上 下
64 / 84

第63話、私の前に道はない、私のうしろに道はできる

しおりを挟む
 翌朝――

 学生寮の居室には、庭から伸びるやわらかな秋の日差しが踊っていた。

「魔術書読みながらでいいから聴いててくれよ」

 三味線をかかえてあぐらをかいた俺は、同室の寮生――璃恩リオンに話しかける。

樹葵ジュキくんがきのう、露店風呂から帰って書いてた曲?」

「ああ」

 俺はうなずきながら、たたみに歌詞を書いた紙を並べる。玲萌レモとあともう少しで口づけできそうだったのにくもぎりさんの邪魔が入ったあのあと、寮に帰ってから思いのたけを詩につづったのだ。やり場のない情熱は芸術に昇華するに限る。

人外じんがいは気軽に女子と風呂入れていいねえ。ぼくなんか無駄に顔がいいから混浴温泉なんか行ったら大変さ」

 璃恩リオンは姉の玲萌レモと同じ桃色の髪に、玲萌レモによく似たぱっちりとした瞳で、確かに恵まれた外見をしている。筋の通った鼻も似ているが姉より高いだろう。凪留ナギルといい、こいつといい俺の周りには顔面偏差値の高い男がうろついていて邪魔くせえ。とっとと人間やめといてよかったぜ。美しきあやかしの俺は種族が違うから比べようねえもんな。 

「きっとぼくのこと、女の子たちが放っておかないよ!」

 まだ女子と温泉行った場面を妄想している璃恩リオンに、

「俺はむしろ放っておいてほしかったけどな」

 と、弦に視線を落としながら答える。惠簾エレンの指が腰のあたりをすべるあの感触がいまも残っていて、思い出すたび体の奥がうずくようだ。まぶたをふせて最初の音符を爪弾いたとき、庭に面した障子がからりとあいた。

「もう樹葵ジュキ! 今日は台本の読み合わせするって言ったでしょ!?」

 そういえばきのう風呂行く前にそんな話が出ていたような……?

「おねえちゃん毎日、樹葵ジュキくん迎えに来るけどさ、学院一の美少女が連日男子寮に通ってるってみんな騒いでるよ」

 魔術書から顔を上げた璃恩リオンがあきれた口調でたしなめる。

「あら、学院一の美少女が学院一強い男のもとを訪れるのは何もおかしくないじゃない?」

 当たり前のように自分で学院一の美少女って言いやがった。俺はふたりの会話を聞き流しながら、三味線と歌詞を書いた紙の束を風呂敷に包む。

「はぁぁぁ」

 璃恩リオンはこれ見よがしに大きなため息をついて、

「おねえちゃん自分が男子学生にとって高嶺たかねの花って自覚ないでしょ? あんな妖怪野郎がモテるのは納得いかないってみんな悔しがってるよ」

「なんですって!? こんなかわいい樹葵ジュキを妖怪とか言ってるバカどもは今すぐあたしのとこにしょっ引いてきなさいっ! 全員魔力弾で蒸し焼きにしてやるから!!」

 すごい剣幕で怒り出す。しかし幼いころからいっしょにいる弟は慣れているのか意にも介さず、

「いや、ぼくのほうがかわいいでしょ」

 こいつも自分で言いやがった。さすが姉弟きょうだいである。

「なに言ってんのよ。あんたなんてあたしのにせ商品ブランド劣化れっか複写コピーみたいなもんじゃない」

「ひっどーい! 女の子でおねえちゃんくらいかわいいのはめずらしくないけど、男でこんなにかわいいのは――」

 ごちゃごちゃと自説を展開する璃恩リオンを部屋に残して、俺は風呂敷包みを背に高下駄をつっかけると庭先へ出た。玲萌レモと肩を並べて歩いていると自然に指先が触れあい、どちらからともなく手をつないでいた。

「きょう全員集まんの?」

 俺の問いに玲萌レモは小さなため息ひとつ、

「瀬良師匠以外はね。師匠がなかなか出演了解してくれないのよ」

「えっ……? 瀬良の旦那に出演依頼してたの!?」

「だって男性が足りないんだもん。魔界の姫の兄役なんだけどね。姫を勇者のいる人間の国にとつがせることを決める重要な役なのよ。魔界を攻められないため人間側になかば人質として妹を差し出す――平和主義というより事なかれ主義の師匠っぽくない?」

