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第66話、つるぎの精はご主人さまに慕情をいだく

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 茶色くしなびたそれ――魔草だったものは、くたっと運河沿いの道に落ちた。いまやただのれ草にしか見えない。

「倒した――か……」

 ほっとして初めて、そよぐ風にかすかないそのにおいが漂っているのに気付く。俺の術で生み出したかみなりぐもは急速に薄れ、青空が戻ってきた。

『わらわの聖なる光で根っこまで浄化できたようじゃな』

 頭の中にくもぎりさんの声が響いた。あたりを見回すと、目の前の空気が霧のように集まって、水色の髪を飛仙髻ひせんけいに結った少女の姿をかたどった。

『ぬしさま、疲れてはおらぬか? ずいぶん力を使わせてしまったが――』

 浮かんだまま心配そうに眉根を寄せて、小さな両手で俺の頬をはさむ。

「腹は減ってるけど、さほど疲れちゃいねえよ」

 安心させようと笑いかけた俺をのぞきこんで、

『ほんにきれいなをしておるのぅ。ぬしさまの気がこれほど澄んでいるからこそ、あの強い瘴気を浄化できたのじゃ』

 鼻先がふれあいそうなほど間近で見るくもぎりさんの美幼女っぷりにのまれて、俺の思考は停止する。

『ぬしさまの気がわらわの中に流れ込むのは、このうえなく気持ちいいのじゃよ。わらわのいとおしいぬしさま――』

 うっとりとした表情のまま、小さな花弁のような唇が近付き――

「真っ白い坊ちゃんが呪いのつる草をやっつけたみてぇだぞ!」

 下から聞こえた声に、俺は我に返る。くもぎりさん一体なにをしようと――

『い、いまのは忘れてほしいのじゃ!』

 やわらかいほっぺたが、みるみるうちにあかく染まってゆく。

「雷を呼んで倒したってか!?」

「かっこよかったなぁ」

 などの歓声にまじって、

「あれっ? もうひとりの嬢ちゃんの姿が見えねえが――」

 あ。夕露ユーロ忘れてた。

『水鳥どもについばまれておるぞ』

 夕露ユーロを沈めたあたりの水面に、よく太ったカモメのケツが浮かんでいる。首を水中につっこんで、獲物をねらっているようだ。

「どきなっ」

 さけんで木杭から飛び降りると同時に、あわてたカモメが空へ羽ばたいてゆく。運河の中に張った風の結界へ降りると、

樹葵ジュキくーんっ! 遅いよ、わたし忘れられたのかと思ってた……」

「…………まさか」

 涙目の夕露ユーロから目をそらして、

「あんたをねらってた植物はもう動かねえ。上へ戻ろう」

「わーい! 樹葵ジュキくん強い!」

 夕露ユーロは飛び上がって、俺の首に抱きついた。「さすがわたしのおにいちゃん!」

 だれがおにいちゃんだ。

 つるぎをさやに戻し、結界ごと浮かび上がろうと夕露ユーロの背中を支えたとき、指先が彼女のあたたかい肌にれた。

「さすがにこのままじゃまずいな」

 つぶやいて首元のひもを解くと、水浅葱みずあさぎ色の布を夕露ユーロの肩にかけてやる。「これで隠しておきな。街の人たちが集まってるからさ」

「街の人から隠すって? わたし金目のものなんか持ってないよ?」

「ちげーよ。あの毒草にところどころ着物溶かされてんだろ」

「とろける食べ物っておいしいよね!」

 なんの話だ!? ため息つきつつ夕露ユーロの胸元で紐を結んでやると、手の甲が破れた布地からのぞく彼女の素肌にれる。やわらかい―― いや平常心、平常心!

「えへへーっ 樹葵ジュキくん、わたしにドキドキしてる?」

 ちっ、とぼけてるとこと鋭いとこの差がおかしいんだよ。

「行くぞ」

 外套マントごと夕露ユーロを抱いて、風をまとい舞い上がる。

樹葵ジュキくんはわたしのおにいちゃんだから、妹にはドキドキしちゃいけないんだよ?」

 ないしょ話でもするかのように、耳もとでささやくのを聞こえないふりして、運河沿いの道へ降り立った。

「おお、女の子も無事だったか!」

「坊ちゃんすげぇな、天気をあやつって呪われた植物をやっつけるなんて!」

「つるぎといい絵で見た神話の中の英雄みたいだわ!」

 街の人々がわらわらと集まってきて、口々にほめたたえる。その中のひとりが、

「――おや? もしや沙屋いさごやさんのお嬢さまじゃねえですかい?」

 夕露ユーロに声をかけた。

「そうだよーっ わたしいさご夕露ユーロだよ」

 元気に答える夕露ユーロ。こいつの家、大店おおだな廻船かいせん問屋だから港町でも顔がくのか。

「お嬢さま、このたびはご無事で本当に良かった! 運河のゴミになってるんじゃないかと心配しておりやした」

「わしはカモメのエサになってるんじゃないかと気が気じゃなかったわい」

 漁師ふうの日焼けしたじいさんがあごをなでながらうなずく。

「どこか具合の悪いとこでもありやせんかな?」

 最初の柔和な雰囲気の男に問われて、

「わたしおなかすいたーっ」

「なにか召し上がりてぇものでもありやすか?」

「カモメとつる草食べたーい!」

「…………鴨鍋かもなべに秋の七草を乗せて? ここは海辺ですので鴨はちょっと――」

「飛んでるけどね!」

 と空を滑空してゆく海鳥を指さす。それは鴨じゃなくてカモメである。

「でもわたし、ヒトデでもイソギンチャクでもなんでもいけるよーっ」

 俺はあわてて、

「魚介の天ぷらとか言っとけよ」

 と自分の食べたいものを耳うちする。

「天ぷら?」

 と聞き返す夕露ユーロに商人らしき男はほっとした様子で、

「天ぷらならそこの海で採れた海老えびやイカをすぐに揚げて差し上げますよ」

「わ~い!」

 ばんざいする夕露ユーロのうしろで俺は内心、やったぜとつぶやく。港町まで連れてきて退治したかいがあったぜ。遅く帰ると玲萌レモに「心配したのよ!?」とか怒られそうだけど、俺よくがんばってえらかったからいいよな。
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