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第69話、おねえさんの恵体はちょっぴりだらしない

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「生徒会室、こっちじゃなくね?」

 俺はあたりを見回す。休講日とはいえまったく人影がない。魔道学院の敷地は広いから奥の方は手入れが行き届かず、石畳のあいだから雑草が生えている。

「古文書院に向かってるのよ。奈楠ナナンさんがあたしの手書き台本を複写魔術で増やしてくれてるはずだから」

「でもきょう祝日だろ? あの人出勤してんの?」

奈楠ナナンさん、ふだんから飼ってる猫ちゃんのために早く帰っちゃうから、休みの日も出てきてんのよ」

 玲萌レモの説明に、

「そうにゃのよ。昼間はどうせうちの猫ちゃんたち昼寝してるからニャ」

 という声がうしろから聞こえた。振り返ると、朝っぷろでも浴びてきたのか衿元から石鹸の香りがかすかに匂い立つ奈楠ナナンさん。今日も猫耳のように結い上げたお団子から落ちるおくれ毛が色っぽい。

奈楠ナナンさんは一人者だから――」

 と玲萌レモはいたずらっぽいまなざしで振り向いて、

「――家にいたってすることないもんね」

奈楠ナナンさんはただ本に囲まれてたいだけニャ!」

 ちょっとムっとしながら、手にげていた風呂敷包みを示し、

玲萌レモしゃん生意気なこと言ってると、台本わたしてあげにゃいよ?」

 風呂敷にも眠ったり、小魚に食らいついたり、座布団の上で丸くなったり、さまざまな姿の猫が描かれている。

「わぁごめんごめん」

 と調子よく、玲萌レモは風呂敷のなかに重なっていた台本の束を受け取る。「でね奈楠ナナンさん。これから宣伝のためにチラシ作る予定なんだけど、それも複写魔術お願いできないかしら?」

奈楠ナナンさんは彫師ほりしけん摺師すりしじゃにゃーい!」

 ずうずうしい玲萌レモに悲鳴をあげる奈楠ナナンさん。無理もない。

 玲萌レモが傍観を決め込んでいた俺を振り返ったと思ったら、

「ちょっと樹葵ジュキからも頼んでよ」

「えぇ……」

 ちょっと奈楠ナナンさんがかわいそうで困惑する。

玲萌レモしゃん、樹葵ジュキちゃんを困らせにゃいで」

 被害者本人である奈楠ナナンさんが助け舟を出してくれた。「広告宣伝にゃんて織屋はとりやしゃん――あ、衣装担当してくれる呉服屋さんね――、彼らがするでしょ?」

「もちろん彼らは彼らでするでしょうけど――」

 玲萌レモは腕組して、

「でも樹葵ジュキが歌う宣伝とかは入らないんじゃないかなぁ」

 確かに。衣装を見せられる劇の宣伝だけだろう。

「にゃおぅっ!? 学園祭で樹葵ジュキちゃんが歌うの!?」

 聞いたことない感嘆詞をさけんで、奈楠ナナンさんが身を乗り出してきた。

「そうなのよっ!!」

 玲萌レモがぶんぶんと首を振ってうなずく。「三味線で弾き歌いするの! 樹葵ジュキって歌うまいんだから!!」

樹葵ジュキちゃんて楽器弾けたんにゃ~」

 ときめきのまなざしを向けてくれる奈楠ナナンさんが、なんだか少女のようにかわいらしい。

「うんまあ――」

 そわそわしてちょっと目をそらしつつ、

「俺の実家、演芸小屋みてぇのやってる天鵞絨亭びろうどていっつー店だから、俺もちっちゃいころから歌舞かぶ音曲おんぎょくに親しんでただけだよ」

天鵞絨亭びろうどてい? ああ、あの音苑ネオン坂のいちばん奥に建ってるいかがわしい店構えの――」

 人の実家をいかがわしいとか言いやがった奈楠ナナンさんの言葉をさえぎって玲萌レモが、

音苑ネオン坂!?」

 と驚きの声をあげた。「昼間はしーんとしてるのに、日が暮れると魔力燈まりょくとうともるあの街!?」

 そりゃ歓楽街なんてぇのは、みんなが働いている昼間に営業したって客来ねぇからな。

「うちの親が近づいちゃいけないって言ってたけど――」

 さすがお育ちのいい玲萌レモ

「ねぇ、どんなとこなの!?」

 すっかり目を輝かせている。好奇心のかたまりだよなぁ、この子。

「まあまあ玲萌レモしゃん、チラシの複写も奈楠ナナンさんに任せるニャ!」

 気まずいのを隠すように、奈楠ナナンさんが割って入った。「かわいい樹葵ジュキちゃんの晴れ舞台のためならいくらでも協力するニャ!」

「えっ、引き受けてくれるの?」

 突然の展開に玲萌レモも目を丸くする。

「も、もちろんニャ! おねえさんに任せにゃさい!」

「ありがと。助かるわ」

 生徒会室のある棟へ歩きだした俺たちを追ってきた奈楠ナナンさんが、俺の耳元でささやいた。「樹葵ジュキちゃん、すまなかったにゃ。音苑ネオン坂の地名を出しちゃって……」

「いや、俺は自分の生まれた土地を恥じちゃあいねぇよ」

 振り返って笑うと、

「うん、そうだったにゃ。樹葵ジュキちゃんはそういう子よにゃ。でも奈楠ナナンさん、大人なのに配慮が足りなかったにゃ……」

 奈楠ナナンさんはまだしゅんとしている。

「なに言ってんですか。また玲萌レモの頼み聞いてくれたし、チャラにしやしょ」

 にっと笑った俺に、奈楠ナナンさんは抱きついてきた。「樹葵ジュキちゃんいい子ニャ! やっぱり弟にしたいのにゃあぁ!」

 好きなもん食って気楽に生きてそうな豊満な肉体がおおいかぶさってきて、俺は興奮をおさえようと無口になった。
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