「あのでかい鳥なんだ?」

 俺は玲萌レモの話す舞台のあらすじそっちのけで、田んぼの向こうを指さした。魔道学院のほうから近づいてくるのは――

「あれ、凪留ナギルの召喚獣じゃない!?」

 玲萌レモの言う通り、鳥の背に人影が乗っている。

樹葵ジュキくん、玲萌レモくん、きみたちを呼びに来たんです!」

 巨大な鳥の上から大声で呼びかける凪留ナギルの言葉に、顔を見合わせる俺と玲萌レモ。あぜ道に怪鳥がすべり降りた。

「説明はあとです、乗ってくださいっ! 仲良く手なんかつないでないで」

 ひとこと多い凪留ナギルをにらみつつひょいと鳥の上に舞い上がり、玲萌レモに手を差し伸べる。

「ありがとっ」

 鳥の腹をよじ登る玲萌レモを引き上げ自分の前に座らせる。高い秋空へ舞い上がる巨鳥。うしろから支えるふりしてさりげなく、俺は玲萌レモを抱きしめた。やわらかくてあたたかくて、いい匂いがする。

「旧校舎の敷地から異様な植物が伸びてきて、学生たちが攻撃されているんです」

 状況を説明する凪留ナギルに、

「それって秋なのにやけに鮮明な若草色したつる草か?」

 旧校舎の下からい出ていた植物を思い出して尋ねる俺。

「そうです! 土蜘蛛の瘴気しょうきを吸った毒草じゃないかと思うのだが―― 消化液のような粘液を出して、からめとった学生たちを襲うんです」

「きょう休日なのに学生いるのね。みんな学園祭準備かしら?」

 玲萌レモの問いに、

「でしょうね。少数の学生しかおらず、魔術に精通した教師たちが出勤していない日とは不運でした」

「てこたぁ対抗できるヤツがいねえのか?」

「休日を忘れていつも通り登校した夕露ユーロくんが金棒で戦ってます。新校舎のほうに伸びてこないよう、なんとかぶちつぶしているんですが、あの子魔術が使えませんからね……」

 それでも自慢の怪力で、いまいる学生の中ではもっとも戦力になるのだろう。だいたい平和な今日こんにち、魔道学院の授業だけをぼけーっと聞いていても攻撃魔術に精通することはない。「火打石と火打金ひうちがねを使わずに火種を発火させる術」などから自分で編み出す必要があるのだ。

「それで凪留ナギルはあたしたちを呼びに来たのね!」

「そういうことです。僕以外にも空を飛ぶ召喚獣を使う学生が瀬良師匠の家に向かったり、回復と浄化をおこなえる惠簾エレンくんを高山神社へ呼びに行ったりしています」

「なんで夕露ユーロ人力車くるまで送り迎えしてもらってるのに休日を間違えるんだ?」

 本筋と関係ないことを訊く俺に玲萌レモが、

「車夫さんも天然だからよ。丁稚でっちのころから奉公してた気のいいお兄ちゃんで、抜けてるけど性根しょうねはやさしいからクビにするのもかわいそうなんだって。お店の本業と関係ない仕事を与えてるそうよ」

 凪留ナギルもうなずきながら、

「商売をしている家は忙しいから、僕らくらいの歳になったら誰も管理してくれませんからね。僕だってきのう帰宅してから妹や弟たちの世話をしつつ、誰かさんに断ち切られた着物を自分でつくろったんです」

