて、楓はされるがままに任せた。
しばらくそうやっていたが、やがて康介が楓から手を離した。

「なあ、楓。あの指輪、今も手元にあるか?」
「もちろん、あるよ」
「ちょっと良いか?」
「うん?」

康介に促されて楓は首に掛けていた細い鎖を取り出す。
鎖に通している指輪ごと一緒に、康介に手渡した。

「これは桜に捧げようと思う」
「え?」
「この指輪は、楓を引き取った時に俺が親になると誓いを込めて買ったんだ」
「うん」
「今までの俺の努力の証として桜に捧げようと思う」

そう言って康介は指輪を写真立ての手前に置いた。
楓は寂しそうな顔をしたが、康介の考えに黙って頷いた。

「それで、これからなんだけど」
「?」
「その……」

少し迷いながら言葉を探す康介に、楓が怪訝な目を向ける。
やがて意を決した顔で、康介は楓と向かい合った。

「これからの俺は、楓のことを家族としてはもちろん、
 人生の伴侶として愛していきたい」

堂々と言い切って、懐から小さな箱を取り出した。
その中に収められていた白銀の輝きを見て、楓は大きく目を見開く。

「誓いの指輪だ」

指輪は同じデザインのものが二対になって並べられていた。
その内の一つを手に取って、康介は楓を見つめた。

「受け取ってくれるか?」
「……!」

楓は大きく目を見開いたまま言葉を発せられずにいた。
驚きと喜びが同時に体中を駆け巡り、まともに頭が動かなかったのだ。
だから、康介の言葉にただただ頷くことが精一杯だった。
その思いを受け取って、康介は心からの笑顔を見せた。

「良かった。じゃあ……」

楓の左手を取り、その薬指に指輪を嵌める。
細く白い指を彩る白銀の指輪は、神秘的な美しさで輝いた。

「思った通りだ。よく似合う」

康介は満足そうに笑った。そして、自身の左手を楓の前に差し出す。

「俺にもつけてくれないか」
「う、うん」

もう一つの指輪を手に取り、今度は楓が康介の指に嵌める。
硬く武骨な指に、白銀の指輪が力強く煌めいた。

「これで俺たちは生涯のパートナーたな」
「……うん」

お互いの指輪と顔を交互に見合う。
深く息をついて微笑む康介に対し、楓は未だに現実感の無い顔でぼんやりとしていた。
そんな彼の両肩を掴み、康介は真剣な眼差しを向けた。

「楓」
「は、はい」
「愛してる」
「僕も、愛してます」
「これから、改めてよろしくな」
「こちらこそ、よろしくお願いします」

言い終わると、楓はぶわりと目から大粒の涙を溢れさせた。
それは堰を切ったように溢れ出て、とどまることを知らないようだった。
涙を隠そうと両手で顔を覆うと、左手の指輪が殊更キラキラと輝いた。
たまらず、康介は強い力で楓を抱き締めた。

「やれやれ、可愛い泣き虫だなあ」
「だ、だって……幸せすぎて、頭がおかしくなりそうで……」
「そうだな。俺もだよ」

抱き締めながら、よしよしと楓の頭を撫でる。
康介の目にも、キラリと光るものがあった。
やがて楓も康介の背中に手を回し、二人はしばらくの間ずっとお互いを抱きしめ合った。

窓の外では、白い雪が静かに降り続けていた。
それは少しずつ降り積もり、やがて街全体を白銀に染め上げてゆく。
辛い記憶を優しく包み、美しい記憶に塗り替えるように。
真っ暗な空から、白い雪は静かに降り続けた。
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