「そいつぁすまなかったな。あんたの家なんの店だっけ?」

「つぶれかけた酒屋です。魔道学院を卒業したら僕が天翔あまがけで重い酒の宅配をになうつもりなんだ」

「へー」

 ついつい気のない返事をする俺。ちぇっ、特別な存在になりたくて魔道学院に入学した俺とは大違いだな…… ちょっとふてくされていると、玲萌レモが振り返って耳打ちした。

樹葵ジュキはその、ちょっぴりぽやんとしてるとこがかわいいんだから気にすることないのよっ」

 あんまりなぐさめられた気がしねえ。なにが「ぽやんとしてる」だ。してねーし。

玲萌レモはなんで魔道学院に入ったんだ?」

「うちのお父さん下級役人でしょ」

 知らなかったけどそうなんだ。

「でも魔術にうといから何年たっても下っなのよ」

 田園風景の向こうに魔道学院が見えてきた。広い敷地に点在する建物を見下ろしながら、

「そういうもんか?」

 と首をかしげると、

「だって魔術が使えたら半刻はんときで終わる仕事、手作業でやったら三日かかるからね。あたしはくやしいから魔道学院卒の資格を手に入れようと思ったわけ」

「じゃああんたも卒業後は官吏かんり登用試験を受けるのか?」

「去年まではそう思ってたんだけど――」

 桃色の髪を風になびかせて、玲萌レモは空をあおいだ。俺たちより高いところをツバメが羽ばたいてゆく。

「あたし樹葵ジュキと過ごすうちに変わってきたの。この先どうなるのか見通せる人生じゃなくて、限りない可能性の中から自由に選んでみたいって。あたしの歩いたところが道になるんだから」

「それって俺――、堅実なお嬢さんの人生狂わせた悪い男じゃね?」

「きゃははっ 言えてる――ってうそうそ」

 玲萌レモはすがすがしい笑い声をあげた。

樹葵ジュキはあたしに気づかせてくれたのよ。先人の通ってきたわだちをたどるように、自分自身を縛ってきたこと」

 彼女の腰に回したままの俺の手をやさしくなでながら、

「責任感じないでね? 樹葵ジュキまじめなとこあるから心配しちゃうわ」

 と気づかってくれた。「役人になるのはうちの弟が果たしてくれるでしょっ 一度きりの人生なんだから、あたしは広い世界を冒険したいの!」

「そのほうがずっと、あんたにゃ似合ってるぜ」 

 ささやいて俺は、彼女の首筋に唇を近づけた。衿元えりもとから甘い香りが漂ってくる気がした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

全裸追放から始まる成り上がり生活!〜育ててくれた貴族パーティーから追放されたので、前世の記憶を使ってイージーモードの生活を送ります〜

仁徳
ファンタジー
テオ・ローゼは、捨て子だった。しかし、イルムガルト率いる貴族パーティーが彼を拾い、大事に育ててくれた。 テオが十七歳になったその日、彼は鑑定士からユニークスキルが【前世の記憶】と言われ、それがどんな効果を齎すのかが分からなかったイルムガルトは、テオをパーティーから追放すると宣言する。 イルムガルトが捨て子のテオをここまで育てた理由、それは占い師の予言でテオは優秀な人間となるからと言われたからだ。 イルムガルトはテオのユニークスキルを無能だと烙印を押した。しかし、これまでの彼のユニークスキルは、助言と言う形で常に発動していたのだ。 それに気付かないイルムガルトは、テオの身包みを剥いで素っ裸で外に放り出す。 何も身に付けていないテオは町にいられないと思い、町を出て暗闇の中を彷徨う。そんな時、モンスターに襲われてテオは見知らぬ女性に助けられた。 捨てる神あれば拾う神あり。テオは助けてくれた女性、ルナとパーティーを組み、新たな人生を歩む。 一方、貴族パーティーはこれまであったテオの助言を失ったことで、効率良く動くことができずに失敗を繰り返し、没落の道を辿って行く。 これは、ユニークスキルが無能だと判断されたテオが新たな人生を歩み、前世の記憶を生かして幸せになって行く物語。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

側妃に追放された王太子

基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」 正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。 そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。 王の代理が側妃など異例の出来事だ。 「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」 王太子は息を吐いた。 「それが国のためなら」 貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。 無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。

2度追放された転生元貴族 〜スキル《大喰らい》で美少女たちと幸せなスローライフを目指します〜

フユリカス
ファンタジー
「お前を追放する――」  貴族に転生したアルゼ・グラントは、実家のグラント家からも冒険者パーティーからも追放されてしまった。  それはアルゼの持つ《特殊スキル:大喰らい》というスキルが発動せず、無能という烙印を押されてしまったからだった。  しかし、実は《大喰らい》には『食べた魔物のスキルと経験値を獲得できる』という、とんでもない力を秘めていたのだった。  《大喰らい》からは《派生スキル:追い剥ぎ》も生まれ、スキルを奪う対象は魔物だけでなく人にまで広がり、アルゼは圧倒的な力をつけていく。  アルゼは奴隷商で出会った『メル』という少女と、スキルを駆使しながら最強へと成り上がっていくのだった。  スローライフという夢を目指して――。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

処理中です...